第十話 襲撃 (大蜘蛛SIDE)
都合上、大蜘蛛視点です。
<大蜘蛛視点>
某の名は、釛。【蜘蛛の楽園】に暮らす蜘蛛の内の一匹である。
常日頃であれば、主に村の警備などをやっていた。時に村で騒ぐ同胞を戒め、時に侵入者を撃退したりなどして、中々楽しく暮らしておった。
彼奴らが来るまでは。
彼奴らは、どこからともなく現れると我々に対し、降伏勧告などと言われるものをしてきた。曰く、「奴隷として使ってやる。死にたくなければ、降伏しろ」と。
そのような事を言われ、もちろん降伏などすること無く、我々は戦った。
しかし、彼奴らは憎たらしいことに強かった。
様々な道具を使い、卑劣な戦術を使い、我々は一人、また一人、と死んだり捕まったりして数を減らしていった。
ある時、ついに失敗し、我々の中で戦える者が、某一人となった。
捕まった子供蜘蛛を助けるため、罠と知りながら突撃したのだ。周りの仲間たちのおかげで、その時伝令役であった某だけは何とか逃げ出せたが、他の者は皆捕まった。
降伏か、逃走か、全滅か。
長老会議で選ばれたのは逃走だった。
次に彼奴らが来る前に、此処から脱出し、再起を図る。
そういうことになった。
某は、足止めを任されることになった。
会議の最後に長老から言われた。
「すまんな」
「いえ。本望でございます」
心からの言葉だった。
「俺も戦う!」
そういってくれる子供もいた。しかし、断った。足止めなど、一人で十分だ。
犠牲になるのは、某だけでよい。
そのかわり、子供たちにも協力してもらい、敵の侵入を早々察知できるように、糸の数を倍以上に増やした。
この糸は、侵入者が上に乗ると、振動し私たちに居場所を教えてくれるという特性を持っている。
できうる限り早く察知し、できうる限り時間を稼ぐ。
そして、今日、ついに侵入者が現れた。
想定より早かったが、それも仕方の無いことだ。
「行くのですね」
長年連れ添った妻が、覚悟のこもった声で、そう言ってきた。
村一番の美人と言われた妻だ。
射止めた時には、村中のオス共に嫉妬されたものだ。
そして、村で一番賢い蜘蛛でもあった。
今回の私の仕事の重要性も理解しているはずだ。
なにより、某の気持ちをこの世で一番理解してくれている。
仲間を、子供たちを、そして、妻を、守りたいと思っている某を止めはすまい。
「ああ。某ができる限り時間を稼ぐ。その間に皆で逃げてくれ」
「お気を……つけて」
妻は、短くそう言った。
声が震えていたのは、気のせいではあるまい。
すまない。お前にばかり苦労をかけて。
すまない。子供を作ってやれなくて。
すまない。あいつらを倒してやれなくて。
本当に、すまない。
私は、侵入者の、敵の元に駆けた。
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侵入者は二人だった。
一人は、褐色のオス。もう一人は、肌色のメス。
(それにしても、たった二人とは、舐められたものだ。その余裕、たっぷりと後悔させてやる)
じっと、様子を窺っているとオスの方が、罠に嵌った。
その罠ともいえない罠は、子供たちが作ったもので、自慢げな顔で見せてくれたのだが、糸の隙間から穴が見え、糸の配置も不自然だったので、お礼を言いながらも、このような罠に引っかかる者などいまい、と思っていたものだった。
まさか、ひっかかるバカがいたとは。
しかし、これは好機である。
すぐさま高い木の上に移動し、狙いを定める。
メスが、オスを助けようと近づいていく。
(今!)
私は、敵を拘束するため、絶好のタイミングで糸を噴射した。
この糸は、某が出せる五種類の糸の中でも、強靭で粘りがあり、絶対に破れないと自信のある物だった。
糸は、吸い込まれるように二人の侵入者に向かって、巻きつくように進んで行った。
これ以上ない出来だった。これで侵入者共は、一網打尽にできる。
そう確信していた。
しかし、予想外のことが起こった。
メスの方が、糸を回避したのだ。
いや、正確に言えば、メスは後ろに跳んだだけだ。
本当ならば、そんなことをしても糸に捕まるだけのはずなのだ。
しかし、まるで糸の方が避けたと思えるほどに、華麗に避けた。糸はかすりもしなかった。
(くそ、しかし、もう一人はとらえたぞ!)
某は、すぐさま獲物の元に跳んだ。着地後、戦意を上げる伝統的な雄叫びを上げる。
キシャアァァァアァァァァァァアァァァァァァ…………。
そうしてから、グルグル巻きになって何もできない獲物に襲いかかった。
鋏角と呼ばれる大あごのようなもので、敵にかみつき、そこから毒針を出し、毒を流しこもうとした。
しかし、ここでも予想外のことが起こった。
毒針が刺さらなかったのだ。
(硬い! 仕方ない。こちらは後回しだ!)
某は、すぐさま頭を切り替え、もう一人の侵入者であるメスの方へ、顔を向けた。
どうやら、捕まったオスの方は、糸から抜け出せないようであるし、後からでもゆっくり始末できると思ったからだ。
メスの方は、油断なくこちらに相対していた。もうすでに、戦う準備もできているようだった。
手には、木の棒を持ち、背中からは透明の羽を出している。
棒の方は、ここらにも生えている食人木の枝だろう。あれは堅い。気を付けなければ、頭をかち割られるかもしれない。
背中の羽はなんだろうか。あのような羽をした人間形態の奴などいただろうか。
どちらにしろ、一筋縄ではいかなそうだ。
某は、慎重に少しずつ近づいていった。
(来る!)
侵入者の間合いだと思われる領域に一歩踏み出した途端、彼奴は襲ってきた。遠慮の無い鋭い一撃。まともにくらえば、一発で意識は闇に沈むだろう。防御したとしてもすぐには行動できまい。その間に追撃されて終わりだ。
まさに、必殺の一撃。
(だが、甘い!)
某は、腹部を上に向け糸を射出した。糸は、上の木の枝に一瞬で引っ付いた。すぐさま、糸を手繰り上に少しだけ移動する。
間一髪で必殺の一撃を避ける。
そうしてできた、一瞬の隙。逃すわけが無い!
彼奴が某の間合いから出る前に、体制を立て直す前に!
某は、渾身の力を込め、彼奴に拳をくり出した。
某の一撃に土煙が上がった。一撃を入れた後は、すぐさま糸を手繰りながら上の木の枝まで上った。
仕留めたとは、思わなかった。
なぜなら、一撃を繰り出した方の脚が折れていたからだ。おそらく、何かしらの妨害にあったのだろう。
糸のことと言い、彼奴には何やら不思議な能力がありそうだ。
(さて、どこに消えた?)
どこにいようとも上からなら見つけやすく、襲いやすい。
ゆっくりと、料理してやる。
(……いない?)
土煙が晴れても、そこには誰もいなかった。
(どういうことだ? ……はっ!)
殺気を感じすぐさま、そこから、跳んだ。
と、同時に先ほどまで俺のいた場所に木の棒が通過していった。
どうやら、後ろに回りこまれていたらしい。
なにより驚くべきは、その羽だ。まったく羽音が無かった。どのようになっているか、まったく見当がつかない。
しかし、今はそれどころでは無い。このままでは地面に激突する。いや、それでも傷などつかないのだが、追撃が怖い。
某は、体制を無理に変え、木の枝に糸をつけると、そのまま振り子のように移動した。
途中で糸を切り、放物線を描きながら飛んだ。手ごろな枝を見つけ真ん中の腕でつかんだ。何回転かした後、木の枝の上で止まった。
侵入者は、またいなくなっていた。
(むう、厄介な。時間を稼ぐ意味ではよいのだが、いかんせんやりにくい)
必殺の一撃を入れ、外せば敵の視界から消え、予想外の場所から再度一撃を入れる。
強敵だ。
蜘蛛生最後の敵が、このような強敵だとは戦士冥利につくというものだ。
(しかし、此処を通すわけにはいかん)
あの速度ならばすぐに皆に追いつくだろう。
それだけは、避けねばならん。
ちらりと影が見えた。
(くるか!)
木の枝伝いにその場所から移動する。
敵は、某を後ろから追いかけてきた。
(こい! 追ってこい!)
先ほど、バカを捕まえた場所あたりまで戻る。そこで、敵に追いつかれた。
(しかし、それも計算の内)
俺は、敵に網目状の糸を噴射した。蜘蛛の戦士に伝わる秘儀である。しかも、ここは木が密集している。これならば、絶対に逃げられまい。
しかし、これも避けられた。
いや、糸が避けた。絶対にあり得ない軌道を糸が描いた。まるで敵は見えない壁にでも守られているようだ。
これで分かったことがある。敵は障壁か、何かを張っているのだ。
(それならば……)
先ほどの網目状の糸に怯み、敵は止まっている。このチャンスに彼奴の後ろに向かって糸を噴射した。
敵の後ろの木に糸を貼り付け、張り付いた方の反対側の糸を思いっきり引っ張った。
後ろの木が、ベキベキという音を立てながら敵に向かって倒れていった。これならば、障壁も破壊できるだろう。
某は、すぐにそこから跳んだので、無傷だ。
(やったか?)
某は、手ごたえを感じ振り向いた。
上から衝撃が来た。
敵だ。
某は、落ちていった。
(ぐぅぅぅ、まだだ!)
ゆっくりと、だが確実に立ち上がる。
そこで異変に気がついた。
体が動かない。
(一撃をもらったからか? くそ、動け! 動け! 動けえぇぇぇぇぇぇぇ!)
敵は、目前まで迫っていた。
(……ここまでか。皆、無事でいてくれ)
緊張が解けてしまったからだろうか、俺は急激に意識を失っていった。
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気がついたら、侵入者の二人が目の前にいた。
何事か、話をしているようだ。
仲間は、無事なのだろうか?
「という訳で、そこのあなた、私の質問に答えなさい。そうすれば命だけは助けてあげます」
メスの方が、そう某に話かけてきた。
「いや、サラ。それ、悪役のセリフ。いや、ぴったりだけど」
こいつは、誰だっただろうか。…………ああ、バカの方か。
「話すことは、何も無い。殺せ」
まだ、体は動かない。
そうでなければ、また暴れてやるものを。
「うわっ、声、渋っ! ……ほら! 殺せって言ってるし、早く殺して糸をもらっていこう?」
「貴様ら、やはり彼奴らの仲間か! 言っておくが、仲間に手を出せばただではおかんぞ!」
反射的に口が出てしまった。
仕方ない、時間稼ぎの為にもできるだけ長引かせることにしよう。
「彼奴らとは誰ですか? 此処が、このような事になっているのも、そいつらのせいなのですか?」
「白々しい。貴様らの仲間がそうしたのではないか」
侵入者が顔を合わせる。困ったような顔であった。
ふむ、まさか、何かの勘違いなのだろうか。
新手の賊、といった所だったのかもしれない。
まあ、どちらにしろ排除することにかわりは、無かったが。
侵入者が、再度こちらを向き、口を開きかけた所で、爆発音が聞こえた。
村の方角からだった。
蜘蛛としてオカシイ描写があるかもしれませんが、架空の生物ということで、ご容赦下さい。