25.遅れてきた謝罪②
「大聖女様、ここからは大変僭越ながら私がいくつかご質問させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?
改めまして私はこの国の宰相を勤めるジルベール・スレーターと申します。どうかジルベールとお呼びください」
宰相が恐る恐るといった感じで話し掛けてきた。
「まずは、何をおいても先にお聞きするべきでした、大聖女様のお名前を教えて頂きたいのです。お願いいたします」
お父さんとお母さんが私に付けてくれた美麗という名前。
弟の裕太に、名前負けの見本だな!ブスデブ!と何度も言われた名前。それは私が一番良く知ってた。
名前の漢字を説明するとき、美しいの美と麗しいの麗ですと言うのが恥ずかしくて、いつも美術の美に難しい方の麗です…と言っていたから。
優しい両親は、生まれたあなたを見たらこの名前しかないと思ったと後に教えてくれたけど、その時はすでに、裕太に暴言を吐かれても仕方ない体型になっていたので、心は複雑だった。
でも、この人たちに大好きな両親が付けてくれた大切な名前を簡単に呼ばれたくない。もうその両親に私という子供は存在しないのだから。この人たちのせいで。
ノアさんをチラッと見ると優しく微笑んでくれた。
「それは、まだ言いたくありません」
宰相は小さく息を飲むと、そうですか…と残念だという顔を隠しもせず私を見た。
名前を教えたくない私が宰相を名前で呼ぶことは無い。
「…それでは、話しは遡るのですが、大聖女様が召喚された時はどのような状況でしたでしょうか?」
ん?何で今さら?あなたが一番知ってるのでは?
でも私が質問しても良いと承諾したので、
「私がこの世界に来たとき、もう一人女の子と一緒でした。その子はその後、元いた世界に帰ってしまいましたけど」
宰相は何度も頷いた。その場面はすべて自身が見ていたから。
「その…、申し訳ありません。先程の大聖女様の結界の凄さを見せて頂き、大聖女様しか成し得ない魔法であることはもちろん理解しておりますが、その、大聖女様と私しか知り得ないことを確認したかったものですから。その、…大聖女様のお姿が、その、以前と、少し変化があるようなので…」
しどろもどろが過ぎる。一応女性に対する遠慮?気遣い?
なんでこの姿になったのか知りたいんだね。その気遣いを召喚された時にしてくれたら良かったのに。
でも、私の見た目の変化に別人説を疑うのはわかる。身体は信じられないくらい軽くなったし、私もしばらく鏡で顔を見るたびに、お父さん!?って驚いてたから。
「あぁ、そうですね。あの時案内された部屋にいたのですが、誰も来てくれなくて、一月食事が出来なかったので痩せてこのように細くなりました」
宰相は苦痛に顔を歪めるように、
「本当に、申し訳ございませんでした。大聖女様のお命を脅かすあってはならない大失態でした。
のちに、その、大聖女様が姿を消されてから認識しまして、本当に言葉もございません。その罰は如何様にもお受け致します。何卒、大聖女様の納得のいく罰をお与えください」
宰相は深々とお辞儀をして謝罪している。
私としてみればこの国家が罪だ。
どこの世界でも最終的な責任者はトップの者、ここでいう国王陛下だろう。
「国の総意だったのでしょ?皆が同じ方向を向いていたもの。その責任を取るためだったら罰を受けるのは国王陛下になりますよね?」
宰相がさらに青ざめていく。
国王陛下は両肘を太股の上に乗せ、手を組むとわかりやすく項垂れた。
「あの時、どのような過程で大聖女様に愚かな過ちを犯してしまったのか、説明させて頂いてもよろしいですか?」
それを聞かされても、責任の所在をぬるっと別な者に移して肝心な人は罪を免れようとしない?
そしてそれは許されたいと思うあなたたちの言い訳と自己満足でしかない。
でも何故だったのかは、今後のためにも知っておきたい。
「それを説明されても、私を勝手に拉致しておいて、一月監禁し水も食事も与えず放置した事実は、私が生きてる限り永遠に記憶に残ります。さっきも言ったように、この事を許すとしたら、それは私を召喚する直前の世界に戻してくれた時です」
私はもう元の世界に戻れないのだから、これで本気で許す気は無いのだとわかってくれたかな。
「でも、私もこれからどれくらいあなた方に貢献出来るのかの目安を考えたいので、お聞かせください」
その内容によっては聖女としてのお仕事を選ぶ事になるよと伝えれば、宰相の顔色は青を通り越して白くなっていく。陛下はまた項垂れてしまった。
私はここまで、自分の言葉に心臓がバクバクして、緊張で身体中に汗が滲んでいる。
私って他の人にこんなに言いたいことをハッキリと言えたんだなと思うのと、私は物凄く腹が立っていたんだと自覚した。
学校生活で見た目や体型のこと、社会人になってからは仕事を押し付けられたりしても、今までは何を言われても、その場を上手くやり過ごしさえすれば険悪になったり揉めなくて済むから、言い返す事も拒否する事もしなかった。
あとは、家に帰って美味しいスイーツを食べれば嫌なことも忘れられたから。
でも今回の私の人生を奪った事は、やり過ごすことも許すことも出来ない。
怒って良いんだ。むしろ怒らないと駄目なんだ、そうしないと私が壊れる。
「ではまず、大聖女様に明らかに害を成した者の経緯をご説明させてください」
宰相は覚悟を決めた顔で話し出した。




