砂漠の夜明け
サマルウェアの一つ手前の砂漠のオアシスにあるレギオンで、アウレシアは次の仕事の情報を受け取った。
ソイエライアの話では、南下した港町で砂漠を北上する隊商の護衛の依頼だということだったが、詳しい話をレギオンで聞くと、どうやら大掛かりな移動になるらしい。
出発は二週間後、馬をとばせば余裕でそこまでは行き着ける。
砂漠の盗賊団の動きが活発になっている昨今では、珍しい仕事ではなかった。
リュケイネイアスも許可したのなら、堅実な、実入りのいい依頼であろう。
四人で組むようになってからは、彼は、決して真っ当でない依頼を受けなかった。
全員の命がかかる仕事で、無用の危険を冒さぬように。
そういう気遣いができるからこそ、自分達も彼についていくのだ。
リュケイネイアス達は、港で次の旅に備えての物資や新しい剣を調達している。
今回、使いを自らかって出たのは彼女自身だ。
何故だか無性に馬を走らせたい気分だったのだ。
じっとしていられない、いつもとは違うその衝動を、周りには知られたくなかった。
じっとしていると、イルグレンのことを考えてしまう。
今回の仕事では破格の報酬を貰い、北の極上品である火酒まで手に入れて、この一週間、夜は四人で酒場へ繰り出し、飲めや歌えやの大騒ぎで、全くイルグレンのことを考える暇などなかった。
いや、違う。
考えないようにしていた。
考えてしまえば、きりがなくなる。
終わったことをいつまでも気にするのは性分に合わない。
アウレシアはさらに、馬を急がせた。
砂漠の終わりと言えども、夜はまだまだ冷える。
夜通し走りぬけ、無事用事も終えて後は帰ればいいだけ。
それでも、なおも彼女は馬を走らせる。
しかし、夜明けが近づくにつれて、馬の疲労が顕著になったので、ようやく彼女は速度を落とす。
「ごめんよ、とばしすぎた」
呟いて馬を止める。
そうして、馬の首筋を撫でて、明るくなり出した空に目を向けた。
あけていく薄紫。
星が静かに消えてゆく。
あの時二人で見た夜明けの空。
イルグレンの瞳の色だと、アウレシアは思ってしまった。
そうしたら、自分でもびっくりすることに、涙が流れてきてしまったのだ。
「なんだよ、これ」
乱暴に拭って、アウレシアは呟いた。
「男なんて掃いて捨てるほどいるだろうが」
らしくないと、アウレシアは思った。
別れた男を想って泣くなど。
しかも、相手は年下の、天然の皇子様ではないか。
全くどうかしている。
世間知らずで天然の皇子様。
それだけ。
それだけだったはずだ。
「――」
だが、それだけではないものを、イルグレンは持っていた。
冗談ですませられたことも、彼には通じず、いつだって呆れるほど真摯に問うて、答えてきた。
なぜだろう。
いつも、守ってやらねばならないような気がしてた。
そばにいて、からかうような言葉を交わし、いろんなことを教え、背中をあずけてもいいような気さえしてた。
最初から、わかっていたはずだったのに。
体を重ねる前から、必ず来る別れを知っていたのに。
最後に別れを告げたあの言葉でさえ、全て真実しかなかったのに。
「泣くほど好きだったってことなのかよ」
馬を降りて、座り込むと少し冷えた風が頬に心地よい。
しばらくは、きっと夜明けを見るたびに彼を思い出すだろう。
暁に消えていく星を見てほんの少し涙を流すだろう。
それでいいのかもしれない。
無理に気持ちを誤魔化すことはないのだ。
悲しいときは、素直に認めて、泣きたかったら泣けばいい。
そうして生きていくのだ。
悲しみもいつか薄れるだろう。
そして、思い出になるだろう。
今はまだ、無理なのはわかっているが。
新たな涙は、星のように夜明けの紫に消えていった。