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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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28/99

寿綾乃という女 第2部 28

私は、窓際で、外の、マスコミ関係者と、思われる人間を、見ながら、ナオキに、呟いた…


 「…ナオキ…あのひとたちを、呼んだのは、その米倉かしら?…」


 「…どういう意味?…」


 「…なんと言っていいか、わからないけれども、なんか、もっと裏があるような…」


 「…裏?…」


 「…そもそも、重方(しげかた)さんは、どうして、追放されたのかしら?…」


 「…それは、重方(しげかた)氏が、自民党で、菊池派を立ち上げようとしたり、伸明さんを、追放して、自分が、五井家の当主になろうとするからだろ…」


 「…でも、さっきも言ったように、なにか、きっかけがなければ、そんなこと、しようと、思わなかったでしょ?…」


 「…それは、米倉兵造の口車に乗ったから…」


 「…でも、その米倉兵造の背後に誰か、いても、いいんじゃないの?…」


 「…どういう意味? 米倉兵造もまた、誰かに操られていたとでも、言うの?…」


 「…菊池重方(しげかた)さん…実は、先日、会ったの?…」


 「…重方(しげかた)氏に、綾乃さんが?…」


 ナオキが、驚いた…


 「…少なくとも、バカじゃないわ…」


 「…どういうこと?…」


 「…米倉兵造の口車に乗って、五井家の当主になりたいと、思ったかもしれないけれども、中身のない人間じゃない…」


 「…」


 「…少なくとも、私よりは上…優れている…」


 「…どうして、綾乃さんに、そんなことがわかるの?…」


 「…菊池リン…」


 「…リンちゃん?…」


 「…彼女が、私に差し向けた五井家のスパイだったことを、知っていた…」


 「…」


 「…そして、私の正体も…」


 「…綾乃さんの正体?…」


 「…私が、寿綾乃を名乗る女であり、本名は、矢代綾子だということ…そして、それを知らなかった建造さんが、私を血の繋がった自分の娘だと密かに疑っていたこと…それゆえ、菊池リンを使って、私の動静を見張っていたこと…その他諸々を知っていた…」


 「…」


 「…だから、少なくとも、無能な人間ではない…」


 「…だったら、どうして、五井家は、重方(しげかた)氏を追放しようとしたんだ?…」


 「…おそらくは、伸明さんの邪魔になるから…」


 「…諏訪野さんの?…」


 「…重方(しげかた)氏は、たぶん、無能ではないが、尻が軽いと言うか…」


 「…どういう意味?…」


 「…だって、簡単に、米倉平造の口車に乗って、五井家の当主になりたいと、思う人間でしょ? 女じゃないけれども、尻が軽すぎるというか…」


 「…」


 「…きっと、そんな人間を、五井家から、追い出したかったんじゃないのかな…」


 私の発言に、


 「…」


 と、ナオキは、黙った…


 それから、私同様、窓際から、外に集まったマスコミ関係者を眺めながら、言った…


 「…ということは、まだまだ、これから、ひと騒動ありそうだな…」


 「…ひと騒動どころか、いくつも、騒動があるに決まっている…」


 私は、笑った…


 「…どうして、綾乃さんに、それがわかるの?…」


 「…重方(しげかた)氏が、無能じゃないからよ…」


 「…」


 「…当然、反撃してくる…」


 「…」


 「…さっき、ナオキが言った、五井家を追放されることを、裁判に訴えると言ったのは、序の口…まだまだ、なにをするか、わからない…」


 「…」


 と、ナオキは、黙った…


 が、


 それから、しばらくして、


 「…怖いね…」


 と、笑った…


 「…怖い? …なにが、怖いの?…」


 「…女の勘…綾乃さんの勘さ…」


 「…私の勘?…」


 「…これから、起こる騒動を予見している…」


 「…私じゃなくても、誰でも、それぐらいは、わかる…」


 私は、笑った…


 「…たしかに、そうかもしれない…でも、重方(しげかた)氏が、無能か、どうか、短時間、接しただけで、見抜けるのは、綾乃さんの能力だと思う…」


 「…」


 「…少なくとも、このバトルは、すぐには、決着がつかないんじゃないかな…」


 「…どういう意味?…」


 「…重方(しげかた)氏が、無能じゃないとすれば、当然、反撃の手を打つはずさ…」


 「…」


 「…それに、重方(しげかた)氏の出身母体である、五井東家…これに、力を貸す、他の五井家の分家があっても、おかしくはない…」


 「…」


 「…五井の分家は、十三家…それぞれが、独立している…重方(しげかた)氏に加担して、五井本家を乗っ取ろうとする、他の分家がいても、おかしくはない…」


 「…」


 「…と、まあ、五井家のみ見ても、騒動は、終わらないかもしれない…さらには、政界…重方(しげかた)氏は、自民党で、大場派の幹部だった…人脈がまったくないとは、思えない…さらには、財界…米倉平造は、食わせ者だ…得体の知れない人物とまでは、いわないが、その力量は、侮れない…果たして、五井家は、その米倉平造と、どう折り合いをつけるのか…」


 私は、ナオキの言葉に、唖然とした…


 まさか、ナオキが、そこまで、言うとは、思わなかったからだ…


 「…つまりは、もしかしたら、今回、重方(しげかた)氏を追放することで、五井家は、パンドラの箱を開けてしまったかもしれないということさ…」


 「…パンドラの箱…」


 「…重方(しげかた)氏を追放するのは、いい…でも、それをすることで、なにが、起こるのか、正確に見極められなかった可能性もある…」


 「…」


 「…ヤクザの親分でも、国家の指導者でも、同じさ…スナイパーというか、殺し屋を使って、殺すのはいい…でも、その後、どうなるか?…」


 「…どういうこと?…」


 「…ヤクザでいえば、トップを殺されれば、面子が立たないから、敵対する暴力団同士の血みどろの戦いになる…国家も同じ…下手をすれば、戦争になりかねかい…」


 「…」


 「…だから、重方(しげかた)氏を追放するにしても、五井家は、果たして、そこまで、考えて、手を打ったのか? 甚だ、疑問だ…」


 「…ナオキ…アナタに、どうして、それが、わかるの?…」


 「…今、この窓の下から見える、マスコミ関係者…彼らが、ここに集まってるのが、その証拠さ…」


 「…」


 「…仮に重方(しげかた)氏を追放するにしても、もっとうまくやれば、マスコミもここには、来なかっただろう…」


 たしかに、言われてみれば、ナオキの言う通りだった…


 これは、見方を変えれば、昭子の焦りの表れかもしれない…


 私は、とっさに、気付いた…


 もっと、時間をかけて、うまくやる方法が、あっただろうに、失敗した可能性が高い…


 それとも、これは、織り込み済みなのだろうか?


 ふと、思った…


 仮に、重方(しげかた)が、それほど、無能でないことを、知っているのならば、重方(しげかた)氏を追放するような真似をすれば、下手をすれば、返り血を浴びかねない…


 それほどの危険がある…


 にもかかわらず、もしや、それがわかっていても、重方(しげかた)氏を追放するとすれば、このまま、放っておけば、伸明の今後に影を落とすと見るのが、普通…


 ならば、今のうちに、重方(しげかた)を、排除しようとしたのかもしれない…


 私は、思った…



 結局、その日は、そのままで、ナオキは、帰った…


 私は、ナオキが帰ったあとも、五井家の騒動のことを、考え続けていた…


 たしかに、おかしい…


 重方(しげかた)は、無能なようなことを、昭子も、そして、重方(しげかた)の息子の、冬馬も言っていたが、決して、無能な人物とは、思えなかった…


 そして、それを考えれば、謎がある…


 一体、どうして、重方(しげかた)を、無能呼ばわりするのか?


 その謎だ…


 私は、考える…


 そして、そこから導き出される答えのヒントは、無能であると思わせることで、どんなメリットがあるか、どうかということかもしれない…


 …それを考えた…


 つまりは、相手を過小評価することで、どんなメリットがあるか、否かだ…


 そのメリットは、おそらく、相手にケンカを仕掛けやすいということなのではないか?


 要するに、相手が弱いと思えるから、

 

 オレなら、勝てる…


 アタシなら、勝てる…


 と、考える…


 そして、その結果、ケンカになっても、簡単に勝てないか、下手をすれば、負ける…


 そういうことだ…


 つまりは、昭子は、重方(しげかた)の能力を見誤ったわけではない…


 もしかしたら、重方(しげかた)の能力は低いと、周囲に吹聴することで、真逆に、重方(しげかた)を、追放する協力者を得ようとしたのではないか?


 ふと、気付いた…


 誰もが、アイツは、強い、


 手ごわいと、わかっている相手にケンカを売るバカはいない…


 自分より、弱い…


 あるいは、


 自分ならば、ケンカをしても勝てると、思うから、ケンカをするのだ…


 最初から、勝てない相手にケンカは、売らない…


 つまり、アイツは、弱いと周囲に吹聴することで、容易に、仲間を集めやすくなるということだ…


 この際の仲間というのは、いっしょに、重方(しげかた)を、追放することに、協力する仲間…


 真逆にいえば、仲間を得なければ、重方(しげかた)に、対抗できないということだ…


 私は、思った…


 結局、病院の外に集まったマスコミ関係者も、いつのまにか、いなくなった…


 当たり前だが、冬馬は、コメントは、一切しなかった…


 代わりに、といえば、いいのか、警察がやって来た(笑)…


 なにより、ここは、五井記念病院…


 緊急時の救急車等が出入りする、病院だ…


 マスコミ関係者が、集まっては、迷惑この上ない…


 下手をすれば、救急車で、運ばれてくる、病人の生死に関わるかもしれない…


 だから、警察のひとたちに、説得されて、マスコミ関係者は、渋々、引き下がった…


 が、


 この様子は、当然、テレビのワイドショーで、放送された…


 この放送を見た、一般の視聴者の中には、警察が言うように、病院にマスコミ関係者が集まることに、批判をしたものもいた…


 緊急車両の搬送に邪魔になるかもしれないからだ…


 しかしながら、それ以上に話題になったというか、最大の功績は、テレビに、五井記念病院が、映ったことだった…


 五井記念病院の、圧倒的に巨大な建物が、テレビに映った…


 そして、その五井記念病院の理事長の父親が、五井家から、追放されることが、発表された…


 五井記念病院の巨大な建物が、五井の力を表していた…


 五井家の力を表していた…


 いかに、お金を持っているか?…


 いかに、権力を持っているか?…


 それを表していた…


 といっても、普通は、なにか、目に映るものが、なければ、わかりづらい…


真逆に言えば、目に映るものがあれば、誰にもわかりやすい…


 目に映るもの=それが、この五井記念病院だった…


 この病院の建物が、テレビに映ることで、それまで、五井を知るものが、なかったものでも、否が応でも、五井の力を知ることになった…


 その結果、世間の耳目を集めることになった…


 あんな巨大な病院の理事長をしている一族の内紛ということで、誰もが、注目することになった…


 それが、今回の一番の功績だった(笑)…



 その日は、そんなことを、考えて、終わったが、次の日に、担当の看護師の佐藤ナナと、

連れ立って、リハビリルームに向かうときに、偶然、病院の廊下で、理事長の菊池冬馬と会った…


 私は、軽く、会釈して、その場をやり過ごそうとした…


 だが、思いがけず、冬馬が、私を呼び止めた…


 「…寿さん…」


 「…ハイ…」


 まさか、冬馬が、私に声をかけてくるとは、思わなかった…


 私は、身構えた…


 一体、菊池冬馬は、なにを、私に話しかけてくるのだろうか?


 「…先日は、父が、お世話になりました…」


 いきなり、冬馬が言った…


 まさに、ボクシングでいえば、いきなりジャブを繰り出されたようなもの…


 思いもかけない攻撃だった…


この前の、私と、冬馬の父の重方(しげかた)との密会? を目撃したと、報告したも同然だったからだ…


 やはり、あの場で、見ていたのは、冬馬だったのか?


 あらためて、思った…


 と、同時に、私は、一瞬、どう言えば、いいか、悩んだ…


が、


 「…いえ…」


 と、軽く頭を下げるだけにした…


 それが、一番、無難と言うか…


 ありきたりだが、無難な対応と、思えたからだ…


 当然、冬馬もまた、なにか、無難な対応を見せるかと、思った…


 が、


 違った…


 「…寿綾乃…」


 いきなり、私の名前を呼び捨てにした…


 「…アンタには、つくづくイライラさせられる…」


 …イライラ?…


 どういう意味?


 私は、驚いた…


 まさか、菊池冬馬の口から、イライラさせられると、いう言葉が、出てくるとは、思わなかったからだ…


 が、


 言葉は、悪いが、その言葉が、私の闘志に火をつけたというか…


 カッと、頭に血が上った…


 「…イライラ? …なにに、イライラするんですか?…」


 私は松葉杖を付きながら、冬馬に食ってかかった…


 まさに、傍から見れば、コメディ…


 コメディ=喜劇だ…


 松葉杖を付いた女が、長身の白衣を着た、男と、やりあってるのだ…


 普通に考えれば、とても、私に、勝ち目がないに決まっている…


 自分でも、それが、わかっているが、自分でも、自分を止めることができなかった(苦笑)…


 傍から見れば、見世物…


 まるで、見世物扱いされるに、決まっている…


 それが、自分でも、十分わかっているにも、かかわらず、自分を止めることができなかった(笑)…


 「…答えてください…」


 私が、怒って、長身の冬馬に、食ってかかると、


 「…ちょっと、寿さん…止めて…」


 と、傍らの佐藤ナナが、私の服を引っ張った…


 が、


 私は、それを無視した…


 自分でも、呆れるぐらい、冬馬の言葉に頭にきていた…


 「…一体、私のどこが、イライラするんですか?…」


 「…寿綾乃…アンタの存在そのものが、イライラするんだ…」


 冬馬が、ぶちまけた…


 「…存在そのもの?…」


 私は、頭に来たが、


 …さもありなん…


 と、納得するものが、あった…


 それを言えば、私自身も、この菊池冬馬の存在に、イライラさせられていた…


 要するに、お互いが、お互いを気に入らないのだ…


 「…寿綾乃…アンタのおかげで、伸明さんは、リンちゃんと、結婚できなかった…」


 意外なことを、口にした…


 「…父も、アンタのせいで…」


 「…私のせい?…」


 「…そう…アンタのせいで、五井家から、追い出された…」


 「…」


 「…アンタは、つくづく疫病神だ…」


 冬馬が、昂った感情のまま、一気に、私に、吐き出した…


 「…そして、その疫病神が、ボクが、理事長を務める病院に入院してる…正直、顔も見たくない…」


 「…顔も見たくない?…」


 それは、こっちのセリフだった…


 「…だったら、この病院の理事長をお辞めになればいい…」


 思わず、私は、言った…


 「…五井家の昭子さんに言って、辞めれば、いい…」


 私が、言うと、


 「…やはり、それを持ち出したな…」


 と、冬馬が、我が意を得たと、ばかりに、言った…


 「…寿綾乃…アンタの目論見は、わかっている…」


 「…なにが、わかってるんですか?…」


 「…アンタは、ボクをこの病院から、追い出すのが、役割だ…」


 「…この病院から、追い出す?…」


 「…昨日、この病院が、テレビに映った…」


 「…それが、どうしたんですか?…」


 「…アレで、ボクが、この五井記念病院で、身の置き所がなくなった…」


 「…どうして、ですか?…」


 「…父の追放が、ここまで、騒がれて、ボクが、のうのうと、この病院の理事長の座に居続けられるとは、思わない…」


 …それでか?…


 私は、気付いた…


 ここで、私とやりあえば、当たり前だが、この騒動が、伸明なり昭子なりの耳に入るに決まっている…


 それを承知で、冬馬は、私を相手にケンカを売っているのだ…


 いや、


 やけのやんぱちというか、自暴自棄になっているのだ…


 どうせ、自分は、近々、五井家を追放されるに決まっている…


 あのテレビの放送で、それが、わかったから、一言、この病院を去る前に、私に、文句を言いたかったに違いない…


 が、


 それに気付くと、なんだか、冬馬が哀れに思えてきた…


 私の怒りも急激にトーンダウンした…


 それまでは、まるで、やる気まんまんで、リングに上がっていたのが、急速に、やる気がなくなった…


 それと、似ていた…


 「…どうした、寿綾乃?…」


 冬馬が訊いた…


 「…なぜ、黙ってる?…」


 「…敗者にかける言葉はありません…」


 私は言った…


 「…敗者?…」


 「…だって、そうでしょ? 冬馬さん…アナタは、五井を追い出されるかもしれないと、わかったから、この衆人環視の中で、私にケンカを売った…少しでも、世間の耳目を引くためです…」


 私の言葉通り、この病院の廊下で、少なからぬ人数の人間が、足を止めて、私と冬馬のやりとりを見ていた…


 「…どうせ、五井家を追放されるなら、少しでも話題になりたい…そのために、今、ここで、わざと、私にケンカを売った…これが、マスコミに知れれば、五井記念病院の理事長、菊池冬馬が、病院の廊下で、ケンカを売った相手は、誰かということになる…」


 「…」


 「…そして、その相手は、五井家当主、諏訪野伸明と結婚するかもしれない女…これ以上、話題作りとしては、最適な相手はいない…」


 私の言葉に、冬馬は、


 「…」


 と、沈黙した…


 「…自分の理事長からの退任と軌を一にして、私をわざとケンカを売って、伸明さんや、昭子さんに、傷をつけようとするのは、あまり賢明な手段とは、思えませんね…」


 私の言葉に、冬馬は、


 「…」


 と、沈黙したままだった…


 「…冬馬さん…」

 

 私は、沈黙を続ける冬馬に、声をかけた…


 「…負けを認めるのは、簡単です…」


 「…」


 「…だから、簡単じゃない道を選ぶのが、冬馬さんらしいんじゃないんですか?…」


 私の言葉に、冬馬が、苦笑した…


 「…なにもかも、お見通しということか…」


 私は、答案の言葉に、


 「…」


 と、なにも、答えなかった…


 「…たしかに、あの昭子さんに気に入られるだけのことはある…」


 「…」


 「…あの策士のばばあに…」


 そう言うと、踵を返して、歩きだした…


 思わず、


 「…エッ?…」


 と、言いたいほど、呆気なく、この場を去った…


 私が、松葉杖をついてなければ、


 「…なにか、言いたいことはないの?…」


 と、走って、冬馬に追いついて、聞きたいほどだった…


 が、


 それは、できなかった…


 そして、なにより、ぐるりと、周囲を見渡すと、この廊下で、私と、冬馬のやりとりを見ていた人間の多さに、驚いた…


 あらためて、思った…


 優に、二十人は、超えてる…


 いや、


 三十人は、超えてるかもしれない…


 これでは、まるで、テレビや映画のロケ現場のようだ…


 よくぞ、これだけのギャラリーに気付かず、冬馬と言い争いになったものだ…


 我ながら、驚いたというか…


 つくづく自分は、周囲の状況を見る力がないと実感した…


 これだけのギャラリーに見られてることに、気付けば、さすがに、いかに、私とて、公然と、この場で、冬馬にケンカを売らなかった(苦笑)…


 つくづく自分の思慮のなさに、唖然とする(苦笑)…


 自分のバカさ加減に、唖然とした…


 そして、それは、佐藤ナナも同じだったようだ…


 「…寿さん…驚きました…」


 佐藤ナナが言った…


 「…まさか、廊下で、理事長にケンカを売るなんて、思いませんでした…」


 私は、佐藤ナナの言葉に、どう言っていいか、わからなかった…


 だから、


 「…」


 と、沈黙した…


 「…寿さんって、落ち着いた見かけによらず、案外、ケンカっぱやいんですね…」


 「…ケンカっぱやい?…」


 「…だって、そうでしょう…こんな病院の廊下で、理事長とやり合うなんて…」


 言われて見れば、まさにその通り…


 言葉もなかった…


 「…まさか、こんな場所で、寿さんが、理事長とケンカするなんて、思いませんでした…」


 佐藤ナナが、繰り返す…


 私は、返す返すも、言葉もなかった…


 「…ひとは、見かけによらないものです…」


 佐藤ナナが、ダメ出しをした…


 私は、苦笑するしかなかった…


 「…でも、そんな寿さんが、好きです…」


 「…私が好き?…」


 思いもよらない言葉だった…


 「…今まで、寿さんは、完璧な人間と思ってました…」


 「…完璧な人間?…」


 「…だって、一般人にもかかわらず、あの藤原ナオキ氏の秘書で、五井家当主の諏訪野伸明さんの、お嫁さん候補…」


 「…」


 「…しかも、クルマに轢かれて、意識不明で、この病院に運び込まれたにも、かかわらず、三か月もすると、松葉杖をついて、歩いている…」


 「…」


 「…まさに、スーパーウーマンです…」


 佐藤ナナが、感嘆した…


 私は、一瞬、佐藤ナナが、私をからかっているのかと、思った…


 皮肉っているのかと、思った…


 だが、


 そうでは、なかった…


 真剣だった…


 「…そんな、スーパーウーマンの寿さんでも、こんな一面があるのかと思うと、なんだか、安心して…」


 佐藤ナナが、苦笑する…


 私は、


 「…」


 と、言葉もなかった…


 私が、つい、頭にきて、本能の赴くまま、菊池冬馬とやりあったことを、この佐藤ナナが、そんなふうに、感じたとは、思わなかった…


 そして、次に、佐藤ナナが、もっと、意外なことを言った…


 「…寿さん…」


 「…なに?…」


 「…理事長は、案外、寿さんを好きなのかもしれないですよ…」


 「…私を好き?…」


 …そんなバカな?…


 私は、内心、吹き出す寸前だった…


 「…佐藤さん…好きな女に、公然とケンカを売る男が、どこの世界にいるの?…」


 「…それですよ…」


 「…それって?…」


 「…好きの反対は、なにか、知ってますか?…」


 「…嫌いじゃないの?…」


 「…違います…」


 「…違う?…」


 「…好きの反対は、無関心です…」


 「…無関心?…」


 「…つまり、興味がないってことです…」


 佐藤ナナが、断言した…


 「…じゃ、嫌いは、なんなの?…」


 「…好きの次に、興味があるってことです…」


 「…興味がある?…」


 「…心底、嫌いな人間には、誰も、興味を持ちませんよ…」


 言われてみれば、その通りだった…


 「…好きでなくとも、理事長は、寿さんに、興味は持ってる証拠です…」


 「…興味は、持ってる?…」


 「…だって、五井家当主夫人になるかもしれない、女じゃないですか? 寿さんは…どんな女か、興味を持つのが、普通です…」


 佐藤ナナが、笑った…


 言われてみれば、これも、その通り…


 その通りだった…


 そして、気が付くと、いつのまにか、周囲のギャラリーは、いなくなっていた…


 これも当たり前だった…


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