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暁に消え逝く星  作者: ラサ
第二章
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事の真相


「はぁ?」

 今度は、アウレシアのほうが納得のいかない顔をした。

 今度は何を言い出すのだ、この天然皇子は。


「私は腰抜けなどという言葉を取り消せと言ったのではない」


 予想と違う言葉に、アウレシアは戸惑う。

「――じゃあ、あたしが言ったどの部分を取り消せばいいのさ?」

 腰抜け以外、イルグレンを怒らせることを言ったのか、アウレシアには全く思い出せなかった。

 だが、覚えていないアウレシアに、イルグレンはさらに気分を害したようだった。

「お前は、私の国の民を侮辱したのだ。死んだほうがいいと言った。

 そのような暴言を忘れるとは何事だ。

 私の国は別に男尊女卑の国ではないし、民もそのような考えを持っているわけではない。

 国が滅びようと、そこにいる民は滅んでいい訳ではない。罪のない民が、死んでいい訳がない」

 その言葉の意味をアウレシアが理解するまで、数秒を要した。

 どうやら、自分自身のことでなくて、国の民を侮辱したことを怒っていたのだと、ようやく思い至った。

 同時に、脱力する。


「怒りどころはそこなのかよ…」


「そこ以外のところなどどうでもいい。死んでもいい人間などいない。悪人なら別だが」

 真摯に見つめられ、アウレシアは居心地が悪かった。

 どうもこの皇子の世間ずれは、相当のものだ。

 今までに見たことがない。

 何やらこちらが悪者のような気分にさせられる。

「――まあ、悪かったよ。あんたの国の人間を侮辱したこと。失礼なことを言ったことを取り消す」

 そう言った途端、イルグレンは本当に嬉しそうに微笑んだ。

 胸のつかえが取れたようにすっきりとした顔だった。

「私も悪かった。お前を侮辱するつもりはなかったのだ。女に護衛がつとまるかと聞いたのは、ただ、不思議だったからだ。私の国には戦う女はいない。国では、女の戦士を見たこともない。女というのは私達にとっては守るべきものであって、決してともに戦うべき者ではなかったのだ」

「――」

 その言葉には、アウレシアは唖然とするしかなかった。

 あの発言は、侮辱ではなく、純粋な好奇心から出たものだったのか。

 なんと紛らわしい。

「あたしは――てっきりいつもみたいに女だからって舐められてんのかと思ったのさ」

 イルグレンが眉根を寄せる。

「舐めるというのは、馬鹿にするということか? 女を馬鹿にするなど、許されん。守らねばならぬ対象であるのに。お前はそのように扱われるのか?」

肩を竦めて、アウレシアは答える。

「女戦士は少ないからね。まあ、時々は」

「けしからん。お前は戦士としては一流であろう。腕も立つし、それなのに軽んじられるとは――なんという見る目のない男達だ!!」

 本気で憤慨する皇子に、アウレシアはあっけに取られた。

 それこそ、自分はこの皇子のことをそんな輩と一緒くたにしていたのだ。

 この天然な皇子様には、そんな気は全くなかったというのに。

 それから、こらえきれないように吹き出した。

「レシア? 笑い事ではない。私は怒っているのに」

イルグレンには、なぜアウレシアが笑っているのか見当がつかない。

「――いや、悪い。あんたを笑ったんじゃない。ただ、自分の早とちりがおかしかったのさ」

「早とちり?」

「ああ。気にしないどくれ。こんな楽しい思いをしたのは、本当に久しぶりだよ。皇子様には、感謝しなくちゃね」

 涙をぬぐいつつ、アウレシアはふと視線を戻すと、イルグレンはそんなアウレシアをじっと見つめていた。

「お前は――美しいな」

「はあ?」

 またこの天然皇子は何を言いだすのかと、アウレシアはまじまじとイルグレンを見つめた。

「どんなに汚れていようとも、お前には生命の輝きが見える。生きている。生きていることを感じている。生きていることを喜んでいる。それが、わかる。お前は生命そのもののようだ」

 イルグレンは、アウレシアの手を両手で敬うようにとり、


「お前はとても美しい。

 今まで私が出会った女の中で――否、生命あるものの中で、お前が最も美しい」


 その指先にくちづけた。

 それは、イルグレンの国が、女性に捧げる最上の礼の形だった。

 アウレシアは今度は声をたてずに笑った。

「あんたもおかしな男だね。あたしなんかを、綺麗だというなんて」

「お前もおかしな女だ。私を対等の人間として扱う」

「だって、人間が人間に決めた身分が、何の役に立つって言うのさ。

 今、あたしとあんたはこうして向き合っている。そこに、身分が見えるのかい?

 あたしは今ここにいて、あたしを見てるあんたしか見えない」

 その言葉を、イルグレンは嬉しそうに聞いている。

「私は、お前のその考え方が好きなんだ。お前は、私にそれまで知らなかったことを教えてくれる。皇子ではない私でもいいと、教えてくれる」

 無邪気に笑う目の前のイルグレンは、アウレシアに庇護欲に似たような感覚をかきたてる。

 母親のように、姉のように、この年下の皇子を気にかけている自分に、アウレシアは気づいてしまった。

 そんな思いを振り払うように軽く息をついて、アウレシアはイルグレンに言った。


「初勝利の記念に、うまい夕飯食わせてやるよ。今日は、ソイエとライカが作るから味は保証する」




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