2.帰りたい
宰相の後ろを付いて歩いた。
一流ホテルというのか、何と言ったらいいのか凄く高級としか言いようのない、お城のような建物の中を歩いた。
私は歩いている途中で私の腕にしがみつき、うつむきながら歩く女の子に話しかけた。
「あなたの名前を教えてもらっていい?私はみれいっていうの。美術の美に難しい方の麗とかいて美麗」
女の子はまた鼻をグスッとすすると私の方に顔を向けて、
「私はみゆと言います。美しいに結ぶと書いて美結です」
眼を真っ赤にして私を見つめ名前を伝えると、またギュッと私の腕をつかむ力を強めた。この子の不安と恐怖が伝わってくる。
廊下の突き当たりにあった大きな扉の中に入るように誘導された。中に入るととてつもなく広い部屋だった。たぶん私の家がすっぽり入るくらいの広さ。
お父さんが私たちのために購入した、小さくても家族みんなの距離が近くて幸せだった家。
お父さん、私が突然いなくなって泣いてるかもしれない。私と同じでスイーツが大好きで、来週の父の日に一緒にスイーツ巡りしようって約束してたのに。
お母さん、朝早いのに私を見送ってくれて、それが最後になるなんて。優しくて明るくて怒ると怖いけど、私たちに愛情を惜しみなく注いでくれた。
弟の裕太、中学生になった途端私のことをデブ!といって、急に距離を置くようになって。でも小さいときの裕太はお姉ちゃんと言えず、ねねと言って私の後ろに貼り付いていたのに。私がいなくなって、少しは悲しんでくれているかな。
家族のことを思うと堪えきれず涙が溢れてくる。大きなソファーに座るように言われ、ポタポタとこぼれる涙をそのままに美結ちゃんの手を離さずに座った。
美結ちゃんは私の腕に顔を押し付け、何も見たくないと言わんばかりに微動だにしない。
私たちの目の前に宰相が座り、その後ろにいかつい顔をした身長2メートルくらいありそうな男の人が立っている。腰に刀のようなものを付けている。怖すぎる。
メイドカフェに行ったことはないけど、そんなような服を着た女性が目の前にお茶らしき物が入ったカップを置くと部屋の隅の方に移動した。
「…これをどうぞ、使ってください」
宰相が胸元からハンカチを出して私に差し出した。
お父さんお母さん裕太のことを思い、こぼれている涙をそのままにしていたのを気にしてくれたようだ。
私はそのハンカチを素直に受け取り自分の瞼に当てた。ほのかにムスクの香りがする。そのハンカチで鼻もかんでしまおうと思ったが、それはさすがにやめておいた。
「私から話しをさせて頂きたいのですがよろしいですか?」
私は涙を拭ったハンカチ握りしめ頷いた。宰相はどうぞとお茶の入ったカップに手を向けたが、私は宰相から眼を反らさずにそれを無視した。
飲めるわけがない。
勝手に召喚されて誰一人、何一つ信用出来ないのだから。
私がカップに手を付ける様子がないことがわかると宰相は話し始めた。
「ここはユストル王国と言います。国の北側は高い山々があり、東西南と他の国に囲まれています。
そして東の国との国境に深い森があり、そこには魔物が発生する元となる瘴気を生む巨大な沼があるのです。
その魔物は生命体を糧に恐るべき早さで増殖していきます。生命体というのは私たち人間も含まれます。
大昔、この大陸が魔物で埋め尽くされる悲劇がおきたのです。
私たちの創生主で母でもある女神クリスティーナが人類の救済のために聖女様を遣わしてくださいました。
聖女様は魔法で瘴気の沼を浄化し魔物で穢れた大地をも正常化してくださいました。
しかし、聖女様は不老不死の力はなく、聖女様の寿命が尽きるとまた魔物が増殖する。女神クリスティーナは聖女様を遣わす力を我々に与えてくださいました。
先月、今代の聖女様が女神の元に旅立たれました。
聖女様がいないということは、また魔物が人類の生命を脅かすことになる。我々は女神の与えてくださった力により、聖女様をお迎えしたのです。それがあなた…貴女たちなのです」
どういうこと?
私と美結ちゃんがここで怯えなければならない状況の全てが、この国のこの人たちの都合でしかない。
そしてなぜ私たちなの?
「聖女様をお迎えするのは、だいたい100年に一度です。聖女様はかなりの長寿で、今までの聖女様は100歳までご存命の方がほとんどです。
今代の聖女様が旅立たれ、このあと1年もすれば瘴気が漂い、そうすれば魔物が発生し我々はその餌食になるでしょう。
そうならないために聖女様を我が国に呼び寄せたのです」
私の腕にしがみついている美結ちゃんがピクッと動いた。
私の腕に顔を貼り付けてはいるが、話しは聞こえている。いくら私より幼いといっても、話しの内容は理解できているだろう。
「なぜ私たちなのですか?あなたたちは私たちを選んだのですか?」
あなたたちの都合を理解したと思われたくない。
だったら仕方ないね、って受け入れているなんて絶対に思われたくない。
「召喚の儀は、その儀式を行うのは我々ですが、我々が望むのは聖女様であるということです。
それは女神の采配によるものです。我々はすでに魔物の増殖を確認しています。現聖女様が旅立たれた今、召喚の儀を執り行いました。
しかし、聖女様がお二人召喚されることは私たちも想定外でして…」
私の目を見ながら話す宰相が僅かに顔をしかめた。




