回想 死
町へ入るなり、男は呆然とした。
あまりの町並みのかわりように。
最後に訪れてから一年と経たずに、その界隈は貧民窟と化していた。
乾いた石畳の上に横たわる痩せこけた人々。
骨と皮ばかりの手を伸ばし、物乞うたくさんの人々。
通りはそんな情景に溢れている。
胸騒ぎを覚え、男は走った。
見慣れたはずの少年の家へと急ぐ。
些か乱暴に扉を叩くが返事がない。
錠のおりていない扉は、簡単に開いた。
薄暗い室内で、男は異臭を嗅いだ。
病んだような、饐えた臭い。
年老いたものの死に逝くような、そんな臭いを。
寝台に横たわる小さな身体を視界に捕らえたとき、男は叫んだ。
「リュマ!!」
あの愛らしい顔には、すでにその面影は失われていた。
頬は痩け、落ち窪んだ眼窩。
骨と皮ばかりの細すぎる腕。
薄い布越しに浮かび上がる肋骨。
土気色の喉からは、乾いた音が漏れるだけ。
少年はひび割れた唇を震わせていた。
何かを語ろうとしていた。
だが、もはや声を出す力さえ、残されてはいなかったのだ。
男は寝台に駆け寄り、膝を着くと、腰に下げていた皮の水袋の口を開け、少年の口元に寄せる。
乾いた唇の間に、水が流し込まれる。
「……」
骨の浮き出た喉が、何度も大きく動いた。
嚥下した後、少年は辛うじて聞き取れるほどの声を喉の奥から振り絞った。
「お姉、ちゃんからの、手紙が、こないん、だ」
皇宮からの便りが途絶えて、すでに半年は経っていること。
心配になって何度会いにいっても、取り次いでもらえなかったこと。
以前姉からの手紙と仕送りを運んでくれた女も来なくなったこと。
荒い息の中、必死で少年は言葉を搾り出す。
姉を探してくれと。
会いたいと、少年は告げた。
「大丈夫だ。俺が探してやる。探して、連れてきてやる」
男は少年を抱きあげ、そう言った。
ここにいてはいけない。
抱き上げた少年は、背に負った剣よりも軽かった。
その時すでに、確信した。
この子は、もう助からない。
医者に診せたとき、少年の魂はすでに冥界へ足を踏み入れようとしていた。
「みず、を」
それが最期の言葉だった。
一口、飲み干すと少年は満足そうに笑った。
そうして、そのまま息を引き取った。
その時、男の脳裏を占めていた感情は、悲しみよりもまず怒りだった。
どうして、もっと早くリュマのもとへ来なかったのか。
もっと早く来ていたら、こんなことにはならなかったのに。
たった十で、あの子は死んでしまった。
餓えて餓えて、骨と皮ばかりになって、たった一口の水に満足して死んでいった。
あの子が何をした。
世の中には、死んでいい人間がたくさんいる。
生きる価値などない悪党など、ごまんといるではないか。
それなのに、なぜ、あの子が死なねばならないのだ。
あの善良で優しいリュマが死ぬ理由が、どこにあったのだ。
こんなにか弱く稚い命が、簡単になくなってしまう国。
民を餓えさせ、尊厳を奪い、惨めに死なせる国。
それが、麗しの皇国か。
神々の末裔の住まう国なのか。
激しい怒りが、男を動かした。
皇宮に入らねばならない。
あの聳え立つ白亜の壁を越えて、少年の姉を探さなければならない。
最期まで姉を恋うていた少年に、してやれることはそれしかなかった。




