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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第四章

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回想    命の恩人

 二年前、男は暁の皇国の酒場で、いざこざに巻き込まれた。

 賭け事でいかさまを見破ったからだ。

 何のことはない、自分以外がみんなグルだったのだ。

 見破っただけなら、争いごとにはならなかったが、勝負が無効だと金を取り返したのが悪かったらしい。

 酒場を出て人気のないところで襲われた。

 大剣を持ってこずに、細身の短刀しか持っていなかった。

 それだけなら、どうということもなかったが、酒にどうやら混ぜ物がしてあったらしく、闘っている最中だというのに、強烈な眠気に体の動きが思うようにきかなくなった。

 相手は八人。

 多勢に無勢だ。

 三人を切り倒したところで、男は逃げた。

 小路に入り、ひたすら走った。

 暗い上に意識が朦朧としだして、自分がどこにいるのかもわからなかった。

 何度目かの角を曲がったところで、足がよろけて壁にぶつかった。

 これ以上は逃げ切れない。

 なら、残り五人を切るしかない。

 小路が狭いから、一斉には襲って来れないはずだ。

「……くそっ」

 覚悟を決めて短刀を構えなおすと、壁に寄りかかりながら、角を曲がってくるはずの男達を待った。

 その時。


「追われてるの?」


 寄りかかった壁から、声が聞こえた。

「!?」

 顔を横向けると、小さな頭が、扉の隙間から自分を見上げていた。

「扉を閉めていろ。怪我をするぞ……」

 暗がりの中でも、子どもの顔は白く見えた。

「でも、お兄ちゃん、闘えなさそうだよ。うちに入りなよ。うちの扉は閉めちゃえば、暗いからわかりづらいんだ。早く」

「……」

 一瞬迷ったが、男は子どもの声に従い、中に入った。

 子どもは素早く扉を閉め、錠を下ろす。

 男達の足音が角を曲がり、家の前を通り過ぎていくのを、壁越しに感じた。

 それが限界だった。

 ずるずると壁に背を預けながら崩れ落ち、男の意識は途絶えた。



 目を覚ましたのは、食欲をそそるような匂いをかぎ分けたからだった。

「――」

「あ、起きた? ご飯食べるよね」

 声をかけられて、自分が床に寝ていたことに気づいた。

 毛布がかけられており、頭の下には、枕もある。

 起き上がると、昨日の混ぜ物のせいか喉が異様に乾いていた。

「先に、水を、もらえるか?」

「うん、待ってて」

 台所の脇の取っ手を二、三度押すと、蛇口から水が出てくる。

 硝子杯に並々と注いで持ってくる。

 男は一気に飲み干した。

「もっと?」

「ああ、頼む」

 もう一度受け取った水を、今度はゆっくり飲み干して、男は息をついた。

 杯を返すと、少年はにっこり笑って受け取った。

 着ている服に似合わぬ、貴族のような端正で愛らしい顔立ちだった。

 その人懐こい様子に、男は内心戸惑う。

「なぜ俺を助けた?」

「放っておいたら死にそうに思えたから」

「悪党かもしれないのに、うかうかと家に入れて、殺されたらどうする」

「お兄ちゃんは、悪い人には見えないよ。強そうだけど、優しそうに見える」

 男は眉根を寄せた。


 優しい。


 そのように言われたのは初めてだった。

「だって、僕が声かけたとき、扉を閉めろって言ったじゃない。悪い人なら、そんなこと言わないよ」

 利発な子どもだ。

 だが、世間知らずでもある。

 自分は確かに悪人ではないが、善人でもない。

 あの時扉を閉めろといったのは、邪魔だったからだ。

 勝てる見込みが辛うじてあったからこそ、出た言葉だったのだ。

 死にかかっていたのなら、状況は違っていたはずだ。

 言われなれぬ言葉を聞かされて反発しそうになるが、この少年が自分を助けたことには変わりない。

「命を助けてくれて礼を言う。子どもなのに、勇敢だな、お前は」

 言われて、少年は照れたように笑った。

「ホントはね、怖かったんだ。少し、迷ったんだよ」

 呆れたように男は少年を見下ろす。

「それなのに、扉を開けたのか」

「だって、もし僕が扉を開けなかったら、お兄ちゃんは死んでたかもしれない。強そうだから死ななそうだけど、怪我をしたかもしれない。

 いずれ出会う大切な人に恥じるようなことをしちゃ駄目だって、お父さんが言ってたから。僕もそう思う。だから、怖かったけど、声をかけたんだ。お父さんみたいに、自分の子供に尊敬される人間になりたいんだ」

 大人びた口調に、男は内心驚いた。

「その父親はどうした?」

 問われて、少年の表情がすっと、淋しげになった。

「二年前に、死んじゃった。だから、お姉ちゃんが働きに出て行かなきゃならなくなったんだ。だから、今は僕一人」

「――一人で、ここに住んでいるのか」

「お姉ちゃんからの仕送りがあるから大丈夫。来年の春が終わる頃には、お姉ちゃんが帰ってくるから、それまでは僕がこの家を守らないと」

「――」

 こんな子どもが、養ってくれる親もいないのにたった一人で生きているとは。

 それでも生きていけるのは、この国の昔ながら制度の名残だろう。

 男はこの少年が不憫だった。

「お前は、立派な男だな」

「ふふ。じゃあ、お兄ちゃんぐらいの歳になったら、きっと物凄く立派な男になれるね」

「そうだな。間違いない。俺などお前の足元にも及ばんよ」

 そうして、二人で笑った。

 それから一年、皇国に来るたびに、男は食材を買い込んでリュマと名乗った少年のところを訪れた。

 少年は嬉しそうに男を迎え、宿と食事を提供する。

 まるで歳若い父親と息子のように、二人で過ごした。

 男が驚くほど、少年は利発だった。

 男は国から出たことのない少年のために、外の世界のことをよく話して聞かせてやった。

 瞳を輝かせて話を聞く少年は、よく男を質問攻めにした。

 好奇心も旺盛で、会話をすることを楽しんでいた。

 少年は、代わりに自分の姉のことをよく語った。

 どうやら自慢の姉らしい。

 褒め言葉しか出てこない。

 姿かたちの美しさやいかに自分を大切にしていてくれるか、母親が少年を産んで三年ほどで亡くなったため、それからは母親代わりとして、一切の家事をしてきたので、何をやっても人並み以上に上手いこと。

 少年にとっては、姉は完璧な女だった。

 少年もとても愛らしい顔立ちだ。

 その姉なら、確かに美しいだろう。

 そして、女としても上等の部類に入るのだろう。


「お姉ちゃんに会いたいなあ。もう一年も、手紙だけなんだ。お姉ちゃんの手紙を持ってきてくれる人が、お姉ちゃんが働いているところは、なんだか意地悪なお姫様がいるところで、あんまり外に出してもらえないんだって言ってた」


 美しい女官に嫉妬する姫なら、そのようなこともあるのだろう。

 手紙をいくつか見せてもらうと、美しい文字が大きめに記してあった。

 弟の近況を尋ね、自分の様子も弟が心配しないよう控えめに書いてある。

 二年の年季奉公で皇宮にあがったため、途中で勝手に打ち切ることはできないのだ。

 文字の読み書きができるのなら、この姉弟は、ある程度学のある親に育てられたに違いない。

 皇国の内政が徐々に変わり、学問に対して、一般に門戸を開かなくなってから、十年以上が過ぎているのだ。

 驚くべき識字率を誇っていた麗しの皇国は、今はもう夢のようだ。

 貧民街までできつつあるのだから、よほど内政はおかしくなっているのだ。

 歴史ある制度が、皇帝が代替わりしただけでこうも簡単に崩れたことが不思議だった。

 まるで、意図的にそうしたかのように。

 ここ数年で目に見えて乱れていく治安も気になった。

 税金が二倍近くも上がり、物価も高騰している。

 商売もなかなかうまく事が運ばない。

 どこもかしこも物騒で、生活水準が目に見えて下がったことで、人々は殺気立っていた。

 男はなるべく、少年には暗くなってからは外に出ぬよう言い含めた。

 そして、簡単な護身術や短刀の扱い方も教えた。

 そのぐらいしか、してやれることはなかった。


「しばらく、来れないの?」


 別れ際にそう告げると、少年は目に見えてがっかりしていた。

 ここでの商売はすでに終わっていた。

 それでも、何度も足を運んだのは、この少年を家族のように大切に思っていたからだ。

 気落ちしている淋しげな少年を見て、心が痛んだ。

 まだ十にもならぬ子供なのだ。

 たった一人の姉とも離れて暮らし、気丈にはしているが、心細くないはずがない。

「気をつけて。危ないことがあっても、怪我だけはしないで」

 そう自分を見上げる少年に、


「リュマ、一緒に来るか?」


 何の気なしに、男はそう聞いた。

 少年は一瞬驚いたように、だが、嬉しいような困ったような表情で首を横に振った。

「――ううん。お姉ちゃんが戻ってこなきゃ、どこにも行けない。帰ってきたとき、僕がいなかったら、お姉ちゃんは心配する。泣かせたくないんだ」

 小さいながらも一人前の男のような少年の物言いに、男は小さく笑って、小さな頭を撫でた。

「なら、姉が戻ってきたら、一緒に来い。お前は、俺の命の恩人だから、仲間はみんな歓迎してくれる。お前と姉ぐらい、余裕で養ってやれる」

 少年も、笑った。

「いいね。お姉ちゃんに話してみる。手紙にも書いておくよ。一緒に行けたら、すごく楽しいだろうな」



 しかし、そんな日は、来なかった。


「――」

 杯を持つ手に、我知らず力が入る。


 優しい優しいリュマ。


 弟のように思っていた。

 ならず者の自分を恐れることなく接してくれた。

 賢い子どもだった。

 あの子と話すのが好きだった。

 だが、思い出さえも、もはや残酷だ。

 一番楽しかった時を、覚えていたかったのに。

 あの子の笑った顔、一生懸命話していたときの顔、自分の話を瞳を輝かせて聞いていた顔――そんな、幸せな時だけを。

 男の思いとは裏腹に、思い出は全て、最後のあの瞬間に塗り潰されてしまう。


 そう、今でさえ、あの瞬間へ――





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