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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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54/99

寿綾乃という女 第2部 54

…ズルい?…


 …私が?…


 …どうして、ズルいの?…


 思いがけない、諏訪野マミの言葉に、動揺した…


 私が、諏訪野マミに、ズルいと、言われる覚えはない…


 だから、むしろ、怒りを覚えた…


 諏訪野マミに、怒りを覚えた…


 「…マミさん…どうして、私がズルいんですか?…」


 少々、強い口調で、聞いた…


 怒鳴りは、しなかったが、心の中では、十分、怒鳴っていた(笑)…


 それを、スマホの向こう側で、諏訪野マミも察したのかもしれない…


 「…寿さん…怖い…」


 と、諏訪野マミが、小さく言った…


 「…怖い?…」


 「…ズルいって言ったのは、寿さんが、伸明さんの心を鷲掴みに、捉えたことよ…」


 意外な言葉だった…


 「…鷲掴みって?…」


 「…昭子さんは、伸明さんと、佐藤ナナの結婚を目論んだ…その意を受けて、私と、冬馬は、寿さんの元に向かった…」


 「…」


 「…でも、伸明さんは、首を縦に振らなかった…だから、佐藤ナナを養女にするしかなかった…」


 「…」


 「…五井南家を本家側に引き込む条件として、なんとしても、佐藤ナナを媒介として、本家と縁戚関係を結ぶ必要がある…伸明さんと、結婚がダメなら、どうするか? 思いついたのが、養女という形だった…」


 諏訪野マミが、私が、考えていた通りのことを、言った…


 やはり、五井南家を五井の本家側につかせる条件として、佐藤ナナが、五井本家と、なんらかの縁戚関係を持つことが、必須となる…


 だから、普通は、佐藤ナナを、伸明の妻として、迎えるのが、一番と、考えたが、伸明が、拒否したということだ…


 だから、仕方なく、佐藤ナナを養女としたのだろう…


 しかし、その原因が、私とは?


 なんだか、気恥ずかしくなるというか…


 本当に、そうなのか? とも、思う…


 イマイチ、納得できない…


 私のどこに、そんな魅力があるのだろう?


 さっぱり、わからない(爆笑)…


 私自身が、私を見ても、そんな魅力は、さっぱりない…


 断言できる…


 それとも、諏訪野伸明が、私を誤解しているのだろうか?


 私、寿綾乃という女を勝手に、十倍にも、二十倍にも、大きく評価しているのだろうか?


 あるいは…


 あるいは、他に、なにか、別の理由があるのかもしれない…


 私が、考えていると、


 「…だから、冬馬…菊池冬馬は、自殺未遂を起こした…」


 と、本題を言った…


 私が、自分自身にうぬぼれている間に、本題を言った…


 と、同時に、このために、諏訪野マミが、今、電話をかけてきたことに、気付いた…


 やはりというか…


 当たり前だが、諏訪野伸明に、聞いたに違いなかった…


 が、


 それを言っていいものか、どうか、迷った…


 悩んだ…


 すると、私が、なにも言わずにいる間に、


 「…冬馬は、リンちゃんに、捨てられたの…」


 と、想定外のことを、言った…


 「…捨てられた?…」


 思わず、大声を出した…


 捨てられたって?


 一体、どうして?


 「…佐藤ナナ…彼女の存在が、リンちゃんの闘争心に火をつけたというか…」


 「…どういうことですか?…」


 「…佐藤ナナ…彼女が、突然、現れて、五井本家に、養女として、迎えられた…結果として、彼女は、リンちゃんよりも、五井家では、立場が上になった…それが、リンちゃんは、許せなかった…」


 「…」


 「…だから、リンちゃんは、冬馬と別れて、伸明さんと、結婚したがった…そうすれば、リンちゃんは、佐藤ナナよりも、上になれる…」


 「…」


 「…二人のルックスが似ているのも、まずかった…年齢も、ほぼ同じ…だから、余計に、競争心というか、敵対心が、芽生えた…」


 「…」


 「…それに、二人は、まだ籍を入れてなかったのも、まずかった…これから、いっしょに、住み始めようとした矢先…それが、まずかった…」


 「…」


 「…今なら、まだ、やり直せる…引き返せると、リンちゃんが、考えたのも、わかる…」


 「…」


 「…伸明さんと結婚して、佐藤ナナに勝ちたいという気持ちもわかる…」


 「…」


 「…でも、その結果、せっかく、五井家に戻れた冬馬は、居場所がなくなった…菊池リンと結婚することで、五井家に戻れた冬馬だったけど、その菊池リンが、冬馬と結婚しなければ、冬馬は、居場所がなくなる…」


 当たり前のことだった…


 菊池冬馬は、五井家を追放された…


 にもかかわらず、復帰できた…


 それは、菊池リンの夫として…


 いわば、ウルトラCだった…


 通常は、考えられない復帰だった…


 一度、追放した者を復帰させるのも、そうだが、そのやり方というか、発想が、常人の域を超えたというか…


 考えられない、やり方だった…


 が、


 別の見方をすれば、誰からも、異論が出ないやり方だった…


 菊池冬馬は、嫌われ者…


 それは、一族内でも、同じだった…


 学生時代は、おろか、五井記念病院でも、嫌われていた…


 病院の理事長にも、かかわらず、嫌われていた…


 そんな冬馬が、追放になったとしても、誰からも異論が出るはずがなかった…


 一族内でも、病院内でも、同じだった…


 だから、到底、復帰はできない…


 にもかかわらず、復帰できた…


 しかも、その立ち位置は、絶妙だった…


 以前は、菊池冬馬は、五井東家御曹司…次期、五井東家当主だった…


 が、


 今度は、同じ五井東家でも、当主の夫として…


 五井東家当主、菊池リンの夫として、だ…


 これならば、たいして、不満は出ない…


 嫌われ者の冬馬が、五井家に復帰したのは、気に入らないが、それでも、五井東家当主ではない…


 だから、一族内で、権限は、大幅に、弱まる…


 五井東家当主ではないから、当主の権限は、ないからだ…


 だから、見方を変えれば、昭子は、うまく、冬馬を救ったことになる…


 元々、本人の評判が悪く、おまけに、父の重方(しげかた)も、勝手に、自民党で、自分の派閥を立ち上げようと画策した…


 それが、昭子の逆鱗に触れ、親子共々、五井家から、追放された…


 だから、普通は、戻ることはできないが、菊池リンの夫としてならば、逆風は、弱まる…


 見事な、救済策だった…


 と、ここまで、考えて、気付いた…


 なぜ、重方(しげかた)は、救わず、冬馬だけ、救ったのだろう?


 それとも、折をみて、重方(しげかた)もまた、復帰させるつもりだったのか?


 わからない…


 それは、わからない…


 と、ここまで、考えて、気付いた…


 もっと、大切なことを、気付いた…


 大切なこと…


 つまりは、菊池リンの変心だ…


 心変わり、をだ…


 なぜなら、菊池リンは、菊池冬馬と、諏訪野マミが、昭子の意を受けて、伸明と結婚するかもしれない動きを知っていたはずだ…


 つまりは、その時点で、佐藤ナナと、伸明が結婚すれば、自分よりも、五井家内での立場が、上になると、気付いていたはずだ…


 それとも?


 それとも、あの時点では、菊池リンは、菊池冬馬と、諏訪野マミの動きに、気付かなかったのだろうか?


 いや、


 気付いてなかったのかもしれない…


 以前、私に会った際に、菊池リンは、


 「…食えない女…」


 と、憎々しげに、私に向かって言った…


 それは、私が、担当看護師の佐藤ナナが、五井南家の出身だと知っていたと、勘違いしていたから…


 つまり、あの時点で、菊池リンは、十分に、佐藤ナナに対抗心を燃やしていた…


 そんな菊池リンが、佐藤ナナが、伸明と結婚するかもしれないことを、知れば、面白いわけはない…


 むしろ、全力で、阻止するに違いない…


 なにしろ、佐藤ナナが、伸明と結婚すれば、佐藤ナナの五井家内での立ち位置は、自分より、上になるのだ…


 突然、現れた、佐藤ナナが、自分より、上になるのだ…


 これは、菊池リンにとって、愉快なはずはない…


 それまでの、菊池リンは、亡くなった、前当主の建造の言葉でいえば、


 「…一族のアイドル…」


 だった…


 文字通り、アイドル並みのルックスに、頼りないキャラ…


 ただし、誰からも愛されるキャラだった…


 だから、もし、本当のアイドルなら、


 「…国民の妹…」


 とでも、呼べば似合う存在だった…


 誰からも愛される存在…


 まさに、菊池リン、無双状態…


 ライバルは、いない…


 そんな無双状態の菊池リンに、突如、ライバルが現れた…


 しかも、


 しかも、だ…


 菊池リンと、家柄は、同格…


 褐色の肌の色を除けば、ルックス、能力ともに、菊池リンよりも上…


 これでは、菊池リンが、面白いはずはない…


 ライバル心を燃やさないはずはない…


 だから、私は、


 「…マミさん…ひとつ、お聞きしていいですか?…」


 と、諏訪野マミに、聞いた…


 「…なに? …寿さん?…」


 「…あのとき、伸明さんとの結婚を、私から、辞退して欲しいと、マミさんは、冬馬さんと、二人で、私の元に、やって来て、おっしゃいましたね…」


 「…」


 「…アレは、菊池さん…菊池リンさんは、知らされてなかったんですか?…」


 私の質問に、


 「…」


 と、諏訪野マミは、答えなかった…


 沈黙した…


 なんと、答えていいか、わからなかったのかもしれない…


 沈黙が、肯定を意味した…


 菊池リンが、なにも知らされてなかったことを、意味した…


 かなりの間を置いて、


 「…知らせなかった…」


 と、ポツリと、呟いた…


 「…どうして、知らせなかったんですか?…」


 私の質問に、またも、


 「…」


 と、沈黙した…


 やはり、かなりの間があった…


 それから、


 「…嫉妬…ジェラシー」


 と、ポツリと、言った…


 「…ジェラシー?…」


 「…そう…ジェラシー…佐藤ナナの存在が、リンちゃんのプライドを、激しく傷つけた…」


 「…」


 「…さっきも言ったけど、寿さんも知っているように、二人は、似ている…ルックスも、キャラも、似た者同士…だから、余計にライバル心を燃やしたというか…」


 「…」


 「…そんな、リンちゃんに、私と冬馬が、寿さんに、伸明さんとの結婚を辞退してもらいに行くことなんて、話せるわけがなかった…」


 「…」


 「…私は、寿さんも知ってるように、愛人の子供…だから、子供の頃から、陰口というか、誹謗中傷には、慣れていた…だから、私は、五井家の人間かもしれないけれども、半分は、違う…」


 …一体、マミさんは、なにを言い出すのだろう? と、思った…


 「…でも、リンちゃんは、違う…生粋の五井のお嬢様…おまけに、アイドル並みのルックス…いわば、持てるものを、すべて、持って生まれた…」


 「…」


 「…そんなリンちゃんの前に、佐藤ナナさんが、現れた…なんでも、自分が一番だった、リンちゃんの前に、佐藤ナナが、現れた…これは、リンちゃんにとっては、想定外…許せるものではなかったと思う…」


 たしかに、そう言われれば、わかる…


 納得する…


 菊池リンは、五井家のアイドル…


 お金持ちのお嬢様で、ライバルが、いなかった…


 その菊池リンの前に、佐藤ナナが、立ち塞がったのだ…


 おそらく、菊池リンにとっては、初めての経験というか…


 挫折になるかもしれない…


 それは、ちょうど、美人の女が、初めて、自分以上の美人に遭遇したのと、似ている(笑)…


 蝶よ、花よと、周囲から、さんざ、おだてられ、持ち上げられ、生きてきた美人の女が、自分以上の美人と、出会う…


 当然、これまで、自分に向けられてきた、周囲の羨望の眼差しは、皆、自分以上の美人に、向かう…


 これでは、誰もが、面白いはずがない…


 例えていえば、菊池リンは、それと、同じ状況ということだ…


 そんな菊池リンに、マミさんと、冬馬が、佐藤ナナと、伸明さんが、結婚できるように、根回ししていたなんて、知らせるわけには、いかない…


 知らせれば、当然、激怒することが、わかっているからだ…


 そして、どこからか、菊池リンは、マミさんと、冬馬の動きを知った…


 その動きを知った、菊池リンは、冬馬との結婚の解消を宣言したのではないか?


 伸明と結婚するためには、冬馬と別れなければ、ならない…


 元々、冬馬と菊池リンは、五井家内の血縁関係を重視して、結婚を決めたに過ぎない…


 だから、言葉は悪いが、愛情は、ないに違いない…


 そこまで、考えたとき、


 「…私は、いえ、昭子さんは、リンちゃんの心の動きまでは、読めなかった…それが、誤算だった…」


 と、諏訪野マミは、呟いた…


 「…誤算? …ですか?…」


 「…そう…誤算…昭子さんは、ひとの心まで、読めなかった…五井家をどうするかで、一杯だった…」


 「…」


 「…本家の力をどう高めるかで、一杯だった…佐藤ナナさんを、どう扱うかで、一杯だった…それゆえ、リンちゃんの心まで、読めなかった…」


 「…」


 「…これで、ジ・エンドということはないけど、想定外の事態になったことは、たしか…」


 「…どうして、想定外なんですか?…」


 「…五井東家…」


 「…五井東家が、どうか、したんですか?…」


 「…寿さんにこんなことを言うのは、なんだけど、もし、リンちゃんが、伸明さんと結婚すれば、五井東家は、どうなるの?…」


 「…」


 「…仮に、冬馬がいても、冬馬に、東家は継がせられない…冬馬は、一度、五井家を追放された身…無傷では、ない…言葉は、悪いが、前科があるということ…冬馬が、以前のように、五井東家を継ぐとなれば、他の五井の分家が、黙っていない…」


 「…」


 「…それが、わかっている、冬馬は、自殺未遂に追い込まれた…冬馬は、自分の立場がわかっている…誰よりもね…」


 「…」


 「…バカな男…そして、哀しい男…」


 「…哀しい男? …どうして、哀しいんですか?…」


 「…それは…」


 諏訪野マミが、言い淀んだ…


 これは、マズい…


 とっさに、思った…


 これは、聞くべきではないと、思った…


 どうして、冬馬が、哀しいのか、わからないが、相手が、言い淀むようなことを、聞くべきではない…


 言い淀むというのは、言いたくないということだ…


 私に話したくないということだ…


 だったら、そんな話をするべきではない…


 私は、急いで、話を変えた…


 「…冬馬…冬馬さんは、大丈夫なんですか?…」


 「…それは、まだ、わからない…」


 諏訪野マミが、即答した…


 「…意識は、まだ、戻ってない…」


 私は、どう言っていいか、わからなかった…


 だから、


 「…そうですか…」


 と、だけ、小さく、呟いた…


 それから、沈黙した…


 二人とも、押し黙った…


 なにを、話していいか、わからなかったからだ…


 菊池冬馬が、自殺未遂を起こして、五井記念病院に運ばれた…


 私は、それをテレビで知り、別れたばかりの伸明に伝えた…


 冬馬の自殺未遂を知らなかった伸明は、さまざまな人間に連絡を取ったに、違いなかった…


 その中の一人が、諏訪野マミであり、それを、伸明から聞いた、マミが、今、私に電話をかけてきたに違いなかったからだ…


 かなり、長い沈黙の後、


 「…寿さん…」


 と、スマホの向こう側から、マミの声が、聞こえてきた…


 「…もし…もし、もよ…」


 「…ハイ…」


 「…もし、もし…冬馬の意識が、戻ったら、寿さん…冬馬を見舞いに行って、くれないかな…」


 「…私が、冬馬さんのお見舞い…ですか?…」


 「…うん…」


 私は、しばし、悩んだ…


 沈黙した…


 菊池冬馬の見舞いに行くのは、嫌ではない…


 また、なにしろ、冬馬が、入院したのは、五井記念病院…


 私が、入院していた病院だ…


 いわば、勝手知ったる、身近な病院…


 が、


 私は、冬馬と、親しくも、なんともない…


 むしろ、嫌い…


 ハッキリ言って、嫌いだった…


 なにが、嫌いかと、言うと、冬馬の険のある目が嫌だった…


 目は、心を現わすと言うが、あの冬馬の険のある目は、私が、どうしても、受け入れられない目だった…


 どうしても、好きになれない目だった…


 だから、戸惑った…


 即座に、


 「…いいですよ…」


 と、言えなかった…


 だから、


 「…」


 と、沈黙した…


 すると、


 「…やっぱり、ダメかな?…」


 と、小さく遠慮がちな声が聞こえてきた…


 「…いえ、ダメというわけでは…」


 とっさに、言った…


 …ダメとは言えない…


 …嫌だとは、言えない…


 だが、


 本音は、嫌だ…


 わざわざ、見舞いに行ってまで、あの冬馬の険のある目を見たくはない…


 それが、ウソ偽りのない、本音だった…


 すると、


 「…寿さんが、冬馬を嫌っているのは、わかる…」


 と、諏訪野マミが、小さな声で、言った…


 「…でも、冬馬は、違う…」


 「…違う? なにが、違うんですか?…」


 「…冬馬は、寿さんが、好き…憧れてる…」


 「…ウソォ?…」


 思わず、口走った…


 口に出してしまった…


 …そんなバカな?…


 …あの冬馬が、私に憧れていたなんて?…


 …そんなバカな話はない!…


 私は、思った…


 だから、


 「…なにかの、間違いでは?…」


 と、マミに聞いた…


 聞かずには、いられなかった…


 すると、間髪入れずに、


 「…間違いなんかじゃない!…」


 と、マミが、怒鳴った…


 文字通り、怒鳴ったという言葉が、当てはまった…


 「…冬馬は、伸明さんが好き…憧れてる…だから、その伸明さんが、好きな、寿さんに、憧れてる…」


 諏訪野マミが、言った…


 説明した…


 誰にでも、わかる説明…


 誰にも=私にも、納得のできる説明だった…



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