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3月9日

作者:

 中学生の卒業式。

 それは3月9日にある別れの式である。

「卒業証書、授与」

 校長先生から卒業証書を渡される。その時、後ろから鼻をすする女子の声が聞こえた。

 季節は変わりつつある。まるで流れていくようだ。

 そんな季節の真ん中で、ふと日の長さを感じる。

 せわしく過ぎる日々の中、僕はあなたと一緒に、夢を描いた。


「美術室から見える景色って綺麗だね」

「景色が綺麗だからここが美術室なんだよ」

 隣にいるあなたは楽しそうにスケッチブックに風景を書き写していく。そんな彼女に対抗心を燃やし、僕も目の前の風景をスケッチブックに書き写していった。

 三階の美術室の窓からは、街全体を見回すことが出来た。

 今見えるこの景色が、僕とあなたの夢になるんだよね……。

 

 3月の風はゆっくり流れていく。だから僕たちは、別れる寂しさを涙にではなく、風に乗せた。

 桜のつぼみが春へとつづく。それと同じように、僕たちの想いも、春へとつづいていくんだ。


 僕の理想。

 窓からあふれ出す光の粒が、少しずつ朝を緩めていく。

 僕が大きなあくびをした後に、少し照れてるあなたの横で今の気持ちを伝える。


 中学を卒業したって、まだまだ大人になるには程遠い。だけど、古い世界を抜けて新たな世界に入ることは出来る。

 今まで子供の僕には気づくことができなかった。

 自分は、一人じゃないってこと。

 初めて気づいたのは、僕が新たな世界の入り口に立ったときだった。


 瞳を閉じれば、あなたがまぶたのうらにいる。

 それで、どれほど強くなれただろう?

 僕にとってあなたはそんな存在だ。

 あなたにとって僕も、そうであってほしい。


 砂ぼおり運ぶつむじ風。

「あぁ、洗濯物に絡まったよぉ!」

 あなたの家に行くと、いつも洗濯物の話になるのは気のせいだろうか?中学生なのに火事洗濯を手伝っているあなたは親孝行者だ。

 あなたが作ったカレー。まだ昼前だけどおなかがすいてしまってすぐに食べつくした。

 その時、空にうつっていた白い月はなんだかきれいで、見とれていた。


「私と付き合ってください!」

「うん、いいよ。実は僕も好きだった。中学卒業まで後三年。思い出をいっぱい作ろうね!」

 あなたと一緒に歩いた道。

 上手くいかないこともあったけど、天を仰げば、それさえ小さく思えた。


 風景を絵にする。

 僕とあなたの共通の趣味。

 こっそり美術室から道具を持ち出して、よく公園に出かけた僕とあなた。

「ねぇ、見て!今日は空がすっごく綺麗だよ!この空今から描こうよ!」

 あなたが指差したのは、凛と澄んだ青い空。

 羊雲が静かに揺れている。

「ねぇ、この花も綺麗だよ!」

 花が咲くのを待つ喜びを、僕とあなたで分かち合えるのであれば、それは幸せ。


「卒業、おめでとう」

「うん、おめでとう。高校は違うけど、私たちは赤い糸で結ばれてるよ」

「やめろよ、そんな恥ずかしい台詞」

 だけど、その後に僕が言った台詞も十分恥ずかしいものだった。


 この先も隣で、そっと微笑んでいて。


 それから何ヶ月も、何年も経った日。

 瞳を閉じれば、あなたがまぶたのうらにいる。

 それだけで、とても強くなれる。

 あなたにとって僕もそうでありたい。

「もうそうなってるよ」

 座り込んで絵に夢中する僕に歩み寄ったあなたはそっと隣に座り込んで囁いた。


 今度は、あなたがそっと微笑む番だよ。

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