戦闘狂共のショッピング
最初の連絡は『付き合え』からだった。
命令調でもそれを素直に聞いてくるのは仲間であるし、それ以上の気持ちもあるわけで……
「いだぁっ!っっ、広嶋くん!手加減してよ!酷いよ!」
今思うと、彼にはそーゆう気持ちはまずありえない。
「能力にかまけているとアッサリやられるぞ。勘が鈍っているんじゃねぇのか?」
「広嶋くんみたいに色んなところで戦う人じゃないもん!私は大学生をやってます!」
珍しくメンバーが勢揃いしていた。
広嶋健吾、沖ミムラ、藤砂空、山本灯、阿部のん、裏切京子。
「アシズムさんは?」
「喫茶店にいるんでしょ?いいじゃない、あの人は……」
只者ではない6人組。男2人、女4人という構成。この6人、いずれも凄まじく桁外れの実力者達。1人1人が、世界を滅ぼせるだけの力を保有しているほどの怪物。
そんな彼等でも肉体も精神も人間であり、特異な力を保持しているだけに過ぎない。
「広嶋くんに誘われてどこかに行くかと思ったら、広嶋くんがストレス解消したいだけじゃん!私やのんちゃん、裏切ちゃんまで巻き込むなんてさ!」
「いざって時戦えなくてどーする。日常に浸ってもいいが、腕だけは鈍らすなよ。特にミムラ」
6人の中で一際その強さを発揮する広嶋。彼はいつも、数々の敵と戦っているためずば抜けてしまっているのは他のメンバーも知っている。彼に命を狙われていた者もこの中にいる。お互い危険人物同士であるが、描いている理想を歩み続けている。
「なんでこんな何もない異世界に放り込まれて、広嶋くんと戦わなくちゃいけないの~……も~」
「お前等とは違って、あっちの2人はやる気満々だけどな」
障害物も、戦いを止める者もこの異世界にはいなかった。
広嶋とミムラ、のん、裏切の4人がその手を止めて、藤砂と灯のタイマンを静かに見守っていた。激しい打撃の応酬。打たれたら打ち返し、ノーガードの流血戦。
男と女の差など2人にはほぼない。お互い全力の、拳をお見舞いしている。
「のんちゃん、あんまり観てられません!」
激しく血飛沫が飛んでいる様子に、まだ幼いのんちゃんは両目と両耳を閉じて結果のみにしたかった。この攻防で生まれる怪我、傷、それらを何も思わずただ目の前の敵を狩ろうとする2人の戦闘狂ぶり。
「ミムラ。あの2人って、いつもああでしたっけ?」
「アカリン先輩も、藤砂さんも。お互い強くなりながら、殺す気満々で戦うからね~……マネしたくない」
高校時代から知っている灯と藤砂の決闘。今でも付き合い=戦闘を繰り返している2人であり、争いあうが彼氏と彼女でもある戦闘狂カップル。
大抵勝つのは決まっている。わずかに打撃が遅れた時、それがそのまま勝敗に繫がる。藤砂の方が灯よりコンマ速く、彼女を殴り飛ばし地に落とした。
「っ!」
起き上がり、反撃に転じようとしても。浴び続けたダメージがそこまでの動作を遅らせる。藤砂が十分にトドメをさせる時間が生まれてしまっていた。そこの間に入ったのは観戦していた広嶋だった。
「またお前の勝ちだ。藤砂」
藤砂の蹴りを軽々と止めて、勝利を伝える広嶋。もうしばらく戦いたいという目をゆっくりと沈ませていく藤砂。
「そうか、……広嶋が言うならしょうがない。それでいいな?」
納得していないのは藤砂よりもやはり、灯の方だった。しかし、それを仕方なく呑むのも当然。
「分かったわよ」
◇ ◇
半日ほどの訓練は終わった。女子勢のほとんどは遊ばれたような結果ばかりであった。日本に戻って来てまず思った事がある。
「広嶋くんが手加減しないから服とか靴がボロボロだよ~」
とても意地悪そうな声を広嶋に聞こえるように言うミムラ。無論、ミムラだけではなく裏切やのんちゃん、灯も同じであった。
「私も靴に穴が空きそうですわね」
「のんちゃんも新しい服が欲しいです」
男のわがままに付き合ったからこそ、女のわがままにも付き合えというギブアンドテイク。
戦闘を行なえば当然であるが、身に付けていた物がボロボロになっていく。肉体以上に早くボロボロになるし、防ぎようもない。
「あんた達、もう少しラフな格好で過ごしなさいよ。スカートとか戦い辛いじゃない」
「アカリン先輩は戦いが好き過ぎるからですよ!私はそこまで好みません!戦いたくない格好をしているだけなんです!」
「……ま、確かに私も、新しい服とか靴が欲しいかな?」
「広嶋さーん!買い物に付き合ってください!」
女の言葉には気持ちを込めてなくても、威圧感があった。ここから近くのショッピングモールに行こうと、戦闘の疲れが吹っ飛んで活き活きし始める女子達。一方で戦闘中はまるで疲れを感じさせなかった広嶋と藤砂が、ほんの少しだけ疲れを見せた。
「こーゆう時は元気だよな」
「いいじゃないか、……全員が集まったわけだしさ」
ここから帰れる空気にはならない。
たまにの無駄足や休暇も悪くはないだろう。電車を使って20分で目的地に着けばそれはもう、普通過ぎる人間達に変貌する。
「これ!私、気になってたんです!やっぱり涼しそー!生地が良い!」
「ミムラは暑がりだったわね」
買い物籠を持つのは男である広嶋と藤砂のお仕事。黙々と女性達の買い物に付き合っている。
「藤砂ー。あんたはどっちのパンツが好き?」
「灯なら黄色が似合うんじゃないか、……俺は青が好きだが」
「ふーん、じゃあ両方買う」
ちょっとだけ、ミムラがムッとしたくなる会話だった。なんでいつも戦っているのにこんなに仲が良いのだろう。試しにミムラも広嶋に訊いてみる。
「ひ、広嶋くんはどーゆうのが好き?」
「お前、家では基本的にノーパンだろ?買わなくていいんじゃね?」
「酷いよ!なんのために洋服コーナーに来ていると思っているの!?そんな答えは求めてない!」
っていうか、嘘言わないでよ。日中とか、人がいるときとかはちゃんとしてるから……ね?
あれやこれやと、女子達の買い物は長くて多い。服と靴だけ見に来て買いにきたと思ったら想像以上の量である。
裏切がメイド服とエプロンも欲しいと言ったり、のんが運動靴と上履き、長靴までも買いたいとごねたり。灯が道着を新調し、ミムラは新たなカゴ持ち係となった。
4ケース一杯に入った商品をレジへと持っていき、5分ほど清算に掛かるそうだ。
「一つ気になったけどさ。みんな、どれくらいお金を持ってきてる?」
なんで置いてから確認するの?って、みんなは思っていた。
「私は無一文だし、あっても払わないわよ」
「のんちゃんは1万円です!諭吉が毎月のお小遣いです!」
「この裏切には電子マネーがあります!1000円ぐらいはあるはずです」
「やれやれ、……困ったものだな」
ミムラの質問に自分自身も含めてだが。10万円以上の金は手元にない。カードを使うしかないこの量。なんで金がないのに買い物をすることになったのだろう?
しかし、意外にもミムラよりも早くカードを出した奴。
「俺が奢ってやる。ミムラが出す必要はねぇーよ」
「ひ、広嶋くん!でも、12万7380円だよ!ヤバイよ!」
「カードをしまえ。今日は俺が誘ったわけだしな」
あんまりお金を持っているイメージはない。買い物している最中も、『スパイクとかねーの?』なんて、ボヤボヤ言っていた広嶋くんがまさかの奢り。生活を考えると10万円以上の出費はミムラも避けたかった。
「ありがとー!」
「俺も買い物したしな。別にいーっつの」
何気ないことかもしれない。
ミムラと裏切、のんちゃんの3人はただただお礼を言っただけだろう。しかし、灯と藤砂はなんとなくだが広嶋の気持ちを察した。
「上手くない奴ね」
「そーいったところが、……広嶋らしさだぞ。灯」
たぶん、このショッピングまで含めて広嶋が許した範囲内ってことだろう。買い物でもしようぜなんて、まず言う柄じゃない男だ。
そもそも。自分が貯めたお金をどーやって使えば良いか、一番分かってなさそうだし。
こんな平和な日を、奴だって望んでいる。