刺客
アルライカは視線を感じる方角の反対側の木陰へと二人を促す。
アウレシアとイルグレンもそれに従い、移動する。
三人が木陰へ座り込み、隠れるまで視線はついてきた。
間違いない。
誰かがこちらの様子を窺っているのだ。
逞しい体も隠してしまうほどの太い幹に背を預けて、アルライカは低く呟く。
「殺気がない――」
アウレシアも頷く。
「ああ。だから、おかしい。見張ってるだけみたいだ」
「私を探しているということか」
「まだわからんが、すぐには戻れねぇな。今のお前じゃ遠目からじゃ護衛と区別はつかないだろうが、今戻ってもろくなことにならん」
しばらく彼らも、休む振りをしてこちらを窺う者の気配を探った。
近づいてくる気配は全くない。
しかし、不意にそれはなくなった。
本当に突然だった。
そうして、気配は消え、もう、戻ってこなかった。
さらにしばらく、三人は待った。
「――戻ってこねぇな」
呟くと、アルライカは素早く立ち上がり、気配が消えたほうに向かって走り出した。
イルグレンもすぐに後を追おうとしたが、
「――ライカが呼ぶまでは駄目だ」
アウレシアの短い声に止められる。
「――」
納得のいかぬ気持ちが表情に表れていたのだろう。
少し呆れるようにアウレシアは笑っていた。
「あたし達はあんたの護衛だよ。危険なとこに行かせられる訳ないだろ」
「だが、私は自分の身は自分で守りたい」
「それは、最後の手段だろ。剣の稽古をしてるのは、真っ先に危険に飛び込んで行くためじゃない。何のためにあたしらが雇われたと思ってんのさ」
「レシア、来い」
遠くからアルライカの声がした。
「行こう」
アウレシアも立ち上がる。
二人が走っていくと、アルライカは渋い顔をして立っていた。
「何かあったかい?」
「――全くない。確かにここのはずだが、慣れた奴だな。跡を残さないよう気をつけてる」
「一人だから、あきらめたってことか」
「かもな。とりあえず戻るか。ケイに言って指示をもらおう」
夕食でアルライカが今日の出来事を報告すると、リュケイネイアスは、それを渋い顔で聞いていた。
「どうやら、シバスを出るのを待ってたようだな」
「どうするよ。これから」
アルライカの問いに、リュケイネイアスは簡潔に答える。
「明日は、ソイエ、お前が行け。もう一度来るか確かめるんだ」
「了解」
「グレンは? まさか連れてくのかい?」
「当たり前だろう。奴らの目的がわからん以上は皇子にも協力してもらう。昨日の今日で身代わりを準備したら、それこそ怪しまれる」
「もちろんだ」
イルグレンが強く頷く。
「私の命がかかっているのなら、私が行くのが筋だ」
「あんたが死んだら、全部無駄になるんだよ?」
「死なないさ。お前とソイエがいるなら、私は安全だ」
「――」
にっこりと笑われて、アウレシアはそれ以上何も言わなかった。
そして次の日。
馬車での移動が予定通り終わると、今度はソイエライアとともに、イルグレンとアウレシアはその場を離れた。
小さな森が点在するように木々が群生している間を抜けて、大きな森の手前の開けた場所まで来た。
「ここでいいな」
ソイエライアが言って、剣を抜く。
「グレン、来い。レシア、昨日みたいに二人がかりは今日はなしだ」
「何でだよ」
「今日は稽古が目的じゃないからだ。俺達が戦ってる間に気配を探ってろ」
「わかった」
イルグレンが剣を抜く。
仕掛けたのは、イルグレンからだった。
あわや斬られるぎりぎりのところで、ソイエライアは剣を弾き返した。
「――!!」
「遅いな。もっと速く」
ほとんど動かずに、そう言った。
もう一度向かっていく。
今度はソイエライアが先に懐に入る。
左肘が脇腹に入る寸前で、今度はイルグレンが避けた。
身体をかわしざまに剣を横になぎ払うが、これも剣で止められる。
ソイエライアも強かった。
アルライカと違って、すらりとした体躯なのに、弱さは微塵もなかった。
アウレシアのように力を流すのではなく、間合いをわざとずらす。
剣が当たるだろう時機をずらすことで、相手の力を殺ぎ、力の重心を狂わせる。
戦いづらい相手だった。
無駄な動きも隙もなく、どこに打ち込んでも確実にかわされるか、返される。
また、剣だけでなく、隙を見て格闘めいた攻撃を仕掛けるため、あらゆる所に気を配らねばならなかった。
しかし、アルライカのように、すぐに勝負をつけたりはしなかった。
戦い方を教えるように、ソイエライアは剣を揮った。
だから、ソイエライアが仕掛けてきたときは、イルグレンもソイエライアのように間合いをずらしながら、戦い方を真似てみた。
その内、こつを掴むと面白くなってきた。
「よし、今日はここまでだ」
ソイエライアが言う頃には、息が上がっていたが、何だか物足りないようにも思った。
「ソイエの動きは、アルライカとも似ているようで少し違う」
息を整えながら、そう言う。
少し驚いたようにソイエライアはイルグレンを見つめた。
「――俺とライカの動きが、似ているとわかるのか?」
「似ていると思ったが、間違いか?」
「なぜ、そう思った?」
「――うまくは言えんが、剣を弾かれるときの力の溜め具合や、次の攻撃に移る間合いが似ているような気がする」
ソイエライアはふむと考え込んで、それからイルグレンの頭を撫でた。
「ライカの言ったとおりだ。戦士としての素質があるな」
「本当か?」
「ああ。惜しいな。皇子じゃなければ誘いたいくらいだ」
ソイエライアが唇の端を上げて笑う。
その時。
「ソイエ、来たよ」
今まで動かなかったアウレシアの声が聞こえた。
「ああ、わかってる」
イルグレンも遅れて気づいた。
人の気配が近づいてくる。
「昨日とは違う。殺気だらけだ」
「昨日とは別なのか、偵察と本業が違うか、だな」
先程までの穏やかな顔つきが一瞬で変わる。
「グレン、確実に一撃で仕留めろ。情けはかけるな」
そうして、すらりと剣を抜きなおす。
「お待ちかねの実戦だ。斬らなきゃ斬られる。死にたくないなら殺せ。俺達は手助けするだけだからな」




