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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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静かな摩耗

朝の三鷹駅の発車メロディ。

直人は今日も中央線快速に乗り込む。

最近、音が少し遠いように感じる。

車内アナウンスも、人の会話も、

まるで水の中で聞いているようにぼやける。


眠れていないわけではない。

三鷹のアパートで、夜は泥のように眠っている。

それでも朝になると、身体が重い。


新宿が近づくにつれ、胸の奥がじわりと固くなる。

今日も水槽の中に飛び込む時間だ。


新宿西口の高層ビル群は、今日も無機質に光っている。

ガラス張りの壁面に、自分の姿が映る。

無表情の顔。


エレベーターの中で同期と鉢合わせ。

週末の話題。

飲み会の話。

直人は相槌を打つ。

正しいタイミングでできているだろうか。

会話の内容は、頭に残らない。


デスクに座ると、モニターの白い光が目に刺さる。

数字、資料、メール。


昼休み、ビルの外に出る。

ビル風が強い。

スーツの裾が揺れる。

周囲はオフィス街。

この周りだけで何千人もの人がいる。

その一人ひとりが会社という水槽の中を泳いでいる。

この水槽にいる意味は?

その問いが、ふと浮かび、すぐに沈む。


午後の会議。

直人は資料作成を任されていた。

ミスはない。

数値も確認済み。

だが、プレゼンの途中、

課長が静かに口を挟んだ。

「で、佐藤君はどう考えてるの?」

一瞬、言葉が止まる。

どう考えている?

資料は完璧だ。

求められた情報も揃っている。

だが「自分の意見」は用意していない。

会議室の空気が止まる。

「数字を並べるだけなら、誰にでもできる」

課長の声は冷静だった。

怒鳴ってはいない。

周囲の視線が集まる。

健一は口元に笑みを浮かべていた。

直人の耳鳴りが強くなる。

「申し訳ありません」

それしか言えない。

会議は続く。

だが直人の中では、何かが崩れていた。


会議室を出ると、廊下が少し揺れて見えた。

窓の外は、絶え間ない交通。

クラクションの音が、妙に鋭い。


その日、小さな入力ミスをした。

たったそれだけで、心拍が異様に速くなる。


「壊るな。まだ大丈夫だ。」


帰宅は二十二時を過ぎていた。

三鷹の住宅街は静まり返っている。

遠くでは犬が吠えている。


アパートの部屋に入ると、蛍光灯の白い光が冷たい。

スーツを脱ぎ、床に寝そべる。

そのまま動けない。

冷蔵庫のモーター音。

時計の秒針。

突然、胸が締めつけられる。

理由は分からない。

呼吸が浅い。


「限界」

その言葉が脳裏に浮かぶ。


数日後の朝。

中央線が信号トラブルで止まった。

車内アナウンスが繰り返される。

車内は混み合い、ざわめきが広がる。

直人は立ったまま、つり革を握る。

動かない電車。

進めない身体。

突然、強いめまいが襲う。

視界が白くなる。

耳鳴り。

周囲の声が遠ざかる。

「ここで倒れたら、迷惑をかける」

その思考だけが、はっきりしている。

だが足に力が入らない。

誰かの「大丈夫ですか」という声。

肩に触れる手。

その瞬間、直人の中で何かが崩れた。


気がつくと、ホームのベンチに座っていた。

駅員と、見知らぬ会社員が隣にいる。

「少し休みましょう」

そう言われる。

新宿へ向かうはずの朝。

身体が拒否している。

スマホを取り出す。

会社に連絡しなければならない。

指が震える。

今日は会社に行けそうにない。

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