死の手前で思うこと
アウレシアの拘束は解かれ、彼女はすぐにイルグレンにかけよった。
「グレン!!」
すでに意識もなく地に伏したままの彼を仰向けにして傷口を確かめる――血を止めないと。
上衣の裾を引き裂く。
傷口に当てると、すぐに血で染まっていく。
「グレン、しっかりしな!! ここで死んでどうするんだよ!!」
なんという愚かな皇子だ。
女に同情して、自らを刺すなど。
「いくら天然にもほどがあるだろ! 生きるって言ったじゃないか。最後まで、戦って死にたいって――!!」
流れる血が、押さえても溢れてくる。
このまま流れすぎたら、死んでしまう。
焦るアウレシアの手は、見る間に血に染まった。
その時、黒い外套がアウレシアの傍らに放り出された。
「――」
アウレシアは、それを放った男をじっと見据えた。
男はちらりと皇子に目を向けると、アウレシアに向き直り、低く言った。
「もう二度と会うこともないだろう。皇子に伝えておけ。お前が同じ過ちを繰り返すなら、今度こそその首は貰い受けると」
そうして、男達は去っていった。
腹部にかかる圧迫感に、途切れていた意識がわずかに引き戻される。
「レシア……?」
いつにない必死な様子のアウレシアを、イルグレンは訝しげに呼ぶ。
「この馬鹿、グレン!! なんだって剣を抜くんだよ。普通は抜かないんだ。血が流れるだろうが!!」
「――そう、なのか…? 刺したままでも耐えられなかったから…抜いてみたのだが…」
「血が流れすぎたら死ぬんだよ! なんて馬鹿だ――大馬鹿だ!!」
青ざめて叫ぶアウレシアを見て、なぜかイルグレンは笑いたくなった。
死ぬつもりで刺したのだ。
抜いて死ぬなら、それこそ当然ではないのかと。
だが、自分はまだ生きている。
そして、傍には愛しい女がいる。
自分を死なせないために、必死で手当てをしている。
こんな時なのに、幸せだと思う自分は、やはりアウレシアの言うように大馬鹿なのだろう。
「レシア!!」
聞き慣れた声がした。
アウレシアが顔を上げた。
「ケイ!?」
「すまん、遅くなった」
アウレシアの横に倒れているイルグレンを見て、全てを察したようだ。
「ソイエ。皇子を診ろ。急げ!!」
ソイエライアとアルライカが走ってくる。
アルライカはイルグレンの上衣を引き裂いて、傷口を露わにする。
ソイエライアは小さな小箱を取り出す。
そして、中から細い針を取り出した。
「何を……するのだ?」
「安心しな。ソイエが針を鍼ってくれる。血を止めるのさ」
アルライカがいつものように笑う。
「ああ。死なせないから安心しろ。昔はこれで食ってたんだ。腕は確かだよ」
ソイエライアの手が軽く動いて、身体のあちこちに何かが触れたような気がしたが、痛みはなかった。
「そら、グレン。これを飲め。飲んで眠っちまえば、目覚めたときにはみんな終わってる」
口元に当てられた革袋から、何かが喉元に流し込まれる。
嚥下すると、喉と胃が焼けるように熱くなった。
「……」
酒だ。
それも相当に強い。
苦しかったが、それでも、与えられた分を素直に飲み込んだ。
「大丈夫だ、グレン。お前は死なない。これから傷を縫うから、眠っていろ」
ソイエライアの落ち着いた低い声が聞こえた。
安堵のせいか、イルグレンは再び気が遠くなるのを感じた。
眠気が襲ってくるのは、酒のせいか。
血が流れすぎたのか。
こんな暑い国にいるのに、体の外側が、凍えるように寒い。
だが、内側は燃えるように熱い。
手を握っていてくれるはずのアウレシアを最後に見た。
そして、意識は途切れた。