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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第六章
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潔い皇子


 先に仕掛けてきたのは、男のほうだった。


 速い――!!


 アウレシアは身構えていたのに、咄嗟に構え直した。

 男の大剣を、細身の長剣で受け止める。

「!!」


 この男は、自分より強い。


 打ち合った瞬間に気づいてしまった。

 圧倒的な力ではじき返される前に、アウレシアは跳びすさった。

「女にしては、いい腕だ。勘もいい」

 男は大剣をいともたやすく振り払った。

 打ち合った衝撃で、アウレシアの剣を持つ手は痺れている。

 アルライカでも、ソイエライアでも駄目かもしれない。

 確実に勝つなら、リュケイネイアスでないと。

 いるのだ、そんな男も。

「――」

 だが、イルグレンをおいて逃げるわけにはいかない。

 依頼主を見捨てて逃げるなど、渡り戦士にあってはならぬことだ。

 激しい剣戟の最中、ともすれば逃げ出したい衝動にかられながら、それでもアウレシアは自分を奮い立たせようとしていた。



 一人をかわせば、計ったように別の一人が仕掛ける。

 一撃以上剣を交えようとはしない男達に、イルグレンは動きを止める暇も無い。

 初めての動きに翻弄され、なす術も無く剣を振るうのみ。

 アウレシアを振り返る余裕さえなかった。

 そこらの剣士よりもずっと強い。

 あの剣術大会のように一人と渡り合うなら、自分にも分はあっただろう。

 しかし、多勢であり、しかも目的は自分を足止めすることだ。

 殺気のない相手を殺すことに、イルグレンは慣れていなかった。

 どうしても腕が鈍る。

 周囲を囲まれ、逃げる隙さえない。

 背中が空いているということがこんなにも心もとないということも、イルグレンは初めて知った。

 これが、命のやりとりというものなのか。

 待ったもない。

 ただ一度しかない。

 死ぬしかない。

 そんなことをアウレシアは繰り返してここにいるのだ。

 それが、生きるということか。


「剣を捨てろ!!」


 有無を言わせぬ強い声が、物思いを破った。

 取り囲む男達の動きが止まった。

 イルグレンは咄嗟に振り返る。


「レシア!!」


 アウレシアの喉元にあてられた大剣が目に入り、イルグレンは驚いた。

 こうもたやすく彼女が負けるだろうとは、思ってもいなかったのだ。

 視線を男に向けると、男は息を乱してもいない。

 自分達にはとうてい扱いきれぬであろう大剣を片手で扱っているところを見ても、男の強さが並々ならぬものであるのは明らかだった。

 アウレシアが本気を出しても勝てないのならば、自分にも無理だろう。

 何より、気迫が違った。

 目の前の男は、自分を捕らえるためなら、例えどんなことでもするだろう。

「もう一度言う。剣を捨てろ。女を殺すぞ」

 男は低く、言い捨てた。

「その女は雇われた護衛だ。だから、私が死んだ後は捨ておいてくれるだろう?」

「俺の望みはお前の命一つ。できればそれ以上の無駄な殺しはしたくない」

「よかろう。では――」

 持っていた剣を、イルグレンは放り出し、跪いた。

「グレン!?」

「もういい、レシア。大人しくしていろ。私に付き合って死ぬことはない」

 従順なイルグレンの様子に、男は興味深げに呟く。

「潔い皇子様だ」

 苦笑して、男は背後に向かって声をかけた。

「おい、あいつを連れてこい」

 茂みをかきわける音が遠ざかる。

「私の命が目的なら、なぜ今殺さない? お前も誰かに雇われているのか?」

「死んでいくお前に、知る必要があるのか?」

 短く言い捨ててから、男は不意にイルグレンに向き直った。

 跪く、今は皇子とも思えないイルグレンを、じっと見据える。

「いいや。お前こそは、知るべきだな。己れの罪を。お前が生きているということだけで今も苦しみ続ける人間がいることを。お前の中に流れるその血こそが、全ての罪だということを――」

 風が騒めく。

 雲が足早に太陽を遮り、暮れかけの光さえ届かない。

 夕闇を一層色濃く染める夜の先触れがやってくるのを、イルグレンは感じた。

 それはまるで死の先触れのように静かに忍び寄る。


「お前をこの世で最も憎んでいる女が来る」


 無感動に、男は言い捨てた。




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