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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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11/28

不穏な空気

実家のリビングに差し込む午後の光は、どこか淡く、時間の流れを遅くする。

直人はテーブルにノートパソコンを広げ、復帰に向けた報告書を入力していた。


人事から送られてきたフォーマットは、想像以上に細かい。

「現在の睡眠状況」

「対人関係における不安の有無」

「過去の精神的不調の経験」

カーソルが点滅する。

過去の精神的不調の経験。

直人は指を動かした。

「高校時代、いじめにより一時的に対人不安が強まった経験があります。」

その一文を打ち終えた瞬間、胸の奥がわずかに軋んだ。

封じていた箱を、自ら開けた感覚。

だが、隠したくはなかった。

送信ボタンを押す。


海の向こうから来た風が、カーテンを揺らした。


新宿の高層ビル。

経理部のフロアは静かだ。

キーボードの打鍵音と、プリンターの駆動音だけが規則的に響く。

及川はモニターを見つめていた。

復帰対象者のリスク評価資料。

通常、経理が深く関与する案件ではないが、近年、「労務リスクとコスト管理の連携強化」が方針に掲げられ、経理にも情報が共有されるようになった。

合理的だ、と及川は思っている。

不安定な人材は、長期的にコストを生む。

画面をスクロールする。

「佐藤直人」

評価欄は空白が多い。

下にスクロールした時ある部分に目が止まる。

「高校時代、いじめにより一時的に対人不安が強まった経験があります。」

及川は眉をわずかに動かした。

学生時代のいじめ。

現在の休職理由は「職場内の対人ストレス」。

点と点が、線になる。

及川は別ファイルを開き、査定用メモに一文を記す。

「対人ストレス既往あり。復帰後の配置に慎重検討要。」

それは排除の宣告ではない。

ただの「注意喚起」だ。


数日後、健一が経理フロアを訪れた。

「ちょっと時間いい?」

柔らかい声。

だが目は笑っていない。

「佐藤君の件の資料見た?」

及川は頷く。

「リスク管理上、復帰後の配置は再考が妥当かな」

健一は小さく息を吐く。

「正直さ、チームも今ギリギリなんだよ。戻ってきてまた不安定になられても困る」

困る。

その言葉の主語は曖昧だ。

「本人のためにも、負荷の低い部署のほうがいいかもしれないよね」

健一はそう言いながら、直人の担当案件一覧を机に置く。

赤字で書き込みがある。

「この案件はもう他に振った。こっちも引き継ぎ済み」

つまり、居場所は削られている。

及川は資料を閉じる。

「数字上も、そのほうが合理的」

二人の会話に、怒気はない。

あるのは整然とした論理だけ。


その頃、直人は自分の部屋で天井を見つめていた。

返信が届いている。

「復帰計画について、改めて詳細な面談を設定したいと思います。」

文面は丁寧だ。

だが、胸がざわつく。

自分は正直に書いた。

隠さなかった。

それが正しかったのかどうか、分からない。

波の音がかすかに聞こえる。

海は変わらずそこにある。


新宿のビルの中では、静かに何かが動き始めている。

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