第零話 白い世界で
「おお、成功したぞ!」
最初に聞こえたのは、そんな言葉だった。
頭の中で、キーンという音がぐるぐるとまわっていて気持ちが悪かったが、俺はなんとか起き上った。
「気分は、どうかな?」
目の前の巨人が、男なのか女なのかよく判別できない声で、そう話しかけてきた。
いや、巨人なのだろうか? なんとなく人のように見えるだけで、よくわからない。なぜなら、そいつは真っ白だったからだ。人であるならば顔があるはずの部分も、真っ白で見ることができない。人の輪郭をしているような気がする。しかし、周りの白い風景と同化しているようにも見える。
妙な感覚だ。気持ち悪い。
「気分……最悪だよ」
返事をしてみる。
しかし、俺はこんなしゃべり方をするような奴だっただろうか?
そこまで考えて、そもそも自分自身が、どんな奴だったのかわからないことに気がついた。記憶がないわけではない。むしろ、多すぎるほど沢山の記憶があるのだ。
例えば、人間として日本という場所で高校生として学校に通っていた記憶。
例えば、小柄な狼として森を自由自在に走り回っている記憶。
例えば、夜にしか動けない吸血鬼として人間の血を吸い尽くしている記憶。
例えば、怨念の塊としか言いようがないものとして、オオサンショウウオに似た、よくわからない生物に取り付いている記憶。
例えば、例えば、例えば……。
例を挙げればきりがないほどだ。
俺は、なんなのだろうか。
「ふむ、最悪か、だろうな。まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえずいくつか質問をするので答えてくれ」
「ちょっと、待ってくれ。ここはどこなんだ? お前は、なんなんだ? 俺は、どうしてここにいるんだ?」
「いいから、こちらの質問に答えるように。話はそれからだ」
とりあえず、俺は白い巨人の質問に答えることにした。
正直に言えば、質問に答えてもらいたかったが、逆らってはいけない気がしたからだ。
そう、逆らったらどんな目にあわされるかわからない、俺が質問をしてから、そのような凄みが白い巨人から出ていた。
「では始めに、君は自分と言うものをもっているのか?」
何を言っているんだこいつは? と、一瞬思ったが、自我があるかどうか、またその自我が、誰なのかを聞いているのだろうと思い至った。
「分からない……です。様々な記憶はありますが、これが俺だといった確信のようなものは何もありません」
記憶が沢山あるからなのか、別の理由からなのかわからないが、それぞれの記憶が、自分の記憶であるというのに、まるで他人事のように思えた。
ちなみに、微妙な敬語なのは、ビビッているからでは、決してない。そのはずだ。
「様々な記憶が? ふむ、材料達の記憶だな。今まで失敗してきたのはそれが原因か? 自我はあるようだが、材料達のどれかのものではないようだ。しかし、そうすると分からないことがあるな」
白い巨人はぶつぶつと独り言を言いながら、何かを考えているようだった。
材料?失敗?何やら不穏な言葉に不安が押し寄せてくる。
「ふむ、見せてみるか」
そう言って、白い巨人は俺の目の前にある物を置いた。
鏡だ。
それには、全裸の見たこともない奴が、映し出されていた。
ぱっと見ただけならば、人間に見える。二足歩行であるし、腕も二本だ。
肌の色は褐色と言えばいいのだろうか。髪の色は銀色で、腰まで伸びている。背丈は小さいが、筋肉はそこそこついていてよく引き締まっているようだ。そして、どうやらアレがついているため男であるようだ。顔立ちは、かわいいというか、幼さが残っている顔(ある記憶から、男の娘と言う言葉がヒットした)だった。
そして一番目を引くのは、おでこの上あたりから生えている二本の角だ。
その角は、L字になっていて、先端が上の方を向いていた。
俺は、様々な記憶を持っているが、この容姿に合う言葉は一つだった。
『鬼』である。
しかし、記憶の中に鬼だったころのものは無かった。と言うより、伝承以外で鬼を見た記憶は一切無かった。
「その姿に見覚えは?」
白い巨人は、そう質問してきた。
「この姿だった記憶はない…です。でも、この姿に似たものの知識はあ……ります」
「ふむ、これは面倒だな。検査が先か」
白い巨人がそう言った途端、俺の意識は無くなった。
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再び、目を覚ました時には何やら檻に入れられていた。
おそらく、白い巨人が何かをして、俺は意識を失い、その間に検査とやらをしたのだろう。もしくは、この状況が検査と言うものなのだろうか?
頭の中では、相変わらず記憶が渦巻いているし、その影響か気分が悪く吐きそうだしで、最悪である。
「目が覚めたかね?」
白い巨人が、そう訪ねてきた。
「ああ……じゃなくて、はい」
「そうか。では、状況説明だ」
どうやら、ようやく疑問が解けるようだ。いくつか、質問もできるかもしれない。
俺は、寝起きで緩んでいた気を引き締めた。
「さて、まず始めに言いたいことは、君は私が作ったということだ」
「は?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
「私は、世界の管理者と呼ばれる存在の一部だ。君は、人間形態で最強の存在を作ろうというコンセプトで作り出された実験生物<<モルモット>>で、今まで作った中では、唯一自我を持っている個体だ」
「待て。いや、待って下さい。作り出した? 世界の管理者? なんですかそれ」
さっぱり、意味が分からなかった。疑問が解けると思ったが、ますます分からないことが増えてしまった。
「君にわかりやすく言うのであれば『神』だな。正確には違うが。それより、君について説明しよう。まず、君が複数の記憶を持つのは、君の体……というか、存在を作り出すのに様々な世界から様々な種族を混ぜ合わせた弊害だと思ってくれ。私も、想定外のことではあったのだが、まあ、実験の想定が外れることなどよくあることだ。別にどうでもいいことだろう。じきに慣れる」
「よくありません。当事者の俺としては、まったくよくありません」
記憶が複数あることの疑問は解けたが、そんなことどうでもいいと思えるほど、新しい情報の処理で、俺の頭は、いっぱいいっぱいだった。
「これからのことだが、とりあえずデータをとるために、君にはとある世界に行ってそこで暮らしてもらう」
「展開が早い! こちらはまだ、頭の整理が済んでいない!」
もはや精一杯使っていた、敬語とはまったく言えない敬語も崩壊した。そんなものを使う余裕すら無くなっていた。
「その世界は、面白みも何もないよくある世界だったので、近々、廃棄する予定だったのだが、実験場には向いているはいる。まあ、順当にいけば君ごと廃棄されるが、何か、面白いことになればその限りではないと言っておこう」
「そんなことは、聞いていない。とりあえず色々、ツッコませろ。そして、何より、人の話を聞け!」
廃棄ってなんだ! 何らかの結果を示さなければ、俺もその世界ごと消滅するということなのか?
俺は、その時、間違いなく混乱していた。
「それでは、達者でな」
「ちょっと、待て! マジで待て! いや、待って下さい! お願いします!」
足元が光り始めてきた。これは、本気でマズイ。この自称世界の管理者には聞きたいことが、まだたくさんある。
「それではな、シリアルナンバー、A―21番」
こうして、俺は人の話を聞かない管理者に、廃棄予定の世界へ飛ばされたのだった。
いや、もしかしたら捨てられたのかもしれないが……。