20.大聖女指名手配
ここメルトル村は、別名忘れられた村と言われている。
5ヶ月前にどう考えても怪しい私が来て以降、誰もこの村にお客さんは来ない。来るのは月に一度の商人さんだけだ。
今日も、自分の家か!って言うくらいカイル食堂に居座っていた私は、食事が終わった商人さんが話し出した内容にチキンハートが停止しかけた。
「なんでもね、内緒だよ?本当にここだけの話し、その召喚された大聖女様が城から連れ去られてしまったらしいんだよ。そしてね、我々商人は国中どこにでも行くでしょ?だから、この絵!この絵を持たされて、そっくりな人がいたらこっそり知らせるように言われたんだ!その報酬がね───」
おじさん…内緒の話しだよね……。
ここだけの話しって何回か別なとこでも言ってない…?
この世界ではこうやって、秘密が拡散されていくのね…
前はスマホが有ること無いこと拡散する道具だったな。
…そういえばスマホの存在忘れてた。無くても生きていけるんだ。
元の世界にいた時は、手からスマホが離れないくらい必要なアイテムだったのに。
でも写真は撮りたいなー。マーゴットさんとのツーショットとか、カイルさんが作ってくれたスイーツとか、この村の屋根を上空から撮りたい!
いつか作れたらいいなー。カメラだけでも作りたい。
そして商人のおじさん、皆に私の姿絵を回して見せてる。
どれどれ、え……?なにこれ?
なにゴン?なにドン?
ビッグフット?人?これ人なの?
自分で言ってて悲しい。私は他人からこう見えていたのね……
「いやーこれを見せられて、見つけたら知らせろって、違ってたら訴えられるよね。だけどね、ここ見て、ここに書いてあるの。大聖女様だから絶対に見つけ出すって。このユストル王国にとって一番大切な存在だから、戻って来たら大聖女様に相応しい環境を整えるって。これって誰に言ってるんだろね?国民に?それとも大聖女様に?」
なんで?なんで今さら?
なんで探し始めたの?
私はもうこの「メルトル村の緑レイ」なのに!
胸がザワザワする。
怖い。
また私から大切な世界を奪わないで欲しい。
なんで?
私がいらないから、必要無いから、あのお城に居たら迷惑だから、だから皆であからさまに嫌って無視したんだよね?
一月も、誰ひとり、大丈夫?って、誰も、一度だって、誰も来てくれなかったじゃん!
誰も何も知らない世界で怖かった。
ひとりぼっちで、帰れなくて、お父さんにもお母さんにも裕太にも私はいなかったことになって。
この世界でもいらない人で、どこの世界でも私は家族がいない、存在しない子。
なんで?どうして?
私が何をしたって言うの!?
それから私は呼吸が出来なくなって、そこから記憶がない。
「…あっ、あれ、ここ」
「レイちゃん、気分どう?突然倒れたんだよ。良かった、目が覚めて。疲れが出たんだよ」
ララさんが心配そうな顔をして私を覗き込んでいる。
あー… やってしまった。ご迷惑はお掛けしませんて言ったくせに……
「ララさん、ごめんなさい。ララさんお仕事中なのにご迷惑おかけして」
もう泣きたい。
「レイちゃんいいんだよ。それはお互い様なんだから。私たちはあなたにたくさん助けられてるんだよ?
あなたにはあなたの事情があるんでしょ?だけどね、私たちは皆あなたの味方なんだから。信用して?私たちもあなたを信用してるから。あなたはこの村の住人なんだから」
ララさんは何かを察しているけど、深入りはしない。私が困っているのをわかっているけど、私が助けてって言うのを待っている。
私が助けてって言いさえすれば、ここの人たちは皆で力を貸してくれる。いつでも助けるよ、待ってるよ、助ける準備は出来てるよ、いつでも言ってって。
これはこの村の人たちが本当の優しさを持っているから。
「ごめんなさいララさん、ごめんなさい。私、村の皆さんを騙してて…私がいると皆さんにご迷惑がかかるから、本当はひとりで生きていこうと思ってたのに…この村の皆さんの優しさに甘えてしまって…」
やっぱり泣いてしまう。泣きたくないのに……
「良いんだよ、どこが迷惑なんだい?甘えて何がダメなの?たったひとりで生きていくなんて、そんな難しいこと考えなくて良いんだよ。今まではそうでなくても、ここでは助けって言えば皆すぐに助けてくれるよ?あなたはもう私たちの家族でしょ?」
ここでの平和な生活はとても心地良かった。初めての一人暮らしは順調だった。
だけど元の世界では、家に帰れば必ず誰かいてお帰りって言ってくれた。
本当はひとりが寂しくて、家にひとりで居たくなくて、だから、お父さんのようなお母さんのような、カイルさんとララさんのお店に毎日のように来てた。
ご飯が美味しくて、皆で食べると楽しくて、家族といるみたいだったから。
良いのかな?私寂しいって言っても。
ひとりにされるのは嫌だって言っても良いの?ここにいても良いの?皆のこと家族って思っても良いの?
「レイちゃん、良いんだよ?」
「ララさん、私…寂しかった、ひとりで、ひとりぼっちで、怖かった…ずっと。私をこの村の皆の家族にして欲しい」
「やっぱり。あんただけだよ、私たちをまだ家族だと思ってなかったのは。皆はもうとっくに家族だと思ってるよ」
ララさんがたくましい腕で抱き締めてくれた。
「ありがとうララさん、私にまた家族ができた、嬉しい」
その瞬間、辺り一面真っ白に光った。
柔らかい優しい空気に包まれた感覚がして、とても心地よかった。
えっ?と二人で驚いていると、
「おいっ!!大丈夫か?なんだ今の!目の前が真っ白に光ったぞ!俺だけか?」
カイルさんが慌てて私たちのいる部屋に駆け込んできた。
「ちょっとアンタ!レイちゃんの寝てる部屋にいきなり入るなんて、またフライパンで殴られたいのかいっ!?」
また…?またとは…?
「おーい!レイはここにいるのかー?」
一階のお店の方からノアさんの声が聞こえた。




