17.第一王子の失恋
宰相は第一王子フェリクスの執務室に来ていた。
召喚された二人にこの国の事情を説明したが、なぜか二人とも元の世界に帰ることを強く希望しており、宰相では説得が難しくなってきたと言う。
宰相から聖女たちの思いを聞かされた。
「聖女様は、《ここに望んで来たわけではないのにいきなり聖女だと言われて、わかりました働きますとはならない》と仰っております」
ん?あの可憐な少女がそんなことを?まぁ、今はそうかもしれないが、これから聖女として魔法が使えるようになれば気持ちも変わるだろう。
「聖女であり、のちに私の正妃となる予定だ。王族として暮らせるのだぞ」
「はい、まずは王族に準ずる待遇で生活の全てを保証させていただくことをお伝えしたのですが、そうではないと」
なに?準王族の待遇では足りないのか?すぐにでも王族になりたというのか。それは私にとっては都合の良い流れではあるが、権力欲があるのか…
「それは聖女の言葉なのだな?」
二人召喚された原因はまだわからないのだろう、魔法長官の報告を待ちたいところだ。
「いえ、お一人は一緒に召喚された女性の腕にしがみついておられ、お顔も拝見できません。ですので、会話のすべてはもうお一方の、少し…大きい聖女様とさせて頂きました」
あの醜い女か、道理でな。醜いうえに準王族の待遇では足りないとは。すぐにでも王族として認めろとは強欲な女だ。
「とにかくお二人とも《家に帰してください》と言っております。そしてこの召喚に関しても《なんの同意もなく連れて来られた、これは誘拐であり拉致。帰してくれないなら監禁という犯罪だ》と」
「誘拐!?拉致?」
なんという女だ。
聖女を召喚しなければ、この国どころか世界が滅びるのをただ見ているしかないのだぞ。浄化の力を持つのは聖女のみなのだから。
それを誘拐?拉致だ?帰さなければ監禁だと?
「こちらの世界の事情についても説明し、それについてはある程度理解を示して下さいましたが、《元の世界で私の帰りを待っている家族がいる》と、《あなたも突然家族が消えたら悲しむだろう》と仰られて」
宰相は、この度の召喚の儀を第一王子であるこのフェリクスの希望により取り仕切り、召喚された聖女に関しても殿下に従うよう陛下より指示されていた。
宰相の私が殿下と聖女の間に入っても良いが、それでは陛下の思惑も、聖女の要望を殿下自身が理解する機会が失われてしまう。
今後の聖女の扱い方を知る必要があるだろう。
殿下には聖女に対面して頂こうと思い面会に来たのだ。
「その、家族が悲しむ云々言ってるのも太っている方か?」
「はい、すべては大きい聖女様の言葉です」
この醜い女のせいで、聖女の心が乱されている。
こいつには元の世界に帰ってもらおう。聖女はそもそも一人だ。あの醜い女に贅沢させる気は毛頭ない。
それに秘匿されているが、召喚された聖女が帰る方法はあるのだ。
それは明らかに聖女の働きが出来そうにない場合。こちらとしても国の存亡に関わるため、聖女でなければ必要ないのだ。
それは帰還の儀といって、召喚されたその日のうちに執り行わなければならない。
召喚した聖女が通ってきた女神の道筋が1日で消えてしまうため、その揺らぎがあるうちに帰還の儀を行わないと元いた場所には戻れないのだ。
すぐに聖女判定を行い、魔力のないあの醜い女に、お前は必要無いと言って帰って頂こう。聖女でもないものが王族になろうなどと思わないことだ。
そうすればあの少女も落ち着き、聖女という尊きものである自身の立場や能力に喜び、生涯私に愛され幸せな人生となるだろう。
「聖女判定を行う。聖女でないものはご希望通りお帰り頂こう。すぐに陛下に面会の申請を。魔法省には帰還の儀の準備を。急げ」
その後すぐに陛下に二人の聖女のことを報告した。
王族としての地位を望んでいる勘違いした女を早く元の世界に追い返すため、速やかに聖女判定を行うことを。
早く聖女である美しい少女と話しがしたい。
聖女判定はしなくても結果なんか決まっている。先に少女の判定を行い、すぐさま貴賓室…、ではなく私の私室の隣に住まわせよう。
神殿では聖女判定の準備は出来ていた。
少女は樽のような女の体に抱き付いたあと、石板に手を当てた。
さあ、光れ、聖女であることをわかりやすく示してくれ。
そこからは記憶が曖昧だった。
あの美しい少女は聖女ではなかった。
聖女判定のやり直しを指示しても、すでに石板は粉砕し判定出来ないどころか、ただの石になっている。
あの醜い女が聖女だった。
しかも千年に一度の大聖女だという。
何故だ、あんな強欲な醜い女が大聖女?
そんな事実を受け入れられず呆然としていると、少女は醜い女の体に腕を回し別れの挨拶をしている。
嫌だ、帰らないでくれ!
君は間違いなく聖女なのに!私のそばにいて欲しいんだ!この際聖女じゃなくてもいい、美しい君が好きなんだ!
第一王子という立場が、ギリギリのところで爆発しそうな感情を押し留めた。
そして私の目の前で、美しい少女は光とともに消えてしまった。
あっという間に、
夢に見ていた聖女との出会い、初恋の感動、妻となる喜び、すべてが光とともに消え失せた。
両手の爪が深く食い込むほど握りしめた手を、さらに力を込めて握った。
何故だ…どうしてなんだ…
彼女を抱き締め愛を囁き、あの美しい黒髪に触れ、可愛らしい唇を己の唇で塞ぎたかった。
私に残されたのはあの醜い女なのか?アイツを正妃にするくらいなら、王位継承権などいらない。
私は今まで、黒髪の美しい聖女と出会うために努力してきたのだ。
もう何もいらない。
失意のまま私室に向かった。
もう何もかもどうでも良い。
「殿下、大聖女様はどうなされますか?」
うるさい!黙れっ!あんな醜い女を妻にする俺を笑いに来たのか!俺にはあんな女は関係無い!二度と関わりたくない!ほっといてくれ!
「知らん!しばらくほっとけ!」
思わず出た言葉に私の側近が呼吸を止めたが、
「御意に」
と言いどこかに向かって行った。
私はそれから3日間私室から出なかった。出れなかったと言っていい。
あまりの悲しみから現実を受け入れることができず、ベッドから起き上がることすらできなかった。
何度か誰かが来たが出ていってもらった。それはそうだ、第一王子としての執務が毎日山のようにあるのだ。こんなことをしていられない。
しかし心でそう思っても体は鉛のように重く、起き上がるのに10日もかかってしまった。
その後宮廷医師が来たり、父上や母上も私の様子を見に来た。
私のこの状態は失恋だと、母上は泣きそうな顔で笑った。これを治すには、がむしゃらに仕事をして疲れて眠る、というのを繰り返しなさいと仰ってくれた。
今でも彼女を思うと辛い。
でももうその彼女はこの世界にはいない。二度と会えない彼女を思うことの辛さ… この胸の苦しみを早く無くしてしまいたい。
それから私は母上に言われた通り、仕事に打ち込んだ。彼女の事を思い出す暇も無いくらい、眠る直前まで仕事をし、気絶するように眠る。
そんな月日を過ごしていると、心の痛みも悲しみも少しずつ薄れていった。
あんなに好きだと思った感情も、美しかった黒髪もすべてがぼんやりと遠くに感じた。
やっと胸のつかえが取れたような気がした。
リリアーナにもそろそろ会って、今までの事を謝らなければと思っていた。
そんな時、父上に呼び出された。




