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メリデリ  作者: MK
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無能力者と、完全自動の絶対回避靴

防壁都市ファルデンの西、赤茶けた乾いた岩場が続く荒野。

そこには、数人の見習い冒険者たちが息を潜めていた。


「いいか。作戦は予定通りだ」


巨漢の戦士ガルドが、岩陰で巨大なハンマーを握り締め、低く重い声で囁く。


「ターゲットは『ホーミング・ボア』。一度狙った獲物を徹底的に追い回す厄介な奴だが、軌道は直線的だ。囮役のノルビンが、アイツをこの狭い岩場の通りキルゾーンまで真っ直ぐ誘導してくる。俺たちは両側の崖から一斉に飛び出し、動きの鈍った横っ腹を叩く」


ガルドは鋭い視線を、遥か前方にポツンと立つノルビンの背中に向けた。


「マスターやアイゼンさんは、あいつを『一流の囮』だと絶賛していたが……正直、俺はまだ疑ってる。ずっと俺たちの後ろで逃げっ回っていたあのノルビンに、そんな胆力があるとは到底思えねえ。だが、もし本当に噂通りの『完璧な誘導』ができるなら、この作戦は成功する。あいつの真価を、俺たちの目で見極めるぞ」


見習い冒険者たちの間に、心地よい緊張感と、「あの万年最下位のノルビンが本当に?」という不信感の入り混じった空気が漂う。

しかし、その見極められている張本人であるノルビンは、岩場の遥か前方で、膝をガクガクと震わせていた。


(なんで僕がこんなところに立たされてるのぉぉぉ……!? 無理! 食べられたくない! 誰か助けてぇぇぇ!!)


「ブギィィィィィッ!!」


ボアの咆哮が荒野を震わせた。地響きと共に、三メートルを超える巨躯が、放たれた大岩のような猛烈な勢いでノルビンへ突っ込んでくる。


(ぎゃあああああああ!! 来るな! どっか行けぇぇぇ!!)


ノルビンは脱兎のごとく駆け出した。本来ならガルドたちが待ち構える岩場へ一直線に走るべきだったが、恐怖に脳を焼かれたノルビンの本能は、最も逃げやすそうな反対側の開けた荒れ地へと彼を突き動かした。


(ひぃぃぃっ! ガルドがなんか怒ってる! 怖い! あっちもこっちも敵だらけだぁぁ!!)


ノルビンは半べそをかきながらデタラメな逃走を開始し、ホーミング・ボアもそれを追って荒野のど真ん中を激しく蛇行し始める。結局、待ち伏せポイントにいたガルドたちは、ただの「通り過ぎる砂煙」を呆然と見送るしかなくなった。


ボアの猛攻から命からがら逃げ帰ってきたノルビンを待っていたのは、容赦ない嘲笑だった。


「……なんだよ、やっぱりただの腰抜けじゃねえか! お前は、パーティー連携もクソもねえ、ただの役立たずだな」


同期の仲間たちからも呆れ声が飛ぶ中、ノルビンは顔を真っ赤にし、震える手で泥だらけの膝をさすり続けた。


***


「……というわけなんだよぉ! あいつら、僕をただの役立たずだって馬鹿にしやがって!」


実家の自室。ベッドに顔を押し付けて喚き散らすノルビンを、青毛のウサギ・デリが氷のように冷たい声で見下ろす。


「はぁ。前回のまぐれ当たりで変な期待を背負い込んだ結果、本来のポンコツ具合が露呈しただけじゃない」


「うるさい! 僕は無能じゃない! 明日こそ、絶対に完璧な囮ができる道具を出してよ!」


「いーよー! じゃあ、メリちゃん特製! 『完全自動の絶対回避靴オートマチック・エスケープ』!」


赤毛のウサギ・メリが宙を舞い、デリとハイタッチを交わすと、虚空から赤茶色の革靴が実体化した。メリらしい遊び心のある太いステッチが特徴のデザインだ。


「これを履けば、君の意志に関係なく、靴が周囲の危険を察知して『一番安全な場所』へと自動的にステップを踏んで回避してくれるよ!」


「やった!」と喜ぶノルビンだったが、デリがすかさず足首の革ベルト部分に、禍々しい冷気を放つ『黒鋼の重厚なバックル』をガチャンと強制ロックした。


「等価交換よ。この靴の思考ルーチンが優先するのは『対象者個人の絶対的な物理的安全』だけ。パーティーの連携とか、あなたのプライドとか、そういう不確かな要素は一切考慮されないからね」


「ふんっ! 攻撃が当たらないと分かれば誘導なんて楽勝さ!」


忠告を全く理解していないノルビンは、足首に食い込む冷たい感触を無視し、自信満々に部屋を飛び出していった。


***


翌日。再び荒野の同じ岩場。


「お前がどうしてもって言うから連れてきてやったんだ。いいかノルビン、今日こそはビビらずにアイツを俺のところまで引っ張ってこいよ!」

岩陰のガルドの声には、昨日の今日ということもあり強い不信感が混じっていた。


「ブギィィィィィッ!!」


迫り来るボアの巨躯。(来る! 来る! 頼むよ、ちゃんと避けてね!)

ノルビンは恐怖のあまり、またも逃げ出そうとするが、時すでに遅し……。牙が胴体を串刺しにする――その直前。


『完全自動の絶対回避靴』が作動した。


タンッ! と、赤茶色の革靴が無駄のない動きで大地を蹴る。ノルビンの意思とは無関係に、両足が右斜め前方へスライドした。ボアの牙が鼻先を掠め、ノルビンは滑るようにクルリと反転。ボアの勢いを利用して背後へといなした。


岩陰から見ていたガルドは、目を見張った。


「……おいおい、マジかよ。一歩も引かずに正面から躱しやがった……」


ガルドの目には、一足逃げ遅れただけのノルビンが、ギリギリまで引きつけて最小限の動きで躱す「やればできる奴」に映っていた。ガルドはハンマーを握り直し、ノルビンへの評価を僅かに上方修正した。


しかし、目を開けたノルビンが安堵したのも束の間。


「ブモォォォォォォォッ!!!」


怒り狂ったボアの二度目の猛突進。その瞬間、バックルが紫色の光を放った。

靴の思考ルーチンが弾き出した「絶対安全座標」――。


「えっ……? わわっ!? 足が勝手にぃぃ!」


ノルビンの両足は誘導ポイントを全力で素通りし、あろうことか岩陰に隠れているガルドの背後へと回り込んだ。


ガシィッ!!

「なっ……!?」


ノルビンはガルドの巨大な背中にピタリと張り付くと、両腕と両脚をガルドの腰に回し、大木にしがみつく子供のようにガッチリとロックした。


「おい、ノルビン!? 何やってんだ!」

「わかんない! 足がここから動かないんだよぉぉ! ガルド、お願い! 助けてぇぇぇ!!」


ボアが一直線に二人の前へ突っ込んでくる。ガルドはハンマーを構えようとしたが、ノルビンに羽交い絞めにされているため、踏ん張りも捻りも効かない。


「離れろノルビン! 武器が振れねえ!」

「無理無理無理! 靴が離してくれないの!」


(…………てめえ!)ガルドの額に青筋が浮かぶ。


「ふざけんな! さっさと離れろ! 俺の邪魔をするな! てめえは、やっぱりただの役立たずじゃねえかァァァッ!!」


ガルドはハンマーを放り捨て、ノルビンごと横に向かって必死にダイブした。


ドゴォォォォンッ!!


二人が飛び退いた直後、ボアは大きく狙いを外して荒野を滑った。強引に体勢を立て直そうとしたボアだったが、足場の悪さに足を取られ、自らの猛烈な勢いに耐えきれず派手に転倒。地面を転がって目を回した。


「い、今だ! やっちまえ!!」


砂まみれのガルドの叫びで、伏兵たちが一斉に飛び出す。魔法と矢が次々と命中し、ついにボアは力尽きた。


***


冒険者ギルド『虹の足跡亭』のロビー。


「アイゼンさん、聞いてくれ! こいつ、俺の後ろに隠れたうえに、邪魔するんです! やっぱりただの役立たずですよ!」


擦り傷だらけのガルドがまくしたてる。

「……ガルド。実戦の現場では、何が起こるか分からん」

アイゼンは、諭すような静かな視線で二人を見つめた。

「想定外の事態でも、全員が生きて戻り、討伐を完遂した。それがすべてだ。不格好だろうが、今は命を拾ったことを喜んでおけ」


ガルドは絶句した。アイゼンにとって「生存」と「成功」こそが実績なのだ。だが、周囲のメンバーからは「やっぱりノルビンは運がいいだけか」「最低だな」と軽蔑の囁きが漏れる。


そこへ、救急箱を抱えたリーナが割って入った。


「もう、ガルドくんもノルビンくんも! 泥んこになって喧嘩しちゃダメでしょ! ほらノルビンくんも、お友達を盾にして遊んだら危ないでしょ?」


「……あうぅ……ごめんなさい……」

「いや、リーナちゃん。それはちょっと違うんだが……」


ガルドの困惑のツッコミも、リーナは「はいはい、動かない!」と全く取り合わない。ガルドの訴えは、彼女には「わんぱくな同期の小競り合い」にしか見えていなかった。


***


ノルビンの自室。デリが魔石板にレポートを打ち込んでいた。


「ねぇねぇデリちゃん」

メリがニンジンをかじりながら首を傾げる。

「安全対策をやり直すって言ってたけど、大丈夫なの? ノルビン、ガルドにめちゃくちゃ怒られてたよ?」


「……私は『対象者が魔物から物理的なダメージを受けないこと』を最優先に設計し直したわ。最も頑丈な防壁の背後へ誘導したのだから、対象の安全性は完璧よ」


「えぇー……。でも、ノルビンの評判はボロボロだよ?」


「……『仲間からの信頼の喪失』と『味方による物理的制裁』までは、私の管轄外よ」


デリは深い、深いため息をついてから最後の一文を追記した。


『結論:どれほど対象の安全性を高めても、本人の無能さまではカバーしきれない。……次回の安全性再検討項目:味方による殺意の抑制について』


才能なき少年の、ただ一つ極め抜かれた『逃げ足』という生存戦略は、今日も仲間の信頼を削り取りながら、密かに世界を混乱させている。

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