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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第三章

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知らぬことの罪


 稽古した場所からさらに、丘を二つ越えたところに、その湖はあった。

 砂漠のオアシスのように、荒地にぽっかりと出現した、さほど大きくもないこじんまりした湖は、頻繁に旅をする渡り戦士しかしらない格好の穴場だった。

「こんな所に、湖があるとは」

 感心するイルグレンをよそに、ずんずんと岸へ向かう。

「そこで待ってな。すぐ戻る」

「まさか、泳ぐ気か?」

 珍しく察して、問われる。

「ああ」

「着替えはどうするのだ? 持ってきていないだろうが」

 剣帯ごと剣を外し、長靴ちょうかを脱ぐ。

「必要ないさ」

 言うなり、アウレシアは軽やかに湖に飛び込んだ。

「レシア!!」

 水面に顔を出し、振り返ると、驚いたまま立ち尽くしているイルグレンが見える。

「少し泳いでくる」

「そのままでか!?」

「服も洗えて一石二鳥だろ。このほうが」

 中ほどまで泳いだアウレシアは、もぐって向きを変えると、今度は岸まで泳いで戻った。

 熱気から解放され、気分は爽快だった。

 先ほどまでの気分さえ嘘のように上機嫌で、差し伸べられたイルグレンの手を掴み、アウレシアは水からあがった。

 まだまだ暑い日差しは一向に衰える気配もなく、それどころか、アウレシアの濡れた体から物凄い勢いで水分を奪っていく。

 後ろに結い上げ垂らした髪を軽く絞り、それから剣帯と長靴を手に持つ。

「濡れたままで、どうするのだ」

「このままで帰るさ。すぐに乾くだろ」

「気持ち悪いだろうが」

 その言葉に、アウレシアは感心したように呟く。


「――あんた、本当に皇子様なんだねえ」


「なんだと」

「あたしたちはさ、例えば酷い嵐でずぶぬれになりながら旅をするなんてことはしょっちゅうなんだよ。逆に、雨一滴すら降らない砂漠を、砂塗れになって渡ることもある。それに比べたら、こんな熱いぐらいの日差しに濡れたままでいることなんて、なんともないことさ」

「――衣服は、毎日変えるものではないのか」

「そんなこと、お貴族様しかしないよ。あたしらは三日くらい同じ服を来てたって気にしたりなんかしない」

「三日!?」

「汚れてもいないのに変えるほうがよっぽどおかしいだろ。だいたいあんた、同じ服を二度続けて着たことあんのかい?」

 イルグレンは返事につまった。

 正直に答えることがひどく悔しいような気がしていた。

「今は――着ている」

「じゃあ、それまではなかったんだ」

 けらけらと、アウレシアは笑う。

「それは、そんなに悪いことなのか?」

 憤慨したようにイルグレンは問うた。

「私のいた国では――皇宮では、それは当たり前のことだった。側室の母を持った末席の私でさえそうだった。私のいた世界では、それは当然のことだったんだ。私はそうした立場だったから、それを受け入れていただけだ。それを悪いと、お前等は言うのか」

 真剣なイルグレンの様子に、アウレシアも態度を改める。

「悪いことでは――ないのかもしれない。それはあたしらの考えだから。

 でも、あんたは考えたことないんだろ。あんたの着ているような絹の服なんて一生着れずに、その日一日食うことさえできずに腹をすかせて、やがて餓えて死んでいく、そういう子供もいることを」

 驚いたように、イルグレンは問う。

「なぜ餓えるのだ。服も食物も、買えばいいではないか」

「買うための金がないんだよ」

「金?」

「そうさ。服も、食物も、全て、手に入れるには金がいるんだよ」

「では、金を買えばよかろう」

 イルグレンは真剣に答えていた。

 答えぬアウレシアに、彼に対する侮蔑の色はなかった。

 ただ、困ったように微笑んで、静かに彼を見つめるのみ。

「レシア?」

「あんたは何も知らない――それは、あんた自身のせいじゃない。

 でも、知ろうとしないことは、時として大きな罪になることもある。

 あんたはすべてを知りたいと思うかい?」

「思う」

 即答だった。

「私は新しい世界を知りたい。お前達が見てきた世界を。

 もしかしたら、それは私が望むものではないかもしれない。

 私が考えていたただ静かで、穏やかな、汚れないものではないかもしれない。

 だが、それでも私は本当のことを、自分の目で見て、ありのままに知りたいと思う」




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