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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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24/28

ここで生きていくために

浜辺で言葉を交わしてから直人の一日は目変化を帯びていた。

劇的な何かが起きたわけではない。

朝は変わらず味噌汁の匂いで始まり、

昼は父の手伝いをする

そして、夕方は浜辺を歩く。

海に近づくたび心のどこかにあった「緊張の芯」が柔らいでいるようだった。


その日、空は高く澄んでいた。

波は静かで、風も弱い。

直人が浜辺に着くと、拓海はすでに波打ち際に立っていた。

以前のような躊躇はない。

直人はそのまま歩き、数歩離れた場所に立つ。

「仕事はどう?」

直人は自分から尋ねてみた。

拓海は少し驚いた顔をしながら答える。

「まあ、ぼちぼちだな。現場はきついけど」

「続いてるんだ」

「辞める理由もないしな」

その言葉に、直人の胸が微かにざわつく。

辞める理由。

東京での自分を思い出す。

限界を感じ、退職を決意した夜。

健一の冷たい視線。

積み重なった疲労。

だが、その決断を今は後悔していない。

直人は静かに言う。

「俺は辞めたよ」

拓海がこちらを見る。

「東京の会社」

「そうか」

そこに、軽蔑はない。

ただ事実として受け止める目。

「また逃げたって思うよね」

自分でも意外な問いだった。

拓海はすぐに首を振る。

「そんなこと思わねえよ」

直人は波を見る。

今は、ここに立っている。

それがすべてだと思える。

しばらく沈黙が続く。

だが、不快ではない。

風が、二人の間を通り抜ける。

拓海がぽつりと言う。

「俺さ、お前が東京行ったって聞いたとき、正直ムカついた」

直人は眉をわずかに動かす。

「なんで?」

「置いてかれた気がして」

意外な言葉だった。

「俺はこの町から出る勇気なかった。だから、お前が出ていったの、悔しかった」

直人は思い出していた。

中学生の頃、拓海と一緒にこの浜辺で語り合った日々を。

「あの頃の俺、強いふりしてた」

直人は静かに頷く。

強いふり。

それは自分も同じだったのかもしれない。

東京で無理を重ね、

平気な顔をして働いていた。

壊れる直前まで。

夕日がゆっくり沈み始める。

橙色の光が海を染める。

直人は小さく息を吐く。

「まだ拓海のしたこと全部許せるわけじゃない」

正直に言う。

拓海は頷く。

「分かってる」

「でも、拓海と話せる今があるのも良いなって思ってる」

それが今の精一杯だった。

拓海は何も言わず、ただ海を見る。

二人の影が並ぶ。

直人は思う。

この町に戻ることを選んだのは自分だ。

過去ごと、この場所を受け入れると決めたのも自分だ。

逃げ続ける人生ではない。

これから、ここで生きていく。


波が静かに寄せては返す。

その音は、ただ、繰り返す。

直人は胸の奥にある凪を感じる。

完全な癒しではない。

だが確かな前進。

「明日も穏やかだといいな」

拓海が言う。

直人は笑う。

「天気次第だね」

二人は並んで沈みゆく太陽を見送る。

それぞれ過去と向かい合う。

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