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メリデリ  作者: MK
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無能力者と、こけおどしの闘気マント

冒険者ギルド『虹の足跡亭』の地下。

砂が敷き詰められた広大な屋内訓練場には、今日も怒号が響き渡っていた。


「甘い! 腕力だけで押し切ろうとするな、ガルド!」

「ぐおっ!」

「スニール! 貴様、また訓練で魔導具に頼ろうとしたな! 実戦で道具が壊れたらどうする気だ!」

「ひゃああっ!」


義足のベテラン冒険者であり、新人たちの指導役であるアイゼンの一蹴りを食らい、豪商の息子・スニールが派手にすっ転ぶ。


「ひぃぃぃっ! アイゼンさん、僕には攻撃しないでぇ!」


そんな中、見習い冒険者のノルビンだけは、砂埃を上げながら訓練場の端から端までひたすら逃げ回り、アイゼンの猛攻を紙一重で避け続けていた。


「……よし、止まれノルビン」

「は、はいぃっ!」


アイゼンは木剣を下ろし、肩で息をするノルビンを鋭い眼光で射抜いた。


「お前のその『逃げ足』は、才能のない者がこの世界で生き残るための、立派な武器だ。俺は評価している」

「アイゼンさん……!」


「だが」と、アイゼンの声が一段低くなる。

「最近のお前のふざけた奇行は何だ? 泥まみれの半裸で街へ帰ってきたり、ウサギ付きの巨大ニンジンになったり、防壁に向かって狂ったように足踏みし続けたり……。妙な小細工や奇策にうつつを抜かして、自慢の脚が鈍れば、次はないぞ」


「うっ……それは、その……」

「お前のその底の知れない奇行に、ついにトップが興味を持った。お前がどんな未知の力を隠し持っているのか、この目で確かめたいそうだ」


アイゼンは親指で、訓練場の入り口を指した。

そこに腕を組んで立っていたのは、熊のような大男――ギルドマスターのバルナックだった。


「今日の午後、東の森の『オーガの生態調査』に同行しろ。お前の逃げ足で、オーガの注意を引く囮役をやれ」

「えっ……オーガの囮!? 死にます! 僕絶対死にます!」

「上からの命令だ。逃げるならギルドを辞めろ」


アイゼンの無慈悲な宣告に、ノルビンは砂の上に崩れ落ちた。


***


「……というわけなんだ! アイゼンさんには期待されたいけど、オーガの囮なんて絶対に死ぬ! 魔物もマスターもビビらせるような、めちゃくちゃ強そうに見える道具を出して!」


実家の自室。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたノルビンがベッドで喚き散らす。

青毛のウサギ・デリは、空中に浮かべた『監視の水晶板』に羽根ペンを走らせながら、氷のように冷たい声を出した。


「はぁ。ついにギルドトップから目をつけられたのね。あなたのその『自ら退路を断っていくスタイル』、ある意味芸術的だわ。そのままオーガの餌になればいいじゃない」


「そんなの嫌だ! ギルドを追放されたら、毎日リーナの顔を見に行けなくなっちゃうだろ!」


「いーよー! ノルビンは一途だねぇ!」

赤毛のウサギ・メリが、ボリボリとニンジンをかじりながらノリノリで宙を舞った。


「強そうに見えればいいんだよね? じゃあ、メリちゃん特製! 『こけおどしの闘気マント』!」


メリが空中でくるりと宙返りし、デリに向かって小さな右手を突き出す。デリがため息交じりにそれに合わせると、二匹のウサギは「イェーイ!」と勢いよくハイタッチを交わした。


パァン!と弾けるような音と共に魔力が定着し、虚空から漆黒の重厚なマントと、それに連なる禍々しい銀のチョーカーが実体化してベッドの上に落ちる。


「これを羽織るだけで、見る者すべてに『こいつは幾多の死線を潜り抜けた伝説の勇者だ』と錯覚させる、圧倒的な威圧感と闘気を放てるよ! これでマスターもオーガもビビりまくりだよ☆」


「やった! さすがメリ! 君は天使だ!」

目を輝かせてマントを手に取り、嬉々として羽織るノルビン。しかしその直後、デリがスッと背後に回り込み、マントの首元にある『銀のチョーカー』をノルビンの首にガチャン!と強制的にロックした。


「な、なんだよこれ! デリ、また変な枷をつけただろ!」


「等価交換よ。ただ強そうに見えるだけじゃ、あなたが喋った瞬間にボロが出るでしょ? だから、このマントを着ている間、あなたの『表情』と『声』は、強制的に『渋くてクールなベテラン戦士』のものに自動翻訳されるわ」


「自動翻訳?」


「ええ。あなたがどんなに情けない顔で泣き叫ぼうが、外から見れば『不敵な笑みを浮かべる強者』になり、声も『地を這うような重低音』に変換されるの。……ただし」

デリは意地悪く目を細めた。

「闘気が強すぎるせいで、周囲の魔物を激昂させ、すべての敵意をあなたに惹きつける副作用があるから気をつけてね。それじゃ、いってらっしゃい」


***


東の森の入り口。

アイゼンと、同行するギルドマスターのバルナックが待っていると、ファルデンの街へ続く街道の方からゆっくりとノルビンが歩いてきた。


(どうしようどうしよう! 怖いよぉ! 帰りたいよぉ!)

内心では恐怖でガクガクと震え、半泣きになっているノルビン。

しかし、二人の目には『漆黒のマントを翻し、底知れぬ闘気を纏って悠然と歩み寄る強者』の姿に映っていた。


(お、怒られるかな……。ごめんなさい、遅れましたぁ!)

ノルビンが涙目で口を開くと、マントのチョーカーが赤く光り、彼の声と表情を強制的に上書きした。


「……待たせたな。さっさと仕事を終わらせようぜ」


地を這うような、凄みのある声。

その堂々たる態度と圧倒的な威圧感に、アイゼンは目を丸くし、バルナックはニヤリと笑った。


「ほう……普段は臆病風に吹かれてるくせに、ずいぶんと面白い凄みを隠し持ってるじゃねえか。いいだろう、ついてこい」


(うわあああん! 騙されてる! 助けてえええ!)

「フッ……。俺の背中は、あんたたちに預けたぜ」


完全に勘違いした二人に連れられ、ノルビンは地獄の東の森へと足を踏み入れた。


***


森の奥深くへと進んだ頃。マントの『強烈に敵意を惹きつける効果』が牙を剥いた。

地響きと共に、木々をなぎ倒して現れたのは、身の丈3メートルを超える巨大なオーガと、その取り巻きのゴブリンの群れだった。獰猛で血の気の多い魔物たちが、バルナックたちには目もくれず、血走った目でノルビンだけを睨みつけている。


(ぎゃあああ!! いっぱい来た! 殺されるぅぅ!!)

「フッ……大物が釣れたな。俺の血を滾らせてみろ!!」


ノルビンは不敵な笑み(自動翻訳)を浮かべながら、自慢の『異常な逃げ足』を限界まで引き出し、森の中を猛ダッシュで逃げ回り始めた。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 足がもつれるぅ!!)

「ハハハハ! 遅い、遅すぎるぞ! 絶望の淵まで追いかけてこい!!」


オーガの丸太のような棍棒が、ノルビンの鼻先数ミリを掠める。ノルビンは恐怖で悲鳴を上げながら、木々の間を紙一重で駆け抜け、全速力で逃げていく。


それを見ていたアイゼンとバルナックは、戦慄した。


「なんという胆力……! なんという回避能力だ……!!」


二人の目には、ノルビンの姿がこう映っていた。

『一切の攻撃を被ることなく、的確な挑発と闘気でオーガの意識を完全に自分に向けさせ、我々が戦いやすいように、木々が開けた広い岩場へと魔物を誘導する、囮戦術の天才』。


「見事だ、ノルビン! 最高の戦場を作ってくれたな。お前が引きつけている間に、俺が仕留める!!」


バルナックは大剣を引き抜き、高笑いしながらオーガの背後へと飛び込んでいった。


***


森の中の開けた岩場。

バルナックの大剣が、最後のオーガを唐竹割りに両断した。


ズシンッ! と巨大な鬼が倒れ伏す。

それと同時に、マントの魔力が切れ、漆黒の布地はボロボロに崩れ落ちた。

チョーカーの束縛から解放されたノルビンは、「ひゅぅ……」と情けない声を漏らし、恐怖と疲労で白目を剥いて、口から泡を吹いてその場に倒れ込んだ。


バルナックは息をつき、大剣を肩に担ぐと、気絶したノルビンを見下ろして豪快に笑った。


「見事な囮だ。自分の脚一つで魔物を手玉に取り、完璧な戦況を作り出すとはな。死なない冒険者ってのは最高だな!」

「……無駄に目立つ闘気なんか出しやがって」


アイゼンはそう毒づきながらも、気絶したノルビンの尻にポンと軽く蹴りを入れた。

「だが、脚は鈍っていなかったな。よくやった」

バルナックは笑いながらノルビンをひょいと肩に担ぎ上げ、ファルデンの街へと帰路についた。


***


冒険者ギルド『虹の足跡亭』のロビー。

バルナックが白目を剥いたノルビンを担いで戻ってくると、ギルド内は騒然となった。

受付嬢のリーナが悲鳴を上げて駆け寄ってくる。


「きゃあああっ! マスター、ノルビンくんに何をしたんですか!?」

「心配するな、ただ疲れて寝てるだけだ。こいつは良い囮役だったぜ」

「もう、ノルビンくんったら! 偉い人たちの前で無理して怖い顔ばっかり作るから、知恵熱が出ちゃったのよ! ほら、お口の周りアワアワじゃない! 今日はお家に帰って、お母さんに温かいスープを作ってもらって、すぐに寝るのよ?」


「……あうぅ……」


結局、ギルドマスターと鬼軍曹からは「底の知れない奇策を持つ男」という謎の高評価を得たものの、リーナからの扱いは相変わらず『無理して熱を出した幼児』のままで終わるのだった。


***


時を同じくして。ノルビンの自室。


『対象者、本音と建前の強制変換により、ギルドのトップ層に腕の立つ囮役だと勘違いされる。……知能の向上は見られないが、悪運の強さだけは伝説級』


デリが空中に浮かぶ記録用の魔石板に、淡々とレポートを打ち込んでいたが、ふと手を止めた。


「……ちょっと待って。あのマントって、見せかけの闘気を放って敵意を惹きつけるだけの道具よね? 回避能力が上がるような恩恵バフは一切付与してないわよね?」


「うんっ! ただの派手で目立つ布切れだよ!」

メリがボリボリとニンジンをかじりながら無邪気に答える。


その言葉に、デリの顔からスッと血の気が引いた。


「ってことは……激昂したオーガの群れからの猛攻を紙一重でかわして、無傷で開けた岩場まで逃げ切ったのは……全部、あいつ自身の本来の実力ってこと……!?」

「わあー! ノルビンってば、必死になるとほんとに凄いんだねー☆」


「感心してる場合じゃないわよ! 一歩間違えれば、対象者を本気で死亡ロストさせるところだったじゃない……!」


デリは水晶板を抱え込み、青ざめながら安全基準の見直し項目を猛スピードで追記し始めた。


才能なき少年の、ただ一つ極め抜かれた『逃げ足』という生存戦略は、今日も絶望的な勘違いを生み出しながら、密かに真価を発揮し続けている。

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