折合
「――落ち着いたかい?」
互いの熱を吐き出した後、呼吸が整ってからアウレシアは問うた。
「ああ。――その、すまなかった」
言い淀むイルグレンに、アウレシアはくすりと笑う。
「何で謝るのさ」
「自分でもよくわからないが、こんな時に、こんな場所で、不謹慎だと思って。しかも、お前を乱暴に扱った」
あくまでも真面目な皇子の言いように、アウレシアはもう一度小さく笑う。
「仕方ないよ。あんた今日が初めてだろ、実戦は。戦闘の高揚感が高まると、男はよく、そうなるらしいし」
「そうなのか? 女は違うのか?」
「女は、状況にもよるかな。でも、別に無理矢理でもなかったし、乱暴でもなかったから、謝らなくていいよ」
「そうか――よかった」
ほっとしたように笑うと、イルグレンは、今度は優しく、アウレシアを抱きしめた。
「レシア」
「ん?」
「人を殺すと言うのは、嫌なものだな」
「――そうだね」
「だが、私は嬉しくもあったのだ」
言いたくなかったが、全てを話してもおきたかった。
この女戦士なら、自分の全てを受け入れてくれるように思えたからだった。
「命を奪っておいて、喜んだ。自分の身を自分で守れることを。もう、我慢しなくていいことを。怒りを、押さえずに剣を揮えることを」
怒りに任せて、全てを壊してしまいたい衝動。
感情の赴くままに、全てを巻き込んで、めちゃくちゃにしてしまいたい衝動。
今まで自分だと思っていたものは、たやすく揺らいだ。
なす術もなく飲み込まれ、混乱した。
同時に、自分というものがわからなくなった。
こんな激しい衝動が、自分の中にあったとは。
「私は、おかしいのか? だから、こんなことを思うのか?」
アウレシアは両手で優しくイルグレンの頬を引き寄せる。
触れるだけの優しいくちづけが、ささくれだった心を慰撫する。
「おかしくなんかないよ。人間なら、誰でも一度くらいそういう気持ちを持つもんだよ。あんた、ずっと我慢してきたんだろ?」
「――そうらしい。我慢していたつもりはなかったが、今日、人を殺して、初めて気づいた」
近すぎる距離で、アウレシアは微笑った。
「まったく、幸せなんだか不幸なんだかわかんない皇子様だね。我慢しても、いいことなんてないよ。もう少し我儘言いなよ。皇子様って、普通そんなもんだろ。付き合ったげるからさ」
「お前といるときは、我慢しなくてもいいのか?」
「いいよ。あんたの我儘なんて、かわいいもんさ」
軽くあしらわれて、イルグレンはむっとしたような表情になる。
「子ども扱いするな」
そうして、アウレシアの唇を塞いで、自分の上にいた身体を草の上に押し付ける。
「では、もう一度だ。今度は、私が上で」
アウレシアは笑ってイルグレンの首に腕を絡めた。
「いいよ、今度は、あんたが上で」
ソイエライアの気配が近づいてくる。
茂みをかき分ける音が大きく聞こえるのは、わざとだろう。
その頃には、身支度をすでに済ませていたイルグレンとアウレシアは、立ち上がり、そちらへと向かう。
「ソイエ。どうだった?」
「大分遠くまで行ってみたが誰もいない。今日のところはこいつらだけらしいな。戻るぞ」
そこで、イルグレンがソイエライアの腕を掴む。
「どうした、グレン?」
「ソイエ、その――ありがとう」
礼を言われて、ソイエライアはふっとやわらかく笑った。
先程のように優しく頭を撫でられる。
ソイエライアには、子ども扱いされても不思議と腹は立たなかった。
「落ち着いたな。もう平気そうだ」
「ああ。次は――大丈夫だ」
「初めて人を殺した夜は、俺も動揺した」
「ソイエもか?」
「ああ。お前よりもっとひどかったかもな。泣き喚いてみっともなかった」
ソイエライアの慰めが、イルグレンの心に素直に届いた。
「だが、自分の気持ちには、結局、自分で折り合いをつけるんだ」
「皆、そうしているのか」
「ああ」
「わかった、私もそうする」
素直なイルグレンに、ソイエライアは笑った。
「上出来だ」




