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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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17/28

家族のいる浜辺

交差点の信号待ち。

目の前を、若い母親が小さな男の子の手を引いて渡っている。

男の子は転びそうになり、母親はすぐにしゃがみ込んだ。

「大丈夫?」と優しい声。

その光景が、突然、幼い頃の記憶を呼び戻した。

浜辺で転んだ自分。

膝をすりむき、泣きそうになったとき、

母は優しく微笑みながら砂を払ってくれた。

都会の交差点で、潮の匂いがした気がした。


帰りの電車の中、スマホが震えた。

妹からだ。

今、みんなで海に来てます!

写真が添付されている。

父が防波堤に腰を下ろし、

母がその隣に立っている。

妹の影が、長く砂の上に伸びている。

自分はどうしたいのだろう。

毎日都会の中で怯えながら、

荒波に飲まれないよう必死に泳ぎ続けてきた。

その時、ふと頭によぎった。

息継ぎせずに泳ぎ続けているといつかは溺れてしまう。


三鷹駅で降りたとき、

胸の中の迷いは、ほとんど消えていた。

アパートまでの道。

風が頬を打つ。

面談で言った言葉が、もう一度よみがえる。

「少し、考える時間をいただけますか?」

あのときは、まだ逃げ道を残していた。

だが今は違う。

自分が立ちたい浜辺はここではない。

競い合うための浜辺ではなく、

家族と並んで立てる浜辺だ。

母の背中が、これ以上小さくなる前に。

「おかえり」という声を電話越しではなく直接聞けるうちに。

その思いが、大きな波となって押し寄せる。


部屋に入ると、静寂が迎えた。

スーツを脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。

もう一度、あの写真を見る。

そして、ゆっくりと息を吐いた。

「⋯帰ろう」

それは誰に向けたものでもない。

自分自身への宣言だった。

スマホを手に取り、母に電話をかける。

「もしもし。面談どうだった?」

少し間を置いて、続ける。

「辞めようかなって思う」

言葉は、驚くほど自然に出た。

「帰ってもいいかな?」

母は、静かに答える。

「うん。帰っておいで」

その瞬間、直人の中で、すべてが決まった。

帰り道で見た母と息子の姿。

妹から届いた海の写真。

小さくなった母の背中。

それらが重なり合い、

ひとつの大きな波となって、背中を押したのだ。

引いた波は、必ずまた寄せる。

次に寄せる波はきっと、

家族のいる浜辺へと打ち寄せる。

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