26.各々の罪 メイド1号
前聖女の寿命が近付き、次代の聖女を呼び寄せるべく、召喚の儀を執り行う日程が決まった。
過去の例から、召喚される聖女は皆20歳前後であり、現王太子であるフェリクス殿下の正妃となることも慣例にて決まっていた。
殿下にはすでに婚約者のリリアーナ公爵令嬢がいるが、殿下は幼い頃に受けた王子教育で、召喚された聖女に深い興味を示していた。
殿下自身、魔力はあるが魔法の才は無く、聖女の持つ魔力と魔法に憧れと尊敬の念を抱いていた。
殿下の家庭教師からも、聖女に対する憧れがあるようだと報告を受けており、幼い子供の恋心を微笑ましく思っていた。
自身の正妃になるかもしれない女性、しかも魔法を操り国を救う聖女の召喚に、殿下自らが指揮をとると言い、殿下の幼い頃の恋心を知る陛下も了承した。
殿下の初の国家行事であり、国の存亡がかかっている聖女の召喚。儀式に関わる誰しもが完璧に執り行えるよう確認を重ね準備をした。
ところが、何が原因なのか過去にも無い例だった。なんと召喚された聖女が二人だった。
この事がすべての歪みの始まりになった。
召喚された二人は、まさに前聖女と同じ見た目の美しい少女と、顔は真ん丸で身体は樽のような醜い女性。
誰もが、取り分け殿下は美しい少女が聖女であると疑わない。
それなのに、聖女判定の結果は醜い女性が聖女という判定、しかも千年に一度といわれる大聖女の召喚だった。
悲劇が始まる。
大聖女となったその女性の醜さゆえ、自身の伴侶ともなる女性を嫌悪し、元の世界に帰れないなら王族での待遇をと要望してくる強欲な女だと誤解した。
その事を父である陛下へと伝え、その後、自身の側近を通して城中に周知した。
貴族とは、お互いを如何に貶めるかを腹に置き社交を行う生き物だ。爵位や優秀さもさることながら、見た目の美しさや華やかさでその人物の価値を推し量る。
召喚された大聖女のような体型は、まさに貴族の侮蔑の格好の餌であり蔑む対象となる。自己管理を出来ない者が貴族を名乗ることは滑稽とし、排除するべき攻撃は容赦ない。
そのため、貴族たちは自身を豊かに美しく着飾るための努力を惜しまないのだ。
その認識は貴族に仕える使用人たちも同じだ。自身の主が社交の場で疎まれ蔑まれる存在となることを良しとしない。
フェリクス殿下が用意したメイドがまさにそれだった。
=====
そのメイドは嬉々として任命されたことを誇らしく思っていた。
「フェリクス殿下のご指名で、しかも大聖女のメイドとして選ばれるなんて!今まで何かとツイてなかったけど、ようやく運がまわってきたわ」
そのメイドは子爵家の次女だった。幼い頃からフェリクス殿下に憧れ、いつかお会いできる日をと夢にみる。念願叶い、城でメイドとして雇われることになると、殿下の妃になると夢をみる。
時折見掛ける殿下の姿を目で追い、視界に入るよう先回りした。殿下の好みだという髪を黒に染め、たまに目が合うと頬を染め恥じらうように目を伏せた。
その努力が実ったのか、聖女が召喚された後の身の回りの世話を頼むと声を掛けてくださった。私を見つめる殿下の目に熱を感じた。
聖女を通してだが、いよいよ殿下にお近付きになれる。
私の可愛さと、頑張って仕事をしている健気さを殿下に見てもらえれば、第二側妃もしくは愛妾にしてくれると思う。
召喚の日、遠目に見えた殿下は恐ろしいほどに麗しかった。あの瞳に見つめられたい。その日が遠くないことに心は喜びに溢れていた。
しかし召喚され、聖女だという女はまさに家畜のようだった。なんで!なんであんな豚みたいな女に仕えないとならないの!
周りのメイドたちが私を見てクスクス笑っている。
私が散々殿下のご指名で聖女様専属のメイドになると自慢したのに、召喚されてみれば豚のような醜い女。
悔しさと恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
しかも殿下も一度も大聖女に会いに来ない。
何のために私は今まで努力してきたの!? 殿下には会えず、仕える主は醜い女。
もうどうでも良かった。豚の面倒なんかみたくもない。
翌朝起きる気もなく、もちろんやる気も無い。大聖女の部屋を伺うが起きる気配が無い。
朝食の時間が終わり、昼食の時間になろうとしてもまだ起きない。
私のイライラもピークになり、無言で大聖女の寝室に入り掛けている毛布を剥ぎ取った。
顔を見ると肉ではち切れそうになっており、これが私の仕える主かと思うと憎しみまで湧いてくる。
さすがに国王陛下の謁見があるため、身支度は完璧に整えないとならないので、入浴から着替え、メイクにヘアセットも行ったが、怒りに任せすべて手荒にしてやった。
そして案の定用意したドレスが入らなかった。この女が着れそうなドレスを城中駆けずり回って探し、ようやく大きめのドレスを見付け、役に立たない二人のメイドと息の根を止めるぐらいの力でコルセットを締め上げたにも関わらず、結局そのドレスも入らなかった。
唯一着れる服が、大聖女の着ていた寝巻きのような濃いグレーの服だった。国王との謁見にこんな仕上がりなんて、私の貴族としてメイドとしてのプライドはズタズタになった。
ここに来てもう怒りが抑えられず、大聖女を睨み付け、役に立たないメイド二人を怒鳴り付けた。
大聖女は常にオドオドとし、自ら指示を出すことも無くヘラヘラとしていたが、メイクが終わったあとに何故か涙を流して泣き出したので盛大に叱り付けてやった。
せっかく顔のマッサージをして余分な肉をほぐし、浮腫みを流したのが台無しになり許せなかった。
城の中で見たことの無いこの役立たずのメイド二人は、殿下がどこから連れてきたのか知らないが、常に大聖女に聞こえるように蔑む会話をして馬鹿にし笑っていた。
その会話を護衛騎士に聞かれてしまい、その騎士から殿下と侍女長に報告すると言われても何ら怯えることなく、言われるままその場から退場した。
私もその時やっと我に返り、自分のしたことを考えるとこの場に居れなかった。
すぐさま体調不良でこの場を辞すると伝え、その足で我が家である子爵家に戻った。
突然の次女の帰宅にお母様は訝しげにしていたが、体調が悪いと言い私の部屋のベッドに潜り込みそのまま翌日まで部屋から出なかった。
仕出かしたことの重大さを日に日に認識すると、私の処罰は処刑しかないように思えた。
なにせ大聖女様に乱暴な言動で対応したのだから。これではもう殿下の愛妾にはなれない。
恐らく家族も巻き添えになるだろう。貴族の罪は家族にも責任を問われるのだから。
ところが1週間経っても2週間経っても、騎士団が連行しに来るどころか、何一つ音沙汰が無い。いい加減両親も早く城に戻って働けとうるさい。
お咎め無しなの?無いなら良かったけど、また城に戻って豚聖女のメイドを続けるのもプライドが許さない。
修道院に逃げよう。辺境の修道院は来るもの拒まずと聞いた。
持てるだけのお金と荷物を持って、馬車を乗り継ぎやっとの思いで修道院の前に降り立つと、そこに立っていたのは王家の近衛兵だった。
有無も言わさず捕縛され、そのまま修道院の敷地に入ることなくそのまま王都に引き返した。
そして私は今、地下牢に入れられている。領地は無くとも子爵家であれば貴族の端くれだ。それでも貴族牢ではなく地下牢に入れられていることを考えれば私の未来は無いのだろう。
それにしても聖女が召喚されてもう3ヶ月は経っている。
冷えた地下牢の床はゴツゴツとして座っていられない。薄い毛布1枚に寒さも限界だった。私はどうなるのだろう、もう頭の中を繰り返すのはこの言葉だけだった。




