11.休日1
リコルさんと一緒に学園を出て、彼女とは手を振って途中で分かれた。
私の実家は学園から離れた場所にあるので、街の中を回る乗り合い馬車で行く。
休みは今日を入れて二日あるので、寮に届け出て今日はそのまま実家に泊まる予定。
お小遣いで実家の使用人達にお土産でも買っていこうと、乗り合い馬車に乗る前に街の中をふらふらと歩いてまわる。
ここら辺は昨日彼女と歩いた場所とは違って少し高級な街並みで、要所要所に警邏の人が立っているので一人でも安心して歩ける。
昨日行った場所は……スラムと呼ばれる貧民街の近くで、街の娘でもそうそう近づかない場所だった。
なぜあんな場所に行ったのか、理由を思い出せない。あの子がねだったというのは覚えているのに。
磨き上げられたショーウインドから見えた可愛らしいキャンディの包みに、これを実家で働く女性達へのお土産にしようとドアの方へ足を向けたとき――
「うふふ! ゲイツ君ったら。面白いのねっ」
華やかな笑い声に、ぶわっと冷たい汗が沸く。
被っていたつばの広い帽子を深くして、窓の方に向き直って体を硬くする。
「ラン嬢ぐらいだ、俺の事を面白いなどというのは」
呆れたような声音なのに、楽しそうに聞こえるゲイツの声。自分の事を俺なんて呼んでいるのも初めて聞いた。
「ラン、って呼び捨てにして? ねっ!」
「あ……ああ、まぁ、慣れたらな」
「やんっ! じゃぁ、練習しなきゃ! ね、ほらっ」
はしゃぐような彼女の声に、渋々といった様子でゲイツが彼女の名前を呼び捨てる。
な、んで? なんであんな風に仲良く?
睦まじい二人の様子を見て、息苦しくて胸元をぎゅぅっと掴みしゃがみこんでしまった私に、二人が気づいてしまう。
「あら? どうしたの、貴女?」
近づいて来ようとする彼女の様子に、逃げることもできずに慄く。
「すまない、俺の連れだ。大丈夫か?」
低い声と共に、肩を抱かれ引き寄せられた。
驚いて小さく顔を上げれば、見知った深い青味が掛かった緑の瞳を見つけて安心して体を預けてしまう。
「あら! 素て……こほん。大丈夫ですか? この先に、休める場所を知ってるので一緒に行きませんか?」
私を後ろから支える彼の腕に手を掛けて、彼だけを見つめて少し高めの声で言う彼女に、彼は素っ気なく手を払う。
「いや、必要ない。そちらもデートなのだろう、邪魔をして悪かった」
「いえ、お気遣いなく。ではお大事に」
「え? ちょ、ゲイツ君、待っ……」
彼女を引きずっていくゲイツに、彼女に対する独占欲を見た気がして胸が痛くなる。
やっぱり彼は……もう、彼女の事を……!
「大丈夫か?」
力強い彼に引き上げて立たされ、抱きしめられた。
二人の気配が無くなったことにほっとして、足に力を入れてしっかり立つ。ほっとした拍子に、つい昨日、裸の彼と抱き合ったのを思い出してしまって、顔を上げることができない。
「ええ、もう、大丈夫です。ありがとうございます」
頬に手を添えて上を向かされ、居た堪れずに小さく視線を逸らす。
「ん? どうした。顔が赤いな? 熱があるんじゃないのか?」
からかうような彼の口調に、もっと頬が熱くなる。
「熱なんかないですっ。もうっ! やめ……っ」
思わず顔を上げて少し口調を荒くして言えば、優しげに細められた彼の瞳に掴まって言葉が詰まる。
彼の両手が頬をはさみ、硬い指が頬を撫でる。
「元気そうで良かった。反省房には入らずに済んだか?」
「いえ、一晩反省房で休ませてもらいました」
にっこりとそう報告すれば、彼の眉間に深い皺が刻まれる。
「折角再会したんだ、少し話でもしようじゃないか」
なんだか怖い笑顔の彼に、腰を抱かれて歩かされた。