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15.その頃② side国王陛下

さらに頭が痛くなった。

どんなに傲慢な女だとしても、意図的に飢えさせるつもりもないし、そもそも害するつもりも無かった。

贅沢をするというなら解らせてやろうとは思っていたが。


「大聖女様はご自分の意思でこの王宮から出て行かれたと思います。感知したことの無い高度魔法を使用した痕跡もありました。恐らく転移かと。転移魔法を使えるものはいません、今のこの世界には。使えたのは千年前に召喚された大聖女様のみです」


絶望的だった。

転移を使える魔法使いなど存在しないのだ。目の前のこの魔法省長官ですら、歴代の聖女ですら使えなかった。


ではなぜ転移という魔法を知っているのか。

千年前に召喚された大聖女が使えたと、聖女に関する書物に残っているからだ。

大聖女についての書物を読んだ時、こんな魔法が本当に使えるのかと信じがたいくらい、神とも思えるあらゆる魔法が使えたと書いてあった。


なぜこんな事態になってから思い出したんだ…


それほどの魔法が使えれば傲慢さなどあって当たり前だ。この国どころか世界全土を燃やし尽くすことも出来るのだから。


同じことを思っているのだろう、ライル長官の表情も強張っていた。


なんてことをしたんだ…

こちらの提案した最上級の待遇に不満を示したこと、その上で体型にもあからさまに嫌悪感を抱き、大聖女だとわかっていたのに蔑ろにした。挙げ句、城の者全員で放置したのだ。


まず大聖女は生きているだろう。

別な場所に移動していたとして、どこにいる?国内か?国内にいて我々に報復を考えているだろうか?

それとも隣国に転移し、隣国の後ろ楯を得て我が国に攻め入るかもしれない。


大聖女に謝罪するにしても責任の所在を明確にしなくてはならない。

召喚時から聖女に関わっていた宰相に、召喚から最後に聖女を見た時までのことを聞いた。


「その前に陛下、先ほど調べたのですが、我々は大聖女様の…お名前を…存じ上げません… 聖女様とお呼びしており、私からは名前をお伺いしておりません」


眩暈がした。


召喚した聖女がいなくなった。

しかもそれは千年に一度しか現れない大聖女。

聖女がいなければ国は魔物により滅亡する。

それなのに虐げ蔑ろにした。

挙げ句の果てには名前すら知らない。

おぞましいほどに愚かな対応…


このような醜聞が国民に知れ渡ったらどうなる。王家の信頼は地に墜ち、民衆による激しい非難もしくはクーデターは避けられないだろう。

聖女がいないということは、近い将来魔物によりこの国が蹂躙されることは子供でもわかるのだから。


同様に隣国にこの情報が流れでもしたら、我が国を軽んじ大聖女を自国に抱え込もうと血眼になって探すに違いない。


「宰相、お前は聖女が召喚されたあと話しをしたな?詳しく話せ」


「はい、まさか二人召喚されるとは誰も想像しておらず、皆が驚きました。まずフェリクス殿下が聖女様を貴賓室に案内しようとエスコートを申し出たのですが、聖女様が拒まれたので」


「フェリクスは二人ともに拒絶されたのか?」


「…いえ、殿下が手を差し出したのは…細い方の、帰還した少女の方だけでした。お二人とも怯えた状態でしたので、その後お二人一緒に貴賓室に移動して頂きました。

 そしてこの国のこと、聖女様としての地位と生活は保証するという話しをしました。まさか、王族に準じた地位を不要と言うとは私も想像が及ばず」


「ん?あの太い聖女が準王族の地位では足りないと言ったのではないのか?」


「話しは概ね大聖女様としました。あの細い少女は大聖女様の腕にしがみついているだけでしたので。

 大聖女様は、ここには何の同意もなく連れて来られたのでこれは拉致であると。元の世界に返してもらえないのなら監禁であると仰いました。だから王族に準じた生活など不要、元いた世界に帰りたいと、帰して欲しいと仰ってました」


「…っ!拉致!?そんな話しは聞いてないぞ!王族に準じた生活じゃ不満だと言ったのではないのか?」


「いえ不満とは…我が国の魔物と瘴気のこともご説明し、それに関してもご理解頂けたようですが、望んでこの世界に来たわけではなく、私も大切な家族が帰りを待っていると」


全身から冷たい汗がじわりと浮かんでくる。吐き気にも似たような不快感が込み上げてくる。


大聖女は国王カーティスの中ではすでに傲慢で愚かしい女ではなくなっていた。


まさに彼女のいう通りだった。

彼女の同意もなく勝手に召喚し、そして聖女として働けと、さも当然のように話し、王族のような生活ができることをまさか拒む者がいるなんて思いもしなかった。


ましてや聖女という地上の女神に選ばれた極上の地位を捨て、帰りたいなどと言うなんて思いもしなかったから。


彼女の言う通りだ。これは誘拐であり拉致だ。元いた世界に帰さなければ監禁に違いない。


我々が勝手に拒むことは無いと思い込んでいた、誰もが羨むと思っていた準王族の地位もいらないと、家に帰りたいと言った。

当たり前だ、家族もいない、知らない世界で生きていけと言われ、喜ぶ者などいないだろう。


そんな彼女に私はなんと言った?


《せいぜい己の役割を果たすんだな。召喚時に聖女の待遇について大層ごねたらしいな。準王族として扱うことに何の不満がある。これ以上の要求は一切受け付けない。神官長の指示に従い聖女としてのスキルを上げるんだ》


傲慢なのは我々だ──


彼女は、

名前すらわからない彼女は、

至極当たり前のことを言っていただけなのだ。


止まらない冷たい汗のせいなのか身体が僅かに震え出し、事の重大さに強い拍動とともに頭痛が強くなる。


「大聖女を最後に見たのはいつだ」


「聖女登録をしたときです。その時はライル長官と一緒でした」

宰相の隣に座っているライルが頷く。


「大聖女の教育や待遇について指示は出さなかったのか?」


宰相は少しためらいながらも口を開いた。


「聖女召喚の儀に関しては、フェリクス殿下が指揮を執っておられました。聖女判定までは殿下の指示で動いておりましたが、判定後はお姿が見えませんでした。しかしその後もてっきり殿下の指示のもと大聖女様は過ごされていると…」


「なぜ指示を確認しなかったんだ」


「僭越ながら私は陛下の側近としても、この国の宰相としての仕事もございます。殿下にも側近がおりますので、私が口を挟むのは越権行為かと…」


フェリクスのやつ、私には自分の都合の良いように伝えたのか。愚か者め。しかし、一番の愚か者は私だ。


「フェリクスを呼んでくれ」


大きなため息をつき天井を見上げ、イスの背に体重をかける。背中のシャツが冷えた汗で貼り付きこの上なく不快だった。








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