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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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ここにいていい

講演会当日。

体育館の空気は、どこか乾いている。

パイプ椅子が整然と並び、前方には生徒たち、後方には保護者たち、両脇に職員が座っている。

直人は壇上の袖で立ち尽くしていた。

心臓がうるさい。

手のひらが汗で滲む。

そしてついに体育館から声がかかる。

「それでは、佐藤直人さんよろしくお願いします」

教頭の声。

直人は壇上へ出る。

マイクの前に立つ。

一瞬、視界が白くなる。

原稿を開く。

数秒、沈黙。

そして、原稿を閉じる。

「今日は、きれいな話はしません」

ざわめき。

直人は声を出す。

「俺は、高校のときいじめられていました」

空気が止まる。

「暴力じゃない。でも、毎日が削られていく感じでした」

言葉を選ばない。

取り繕わない。

「教室で笑い声が上がるたびに、自分のことを言われてる気がした」

喉が詰まる。

それでも続ける。

「消えたいと思って海に行ったこともありました」

あの夜の自分が、壇上の横に立っている気がした。

「いなくなれば楽になるって何度も思った」

息を吸う。

直人は続ける。

「誰かに、ここにいていいって言ってほしかった」


その瞬間。

後ろの扉が開く音。

全員が振り返る。

拓海だ。

遅れてきたわけじゃない。

ずっと外で聞いていた。

顔は強張り、手は震えている。

直人と目が合う。

時間が止まる。

高校時代の教室。

あの冷たい空気。

机の落書き。

笑い声。

拓海が、ゆっくり前へ歩く。

誰も止めない。

誰も声を出さない。

拓海は直人の前で立ち止まり、

息を何度も整え、震えながら声を出す。

「俺が言う」

会場の空気が張り詰める。

「俺が言う資格なんかない。だけど、あのとき言わなかったのは俺だ」

涙が頬を伝う。

「直人」

拓海が名前を呼ぶ。

「ここにいていい」

静寂。

誰も動かない。

直人の膝が崩れる。

涙が止まらない。

「⋯遅いよ。その言葉がずっと欲しかった」

拓海も泣いている。

「ごめん」

かすれた声。

「俺、あのとき何も分かってなかった⋯強いふりして、笑って、でも本当は、自分が一番怖かった」

息が詰まる。

「直人を傷つけたあの頃と向き合わずにずっと逃げてた」

言い訳はしない。

正当化もしない。

「でも今日は逃げない」

一歩、近づく。

「今ここにいてくれて、本当に良かった」

もし、あのとき直人がいなくなってしまったらこの言葉は、永遠に届かなかった。

直人は涙の中で言う。

「俺さ」

声が震える。

「何回も、海で終わらせようと思った」

会場が息を呑む。

「そのとき、思ったんだ。俺がいなくなっても、誰も困らないって」

拓海が首を振る。

「困る」

震えながら。

「お前がいなくなってたら、俺は一生、加害者のままだった」

涙で言葉が途切れる。

「お前がここにいてくれたから俺はやり直すことができた」

会場の誰かが、すすり泣く。

直人は立ち上がる。

足は震えている。

でも、目はまっすぐだ。

拓海を見つめる。

「お前のその一言を聞けて、ほんとに良かった」

赦しではない。

帳消しでもない。

でも、やっと二人は過去の呪縛が解放された。


講演会が終了し、校門を出ると母が立っていた。

小さく笑っている。

「今日は話してくれて、ありがとう」

直人は目を見開く。

「なんで⋯」

「町内会で聞いてね」

母は続ける。

「気づいてないふりしてて、ごめんね」

その一言が、胸に刺さる。

母は息子の変化に気づいていたがどうしていいか分からなかったのだ。

「あのとき、どう声かけていいか分からなかった」

母の目が潤む。

直人の喉が震える。

「俺も、言えなかった」

母がうなずく。

母の隣を一緒に歩くのは久しぶりだ。

直人は小さくなった母の背中を感じながら家路につく。


数日後。

夕暮れの海。

直人と拓海は並んで立つ。

何も言わない。

長い沈黙のあと、拓海が言う。

「直人」

「ん?」

「これからも、この街で生きてくれ」

それはただの願い。

直人は小さく笑う。

「なんだよそれ」

それだけ。

親友には戻らない。

昔のようには戻らない。

でも、二人はこれからを共有する。

夕焼けが燃える。

直人は空を見上げる。

もう消えたいとは思わない。

もう、自分がいなくなっても誰も困らないなんて思わない。

この街には「ここにいていい」って思ってくれる人がいるから。

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