視線
最後の準備も順調にいき、結局シバスを出発したのは四日目の朝だった。
ここからは様々な丘陵が続く。
しかも、広大な乾燥地帯に湿地帯と森林地帯が点在するため、さらに道がうねる。
出発した最初の日は、予定通りに午後には野営場所へと着いた。
リュケイネイアスが、用心のため、剣の稽古にはアウレシアだけでなくアルライカとソイエライアを交互につけるよう指示したので、今日はアルライカを含め、三人で野営場所から少し離れた丘陵の影へと行く。
以前の約束通りアルライカと稽古をつけられることをイルグレンは喜んだ。
その様子に、アルライカもつられて笑った。
「準備はいいのか?」
「ああ。頼む」
しかし。
ほんの数分でイルグレンの剣はいとも簡単に弾き飛ばされた。
「――」
「どうした?」
「――なんだ、その強さは!? 反則だろう!?」
真面目に、イルグレンは怒った。
「そんなこと言われてもなぁ」
「だから言ったろ? べらぼうに強いって」
アウレシアが笑って、イルグレンに剣を渡す。
それから、イルグレンに小さく耳打ちする。
「――」
イルグレンはそれを聞いて頷くと、
「もう一度だ」
剣を構えて、向き直る。
「え、お、おい!?」
イルグレンが仕掛けるのと同時に、アウレシアも剣を抜いてアルライカに向かう。
二人に一度に攻撃されて、アルライカが慌てる。
「ちょっと待て、卑怯だぞ」
「このくらい余裕であしらえるだろ?」
アウレシアがにやりと笑う。
「そうだ、一人で勝てないなら二人がかり――理に適っている」
イルグレンも同調する。
「レシア、グレンに変なこと教え込むなよ」
「何言ってんだい。グレンが言ったとおり、理に適ってるだろが。こんな化け物じみた強さに正攻法で勝てるわけないだろ。押して駄目なら、押しまくる。今日こそ勝つからね」
「押して駄目なら引けよ!! ていうか、お前ら二人だと強いぞ!?」
さすがのアルライカも二人がかりは少々てこずる。
一月以上の稽古の成果で、イルグレンの腕はもとより、アウレシアの剣技にもさらなる磨きがかかったようだ。
「――ええぃ、畜生め。本気出すぞ、こら!」
「望むところだ!!」
「ライカの本気、見せてもらうよ!」
しかし、やはりアルライカは強かった。
あわや勝てるか、と思うような場面もあるにはあったが、アルライカは後ろにも目があるように隙がなく、どうしても、打ち負かすだけの技量は、アウレシアとイルグレンの二人がかりでもなかった。
悔しそうに、アウレシアが終わりを告げた。
二人とも、とっくに息が上がっていた。
アルライカもさすがに二人を相手にしたので、軽く息が上がっていた。
逞しい上半身が、息をついて揺れている。
「――」
同じ男から見ても惚れ惚れする。
戦士として申し分ない体躯、筋力、剣技。
こうでありたい男の鑑のようなアルライカを見て、イルグレンは素直に羨ましいと思う。
「ライカは何だってそんなに強いのだ?」
「この身体でお前に負けたら、俺のほうがおかしいじゃねぇか」
呆れたようにアルライカは笑う。
「まあ、方法としては悪くねぇ。二人がかりはさすがにきつい。何だよ、グレン。最初なんかより、ずっと強くなったじゃねぇか」
「――だが、二人がかりでも勝てん。ソイエもこんなに強いのか?」
「俺とどっこいどっこいだな。俺らよりケイのほうが、それこそべらぼうに強い。今度相手してもらうといい」
「本当か!?」
「ホントさ。悔しいことに、俺とソイエだって、まだ一回も勝ったことないんだよな」
肩を竦めてアルライカが言う。
イルグレンは驚いた。
こんなにも強いアルライカよりもリュケイネイアスは強いというのだ。
「まあ、グレンとレシアは経験の差だな。場数踏めば、強くなる。そう焦んな」
「あたしらが場数踏んでも、ライカも同じように踏んでたんじゃ、いつまでたっても追いつかないじゃん」
「わからんぞー。俺らが弱くなるってこともある」
「嘘くさい。よわっちーライカなんざ想像でもできないよ」
笑い合う二人は、そうしていることがとても自然に見えた。
仲間らしい気軽さを、見ているととても羨ましく思う。
場数を踏む。
そうできたら、自分もいつかアルライカのように強くなれるのだろうか。
だが、自分には時間がない。
この旅が、終わるまでなのだ。
自分に許された時間は。
そして、不意に気づく。
西に着いたら、自分は――?
「――」
そんな物思いに囚われて、イルグレンは気づくのがほんの少し遅れた。
「グレン、俺の後ろ見るんじゃねぇぞ」
低く短く言い捨て、それから、
「――少し休もうぜ。疲れて眠くなってきた」
いつもの調子でアルライカは大きくのびをした。
「そうしようか」
「ああ――」
気安く言われた科白だ。
だが、目が笑ってはいない。
突然の違和感に、一瞬戸惑うが、その理由にようやく気づいた。
アルライカの大きな身体に遮られた向こう側。
誰かが、見ている――




