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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第五章

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攻防


 隊を離れては危険なこと。

 それをエギルディウスが危惧しているなら、離れなければよい。

 イルグレンはそう考えたのだ。

「今度から、稽古は馬車から離れずにすればよい。休憩の時間にここでする。私一人ではなく、護衛の何人かも交代で。皆の中に紛れてしまえば、遠目なら誰も私を特定できないだろう――どうだ、ファレス、リュケイネイアス」

 話を振られて、ソルファレスとリュケイネイアスはやや意外そうに顔を見合わせる。

 皇子の提案を最初は訝しげに思ったが、確かに道理には適っている。

 馬車の中にいようが外にいようが刺客は来る。

 ならば、身代わりとともにいてもいい。

 年恰好が同じ者を護衛の中には入れておいたのだから、遠目なら確かに見分けはつかない。

 そもそも、木の葉は森に隠すものだ。

 しかも、剣の稽古をするなら、護衛の腕も上がり、一石二鳥でもある。

「ケイ殿に鍛えていただけるのなら、私に異存はありません。寧ろ好都合です」

「俺達は構いませんよ。皇子を鍛えたのと同じように彼らを鍛えればいいんですから。な、ソイエ」

 リュケイネイアスが答える前に、アルライカが言う。

「――まあ、近くにいてくれれば楽だからな。別に苦にはならないな」

 ソイエの言葉に、リュケイネイアスが肩を竦める。

「――だ、そうです。仲間がいいなら俺も皇子の提案には異議はありません」

「私としては、皇子を危険な目に合わせたくない。刺客が西から来たのなら、今後命の危険はますます高くなる。身代わりが剣の稽古をするのなら構わぬが、その中に皇子が入るのは承知しかねる。身代わりが死ぬのではなく、皇子が死んだら全てが無駄になる」

 その無慈悲な言いように、イルグレンの顔が険しくなる。

「私を守る者達が危険にさらされても、私一人だけ助かればよいのか?」

「そのようなことを申しているのではありません。我々の目的が、貴方様を無事にサマルウェアに連れて行くことにあると申しているのです。そのための護衛です。主命に従い、主を守るのが彼らの任務です」

 イルグレンが憤慨する。

「私はファンナとお前とファレス以外と話をしたこともないんだぞ。ファンナの婚約者であるアルギルスだとて、顔と名前を知っているだけだ。私のために命を懸けている護衛なのに、ひどいではないか」

「下々の者と関わる必要はないのです、イルグレン様。御身は陛下から託された大切な方。護衛が御身を守るように、無事に西に送り届けるのが、私の務めなのです」

「その西から刺客は来たのだ。私が必要とされているとは到底思えぬ」

「いいえ。西の大公は聖皇帝とは知己の仲。この刺客は、大公が出したものではありません。大公は決して御身を粗略に扱ったりは致しません。私が保証致します」

「それでも、お前の言うことには従えん」

 なおもイルグレンは言い募る。

「私は、お前がいいように操るだけの皇子ではもういたくない。これまで、私はお前言うことに従ってきた。母をなくしてから、私の世話をしてくれたのはお前だったし、お前が言うことは正しいことだと思ったし、それでいいと、自分で納得していたからだ。だが、今回は――これだけは、譲れん」

 強い意志が、感じられた。

「私の命は私自身が守る。それで死ぬなら、それでよい。自分で確かめて、自分で決めたいのだ、エギル。鳥篭に篭められた鳥のように生きていくのはもう嫌だ。全ての責任は、私が引き受ける。それが私に残された、唯一の義務なのだ」

 エギルディウスは、奇妙な眼差しで、イルグレンを見た。

 その眼差しは、何か別の――遠い何かを見るように、痛ましげに細められていた。


 まるで、もういない誰かを見るように――


「……エギル?」

 訝しげな皇子の声に、

「――わかりました。お好きになさいませ」

 返ってきたのは、意外にもあっさりとした許容だった。

「――いいのか? 本当に」

 それまでの攻防とは打って変わって、あまりにも簡単な言葉に、イルグレンは再度問う。

「御身の義務を、どうして私如きが阻めましょう」

「――ならば、私は今後も渡り戦士達と一緒にいるぞ。馬車には戻らん」

「どうぞ御随意に。ならば私は、ファレスとリュケイネイアスと今後を詰めます。もうお休みくださいませ。そなた達、皇子を頼む」

 最後の言葉はアルライカとソイエライア、そしてアウレシアに向けられた。

 三人は礼をしてリュケイネイアスに視線を向ける。

 リュケイネイアスが頷くと三人は立ち上がり、イルグレンを待つ。

 イルグレンも、納得いかないながらも、立ち上がる。

「では、もう休む。エギル、ありがとう」

「いえ。渡り戦士達といても、常に御身を第一に行動なされませ。私達の代わりはいても、御身の代わりはおりません。その血に、代わりはないのです。それだけは、一瞬たりとも、お忘れなきよう」

「わかった」

 そう言うと、皇子は渡り戦士達と馬車を出て行った。

 気配が遠ざかっていく。


「血は争えぬ――」


 低い、小さな呟きが漏れた。

「エギル様?」

「陛下と同じことを言われた。そこにいるのが、若き陛下であるように思えた。私も老いたものだな――」

 自虐的に笑うエギルディウスに、ソルファレスとリュケイネイアスはかける言葉を探せずにいた。

「歴史は後に、陛下を国を滅ぼした愚かな君主と語るであろう。

 だが、私は知っている。そなた達も知っている。

 陛下は聡明な方であった。

 誰よりも聡明な方だった。

 だからこそ、悲しいほどに、先を見ていたのだ。

 国を滅ぼすという君主に有るまじき過ちを犯したかも知れぬ。

 死を以て償っても到底足りぬほどの大罪を犯したかも知れぬ。

 それでも、その全てを承知であの方は己の義務を全うしたのだ――」




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