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3.帰れない

「そちらの理由は…まぁわかりました。でも、例えどんな理由があっても、私たちはここに望んで来たわけではないです。

 いきなりあなたは聖女だから召喚したので魔物を退治しろって言われて、はいわかりました聖女として働きますってなるわけないですよね?」


美結ちゃんが私の腕にしがみつきながら何度も頷いている。私と同じ思いのようで良かった。


「…えっ?…えぇ、まぁ、それはおっしゃる通りかもしれません。ですので、こちらでは王族に準ずる待遇で聖女様のお立場、生活の全てを生涯保証させていただく所存です」


えっ…?それって一生ここにいる前提の話しだよね?私は帰りたいのだけど?


「いえいえ、それは必要ないです。私たちは自分の家に帰りたいんです。なので帰してください」

そうだよね?勝手に私が交渉してるけど美結ちゃんも帰りたいよね?


美結ちゃんはもう何度も私の腕に自分のおでこを擦り付けてうんうんと頷いて、

「帰りたい…お願い」

と、泣きながらかすれた声を出す。


 私は繋いでいる反対の手で美結ちゃんの頭を撫でた。柔らかい長い髪を一つに縛り、シュシュをつけている。よく見ると手作りのよう。


「私たちは何の前触れもなく、私たちの同意もなくこの世界に連れてこられました。これは誘拐ですよね?それとも拉致?そして帰してくれないなら監禁ですよね?これはれっきとした犯罪ですよ?

 私たちを元いた場所に帰してください。私たちが望むのはそれだけです」


目の前のソファーに座っている宰相が目を見開き、


「誘拐!?…拉致、監禁…そんな…っ!」

と険しい顔をしてブツブツと繰り返している。 

 チラッと宰相の後ろに立っている大きな男の人を見ると、眉間にシワを寄せて、厳つい顔が更に恐ろしく怖い顔になっている。こっちを見ないで!怖い!泣きそう…


でも当たり前ですよね、望んでもいない場所に強制的に連れてこられて一生ここに住めって、拉致して監禁するってことだよね!?


 イヤだ、帰りたい。

 私の平凡だけど平和で幸せな日常に戻りたい。お父さんとお母さんにのところに帰りたい。


また涙が溢れポロポロと流れてくる。物心ついてからこんなに泣いた記憶がない。

握りしめていたハンカチでまた涙を拭くと、先程よりは少し私たちに同情的な気持ちになったのだろう、眉毛をわずかに下げた宰相が、


「私たちの国は常に魔物の増殖に怯え、その進行を食い止めるため多くの兵士を魔物の森に送り出しています。

 その兵士たちが皆必ず無事に帰ってくるとは限らず、家族は悲しみに暮れ、それでも生きていかなければなりません。


 兵力でその場の魔物の数を一時的に減らすことは出来ても、魔物が発生する元となる瘴気の沼を浄化しなければ、かつて魔物に大陸を埋め尽くされた悲劇をまた迎えることになるでしょう。その浄化が出来るのは聖女様しかいないのです」


ずるい!そんな情に訴えかけるようなことを言って、聖女の仕事をやりたくないと言ったら、私は多くの人を見殺しにする最低の人間てことでしょ!?

あ、待って、私は聖女じゃなかった、聖女は美結ちゃんだ。

 美結ちゃんはそれに気が付いたのか、


「…無理です。私、そんなの出来ない。帰りたい、家に帰してください」と言い、今度は私の腕ではなく体に腕を回しギッチリと抱き付いてきた。


私のこのぽっちゃりワガママボディに、美結ちゃんのか細い腕が回って良かった。…あ、今はそれどころじゃない。小刻みに震える美結ちゃんをギュッと抱き締めた。


「帰る方法は無いのですか?そんなことを言われても、私たちだって私たちの世界で待っている家族がいるんです。

 あなただってそうでしょ?家に帰れば家族がいますよね?当たり前のようにいた家族が突然姿を消したら悲しくないのですか?」


宰相が難しい顔をして黙り込むと、少し離れた場所から微かにクスンと鼻をならす音が聞こえた。その音の方に眼をやると、先程お茶を入れてくれたメイド服の女性が俯いていた。


 宰相は大きな扉の前にいた兵士のような男の人に目配せをしたかと思うと、その兵士がメイド服の女性を部屋の外に連れ出した。


宰相はふぅっと小さな溜め息をつくと、


「そうですね、貴女の言うことは理解できなくはない。しかし我が国の存亡の前には、国を維持していく立場にある以上、私情は挟まないというのが私の役割に含まれます。ですので国を守るためにはある程度の犠牲には目をつぶる、というのが私の宰相としての判断の指針となっています」


私たちを勝手に召喚したことを悪とは思ってもいない宰相の顔に苦悶の色が見える。本当は良い人なのかもしれない。


でも私たちのこの状況をある程度の犠牲と言いきった。

 ある程度なんだ…。

 それは当事者じゃないから言える言葉だ。


私は溢れてくる涙をそのままに宰相を睨み付けた。どのくらいそうしていただろう。宰相がふっと私から目を反らすと、


「少しお待ちください」と言って部屋から出て行った。


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