22.大聖女大捜索
ユストル王国国王カーティスの美しい顔は日に日に土色となり、目の下の隈は濃く、整えられた鼻の下にあった髭はもはや無精髭となっていた。
焦燥感は隠しようも無いほど荒れに荒れていた。
「なぜ見つからない!あの体型だぞ!隠れようもないし、隠しようもないだろ!大聖女を匿ったやつは処刑するという文言も追加しろ!」
大聖女が失踪し5ヶ月が経過した。
魔物の数は日に日に増加しており、討伐隊は魔物の森の手前にある辺境伯領の砦から撤退できないと連絡してきた。
前聖女が旅立ち、結界も綻びが出てきている。
今まではその結界からまれに辺境伯領に迷い出て来た少数の魔物を討伐すれば良かった。
しかし最近はその数が増えてきており、終わりの見えない戦いになり始めていた。
宰相は辺境伯領から届く討伐隊の増援要請と、聖女を速やかに派遣して欲しいという何度も届く伝書に頭を悩ませていた。
疲労の色が隠しきれない国王陛下に何度目かの状況を報告する。
「残りの第三騎士団と、第二からも2部隊を送れ。聖女を送るにはまだ早いと伝えろ。神殿から神官を向かわせるんだ、微々たる神力でも無いよりは良いだろう」
第一騎士団は王家に関わる警護と警備を担当しているため、王都を離れることは出来ない。
第二騎士団は王都の治安維持を担っており、第三騎士団はこの度の魔物の討伐や第一、第二騎士団の増援部隊として臨機応変に動く遊撃隊として存在している。
第二騎士団の数が減ると王都の治安が悪化する。
なるべく第二を王都から減らしたくないが、魔物の進行を食い止めなければ治安どころの騒ぎではない。
こうなることはわかっていての召喚の儀だったのだ。
しかも私の代で召喚に成功した大聖女を愚かなことに手離してしまった。
「商人たちからの情報は無いのか?」
国内のあらゆるところに買い付けや販売に移動する商人に絞って大聖女の肖像画を持たせ、報償金も破格にし捜させているが、今のところ何一つ有力な情報はない。
この城の者、国王を始めとして大聖女が召喚されてから関わった者は、大聖女の一番わかりやすい特徴しか記憶になかった。
それもそうだ、一番長く大聖女と接した者は失踪した侍女と宰相だったが、それも合わせて2、3時間程度だ。顔の特徴、身長、声色はうる覚え、何より名前を知らないのだ。
それを無理やり肖像画として商人たちに渡したが、その紙を渡す度に商人たちからは、
「あのー、この大聖女様のお名前は何と仰るのでしょうか?」
と聞かれた。
当たり前だ、人を捜すのに名前を知らないなんて、しかも自分たちが国の威信をかけて召喚した大聖女だ。いなくなったのは召喚されてから1、2ヶ月経ってからといえば、名前を知らないなんて有り得ない。
「こちらでの名前はまだ無い。名前を授ける前に拐われたのだ。この特徴で捜せ」
まさか名前を知らないなんて言えるわけもなく、宰相が適当な理由を付け、報償金の話しでごまかした。
しかもこの時、召喚された聖女を一月も放置し、食事もさせていなかったことを思い出しもしなかった。
食事をしなければ人は痩せ細りやがては命が終わる。今の大聖女が自分たちが記憶する姿ではないと考えもせずに。
「あの肖像画だけでは厳しいかと。しかし、隣国ザイカラルに聖女がいるという情報もまだありません」
ユストル国と魔物の森を挟んだ東側にあるザイカラル帝国。
ザイカラル帝国はユストル王国と同じように魔物の森にある瘴気から湧く魔物の被害に苦しめられていた。
ザイカラル帝国はそもそも魔力を持つ者がおらず、そのため女神信仰も盛んではない。女神の叡智を授けられたユストル王国は、女神信仰こそが自国の力となるため、その力を維持し聖女を召喚することで近隣国との国交のバランスをとっていた。
それくらいユストル王国には何もなかった。大地もさほど豊かではなく、鉱山があるわけでも、商業や工業が発展しているわけでもなかった。
貴族がもつ魔力と聖女の力で国を維持していたのだ。
数年前に、ザイカラル帝国の皇子が呪いによる奇病を発症した際、帝国から秘密裏に打診があり前聖女が癒しの力で回復させたのだ。
ザイカラル帝国皇帝は、ユストル王国の国家予算相当の金と貢ぎ物を贈ってきた。
それ以外にも、魔物被害で想定される金額も毎年納められている。
「ザイカラルに聖女を奪われでもしたら我が国は終わるぞ」
もしザイカラル帝国が大聖女を得れば、この度の大聖女が20歳として、向こう80年ほどは大金をユストル王国に支払わなくても良くなる。
次に召喚の儀を執り行えるのは、この度の大聖女が旅立ったときだ。
大聖女がユストル王国の此度の愚かな行いで、自らの意志でザイカラル帝国に永住するともなれば、完全にザイカラルにイニシアチブをとられる。それどころか、我が国に侵攻してくるだろう。
我が国に魔物が溢れてから交渉に来るかもしれない、大聖女は帝国にいると。
それまでに大聖女を失ったことが近隣国に知れ渡ったら、国内が魔物に蹂躙される前に攻め込まれ終わりだ。
大聖女を召喚したにも関わらず、手中に収めることの出来なかった愚かな国王として名を残すことの屈辱には耐えられない。
そこに魔法省長官のライルが、面会許可も無く来たと執務室付きの執事が知らせた。
普段取り乱した姿など見せたことの無いライルが入室と同時に、
「陛下、見付けました。たった今魔力探知にかかり、大聖女様の癒しの力に間違いありません。場所はメルトル村です」
最悪の事態を想定していた矢先の朗報だった。
「ライル、お前は今討伐にと指示を出した第二と第三の騎士団とともに大聖女の居場所を押さえろ。逃がすな、必ず私の前に連れて来るんだ。必要なものはすべて使え」
「御意に」
「宰相、城のすべての者に伝えろ、大聖女を俺以上の待遇で迎えろと。大聖女に不敬を働いたものは、大なり小なりでもその場で首をはねると言え。
…しかし、メルトル村とはなぜそんな村に」
国王カーティスは久しぶりに呼吸ができたように大きく息を吐くと、自分の体に血液が巡る感覚がした。
乱れた髪を書き上げ、無精髭を撫でる。
「陛下、あの村は別名忘れられた村と言われています。大聖女様は何かのきっかけで知ったのでしょう。忘れられた村にここまでお隠れになるとは、この城に戻る気は無いような意思を感じます」
高齢者ばかりになってきている忘れられた村。生活は村民だけで成り立っており納める税も僅かだが、特に問題を起こすことも無いので捨て置いているような村だ。
「私の馬車を用意しろ、もう1台王宮の揺れの少ない最新の馬車に飲食できるような軽食や飲み物を用意させるんだ。私もすぐに出発する」
宰相に指示を出した直後、扉をノックする音とともに、執務室前にいる護衛が慌てた様子で入室し、
「…陛下、いらっしゃいました」
と青い顔で呟いた。
「何が来たんだ、この忙しい時に!面会申請の無い者を通すなど、お前は何のためにそこに突っ立っているんだ!」
「そうですか、では帰らせて頂きます」
護衛の後ろから聞き慣れない可愛らしい声が聴こえたた。
大きな護衛騎士の後ろにいる女性は、よく見るとすでに背中を向けて立ち去ろうとしている。
「陛下!大聖女様だと仰る方です!」
護衛はさらに顔を白くさせ慌てて聖女を名乗る女性の前に移動した。
「なんだと!?」
座っている椅子が倒れる勢いで国王が立ち上がると、宰相がそれよりも先に追いかけ、
「大聖女様、お待ちください!どうかお許し下さい!どうか我々の話しを、お願いいたします、どうか!」
その背を向けた人物が振り返ると、この世界では見たことの無い、息をのむような美しい女性が立っていた。




