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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第七章
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それぞれの思い


 しばらく待ったが、一向にエギルディウスが戻る気配はない。

 待ちくたびれたイルグレンは徐に立ち上がった。

「皇子様、どちらへ」

「庭を見てくる。じっとしているのは飽きた」

「お待ちください。供も連れずにお一人など」

「旅の間は供など連れていなかったではないか」

「ここは公宮でございます! 御身に何かございましたら」

「ファンナ、命令だ。供はいらぬ。すぐ戻る故後は追うな」

「皇子様!」

 庭の小道を抜けて、イルグレンはさらに中庭へと進んだ。皇宮とは趣は違うが、白亜の円柱を貴重とした異国情緒溢れる庭園を気配を殺しつつ探索する。

 人の気配は全くない。

 イルグレンは、まるで昔のように故国の離宮の庭に一人でいるように感じた。

 誰かの傍にいて空気のように扱われるよりは一人のほうがずっとましで、よくそうしていた。

 昔と同じ。

 前と同じだ。

 それなのに。

「――」

 不意に、足が止まる。

 一人になっただけなのに、安堵と寂寥感がない交ぜで、どうしていいのかわからない。

 今、ここにアウレシアがいてくれたら、この淋しさは消えてくれるのだろうか。

 あの時見た、夜明けの紫とは程遠い空を見上げて、その鮮やかな青が目にしみて、イルグレンは目を閉じた。

 そうして、進むことも戻ることもできず立ち尽くしていた。



「大公は、どういうおつもりなのだ!」


 突然の前方からの声に、イルグレンははっと目を開ける。

 綺麗に駆り整えられた木立の向こうは本宮の手前らしい。

 木陰から除くと、会議が終わったらしい大臣が中庭に面する回廊で、数名集まってなにやら顔を険しくして話し合っている。

「大臣方――」

 低く響く声は、聞き慣れたものだった。

 それまでの話がぴたりと止まる。

 エギルディウスは優雅に一礼すると大臣達を見回して声をかける。

「我が故国のことでは、皆様方には無用のご心配をおかけすることになり、申し訳なく思っております。ですが――」

 もう一度大臣達を見回して、言を継ぐ。

「この同盟が結ばれた時点で、多額の持参金が御国には支払われておりますこと、まさかお忘れではありますまい」

 大臣達の顔色が変わる。

 国の予算にして半年分が埋まるほどの金と宝石をすでに受け取っていることは事実なのだ。

 同盟は正式に成立している。

 この期に及んで騒ぎ立てることなど、本来はできないことに、今更ながら気づいたのだろう。

 返す言葉もない大臣達に、エギルディウスは、

「このことは未だ御内密に。然るべき時までは旅の道中のような危険は避けたいので」

 礼をして、去っていった。

 姿が見えなくなったところで、大臣達が大きく息をつく。

「困ったことよ。国庫は確かに潤ったが、今更あの皇子を迎え入れたところで、我々の利となるものは何もないではないか」

「かの地はすでに皇制廃止と暫定政府自立に向けて立ったと聞く。隣国オルディリアはそれを指示する意向を表明した。あそこは皇国との貿易によって富を得ている故に今回の内乱が収まることを最優先するだろう」

「では、戦になることはないのだな」

「皇位継承権を持つ者が全て処刑されたのなら、すでに国民に皇族の復権を望む者もおるまい。皇子を受け入れたことが、我々の害となることはないのでは?」

「我々が皇子の復権を求めて兵を出すということにならぬのなら、受け入れるのも仕方あるまい」

「ならばそれを確約してもらわねば! 口約束など信じられん」

 大臣達はなおも言い募りながら、エギルディウスと同じように去っていった。

「……」

 ここもやはり、自分の居場所ではないのだと、イルグレンは実感した。

 当然のことだ。

 国を追われた皇子に、今更なんの価値がある。

 皇国の内情が近隣諸国に知れ渡り、すでに数か月が経っているのだ。

 だが、自分がまるで皇位を望んでここに来たと思われているのは嫌だった。

 皇国での復権など、考えたこともない。

 皇子という身分さえ、いつも場違いなように感じていたのだ。

 自分が皇帝になって、何をするというのだろう。

 自分はただ、生きるために国を出てきただけだったのに。

 だが、周囲はそのように見てはくれないだろうし、それゆえの不安は、あらゆる憶測といらぬ誤解を招くことになる。

 災いの種にしかならぬ自分に、今度はイルグレン自身が大きく息をついた。

「――」

 このまま道なりに進んで中央に出ることはせず、イルグレンは姿を隠すように道を外れてさらに奥へと向かう。

 中庭の西側の開けた場所に足を踏み入れると、そこには先客がいた。

 5人の侍女を従えて、池の周りを歩いている。

 どうやら高貴な身分の姫らしい。

 今の自分を見られてはまずいのではないかと思い、気づかれぬように踵を返す。

 が、装飾の首飾り同士がぶつかり、音を立てた。

 思わず舌打ちしたくなったが、あえて気づかぬように戻ろうとした。

「イルグレン様?」

 思いもかけず名を呼ばれ、イルグレンは足を止めた。

 振り返る。

 自分を呼んだのは美しい姫だった。

 抜けるような白い肌に金糸の髪。

 空の青を映したような瞳。

 その姿を知っていた。

 送られた絵姿で見たままの姿だった。


「公女殿下――」


 自分の、婚約者だ。




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