西へ
とどろくように皇宮を焼き尽くす炎は、黒煙を従えて、その勢いは未だとどまることを知らないかのようにも思えた。そして、それは死人を冥府へと送る弔いの篝火のようにも見えた。
この世界では、火は邪悪を消し去る神聖なものとして扱われている。
象徴ともいえる皇宮が炎に包まれた時、民衆は口々に呟いたという。
火の神の怒りによって、邪悪は滅び去ると――
そして、迫り来る業火を背に、女はじっと広場の中央を見据えていた。
門前にある血だまりの広場の中心には、たくさんの首のない骸が転がっていた。全てこの国の皇族とその姻戚にあった者だ。
首はすでに皇宮の外で晒されていた。
皇帝、皇后の血に連なるものは全てが捕えられ、異例の略式裁判を経て、処刑されている。すでに死んでいた者も集められ、晒すために首を切られた。中にはこの業火に見舞われて判別のつかぬ無残な遺体さえある。民衆の怒りはそれほどに凄まじかった。
神々の末裔とも呼ばれる皇族はこの日滅んだのだ。
そして、皇国もともに、滅んだのである。
おびただしい死体と鮮血に敷き詰められた広場に立ち尽くす女は、小さく呟いた。
「足りないわ。これでは足りない」
皇宮に勤める女官の装束をした女は、美しい顔を静かな怒りに染めていた。
女の傍らに立つ、背の高い屈強な男が低い声で問う。
「では、どうする?」
砂漠の盗賊のように長い外套が風にあおられる。いまだ燃え上がる皇宮の熱風がもうここまで届いているのだ。
「俺はお前に従う。そういう約束だったからな」
馬の蹄の音がこちらに近づいてくる。一頭ではない。複数の蹄だ。
「どうすればいい? どうしたい?」
蹄の音にかき消される前に、女ははきすてるように言った。
「――皇子の首を。それで最後よ」
「わかった」
大地を揺るがす大勢の蹄の音は、男の背後で止まった。
十数人の男達が馬から降り、男の指示を待っている。
やはり全員が砂漠に暮らす者のような格好だ。
長い外套に、革の手甲と脚絆、日除けとなる布を頭に巻き付けて背中に垂らし、ほとんどの者が髪の色を定かにはさせない。
「俺の馬を」
男の声に、すぐに乗り手のない馬の手綱を掴んだ男が前に出る。
「統領。どちらへ」
「準備をしろ。砂漠越えだ」
男は女を抱き上げ、馬に乗せると、自らもその上に跨がった。
他の男達もすぐにそれに従う。
来た時と同じように、皇宮の大理石の石畳を割るかのような勢いで馬は駆け去っていく。
そうして、馬は西へ向かった。