マモルの冬
マモルは真冬、山中の小さなほったて小屋で生まれた。
今にも崩れてしまいそうな小屋の隙間だらけの壁からは時折、身も凍るような風が吹き、マモルの母である妊婦の体力を奪ってゆく。
この様な山小屋では産婆を呼ぶ事さえ出来ず、妊婦の夫に出来る事はただただ妻の手を固く握り締め、祈る事だけだった。
数十日にも感じられた一夜を耐え抜き、遂にマモルがこの世に生を受けた時、既に妊婦の体は冷たく凍りつき、その日夫は歓喜と哀しみの狭間で一晩中むせび泣いた。
壮絶な出産を経て産まれたマモルには体の障害等も心配されたが、彼は至って健やかに成長し、歳が一六を数える頃には麓の村一番の力持ちに育っていた。
またマモルは性格も温厚で誰に対しても分け隔てなく接し、女子からも色めきだった視線を受ける好青年だった。
夏になり村に巨大な熊が現れ畑の作物や家畜を荒らして回った。
村人達は熊を怖れ、家から一歩も出ないようになり、世話のされなくなった畑や家畜は次々と枯れ、また死んでいった。
ある日、マモルの家に村の長が訪れ言った。
「この村一番の勇敢な青年マモルよ。どうかこの村をあの化物から救っておくれ」
マモルは二つ返事でそれに承諾し、長から矛を受け取った。
矛は真鍮で磨かれ、とても美しい光沢を放ち、一切の汚れを知らなかった。
これで一突きすれば熊もひとたまりはないと、マモルは意気揚々と部屋に戻りクマ退治に向かう準備を始めた。
それを見送った長はマモルの父に向かい合うと口を開いた。
「彼はとても勇敢な男だ。とてもあの女の腹から生まれたとは思えない」
マモルの父はそれに対しては何も答えず、長に頭を垂れると、「村がこの様な状況では長も帰る事は出来ないでしょう。どうぞ今夜はコチラへ泊まっていってください」と言い、酒を勧める。
長は喜んでそれを飲み干し、マモルの父が空になった盃にまた酒を注ぐ。
何度かそれを繰り返し、いつしか長の顔は朱色に染まり、目も虚ろになっていた。
上機嫌そうにマモルの父の肩を叩き、口にする。
「君の妻だった女は死した今でも村の恥さらしだ。毎年この地を守ってくださる蛇神様に対して捧げる生贄に選ばれた名誉をみすみす捨てたのだからね」と。
マモルの父は再度深く頭を垂れた。
それを見て長は言う。
「いやいや君が気にする事ではない。むしろあの女の巻き添えに君まで村から追放し、山中へ追いやってしまったのだから、私が謝りたいくらいだよ」
長は、手に持った杯に視線を落とし感慨深げに息を吐くと、マモルの父を見た。
「あの子を産んで、君の妻が死んだ事はきっと意味のある事だ。きっと蛇神様の怒りではないだろうか。なんにしても私は君がこの村に戻る事ができて良かったと思っているよ」
刹那、そう口にした長の口から紅い雫がぽたぽたと垂れた。
長の視線が胸元に移動し、手が見覚えのある金属に触れる。
恐る恐る振り返る長の視界には矛を手にしたマモルが立っており、その目は真冬のような冷たさを放っていた。
心臓を一突きされた長の意識はそこで途切れ、マモルは彼の体から矛を抜くと長の体を引き吊りながら家の外へと出て行った。
マモルの父はそれを見送った後、一晩中歓喜と悲しみの狭間でむせび泣いたという。