14.その頃① side国王陛下
「どういうことだ!なぜ聖女がいない!なぜ見付からないんだ!見付からなかったら、お前たち全員の首がどうなるか考えろ、早く見つけ出せっ!」
ユストル王国国王カーティス・ユストルは自身の執務室の机に肘を付き、大きなため息をつくと組んだ手に額を乗せた。
なぜこんなことになった、2ヶ月も聖女を放置していたなんて、なんて愚かなことをっ…!なぜその間誰も気が付かなかったんだ。
それは昼に判明した。
聖女召喚から2ヶ月が経ち、そろそろこの国の歴史や教養、マナーなども身に付いた頃だろう。国中に披露目を済まし、さっさと瘴気の沼に行ってもらおうと思った。
あの謁見の時の聖女を思い出すと、未だに嫌悪感や腹立たしさが込み上げる。
召喚した時、帰りたいと散々ごねたうえ、準王族での待遇では足りないと言ったらしい。なんて傲慢な女なんだと思った。
私から釘を刺してやれば大人しくなるだろう。わざわざ時間を割いて会う時間を作ったのに、こちらが用意した服など着ないと言わんばかりに、この国のもっとも尊き者に会うにも関わらず、寝巻きのような服を着ていた。暗にもっと高級なものを用意しなければ着ないとでも言っているようだった。
そのくせ自己管理のなっていない体をしている。顔も手も肉でパンパンだった。
原因はわかっていないが、今回聖女が二人召喚された。魔力の無かったもう一人の少女の方がよほど聖女らしかったそうだ。なぜこんな醜い女が聖女なんだ。しかも千年に一度の大聖女だと?
私を前にして挨拶も出来ず、私の苦言を無能の典型のような顔で聞いていた。置かれた状況を厳しく解らせないとならん。そばにいた護衛にしっかり躾るように伝え、お前の要望など聞く耳持たないと言わんばかりにさっさと部屋を出た。
その後は聖女登録もしていたので、もちろん教育も進めているものだと思っていた。初っぱなからの聖女の態度による腹立たしさから、どのように過ごしているか興味も持てず、晩餐に誘うこともしなかった。
今年に女神の元に旅立った聖女も、召喚されたあとはしばらくふさぎ込んでいたらしい。父上から聞いたことがある。
しかしその後は聖女としてこの国のために力を使い、国に尽くした。
生涯独身を貫いたのは、元の世界に婚約者がいるからと頑なにこの国での婚姻を拒んだからだ。
その聖女が旅立つ時「やっとあの人のもとに嫁げる」と言って静かに目を閉じたと聞いた。
本来なら聖女は王となる者と婚姻関係を結び王妃となる。国外に逃亡されたら面倒だからだ。言ってみればお飾りの王妃だ。ある程度の贅沢は好きにさせ、その代わり聖女としての仕事は制限なくしてもらう。
我が国は一夫一妻制であるが、聖女を正妃にした場合のみ、側妃を高位貴族の中からなら誰を選んでも良いし、その側妃の子を次代の王として擁立することもできる。
この聖女は恐らく我が息子である第一王子フェリクスと婚姻することになるだろう。フェリクスには幼い頃から仲の良い公爵令嬢がいる。その者が側妃となるだろうから、後ろ楯としてはこの上ない。
この傲慢な聖女には仕事をさせるだけだ、贅沢など必要ない。
宰相には、聖女にかかる経費は最低限にし、贅沢品を要求すればその場で拒否するよう指示を出し、頭からその存在を追い出した。
そして今日だ。
宰相に教育の進捗情報の確認と、披露目の準備を始めるよう指示を出したあとから騒がしくなった。
「いない?何を寝ぼけたことを。そんな世迷言を私に報告する意味があるのか?いなければ探し出せ」
「…それが部屋にいた形跡は残っているのですが、部屋は綺麗に清掃され何日も前から居なかったようなのです」
いつも神経質なくらい身なりが整っている宰相の髪が明らかに乱れており、これからうんざりする程面倒な話しを聞かされるのかと不機嫌な顔を隠さずに宰相を見る。
「どういうことだ、すべて話せ」
宰相は手の震えを隠すことも出来ず、各所属から報告を受けた用紙を見ながら話し始めた。
「部屋の暖炉の薪もそのままで、ランプの油も減っていません。恐らく使っていないと。使用人全員に確認しましたが、誰ひとり食事も運んでおらず、聖女の部屋に行ってすらいないと…」
理解しがたい状況に思考が途切れる。
「…なんだと?…誰ひとり行っていない!? 食事も運んでいないだとっ!? 誰の指示だ? それでは、生きていない可能性もあるではないか!
誘拐は…連れ去られた可能性は?」
「それはあり得ません、聖女様の部屋の一角は魔法省とこの陛下の執務室の前を通り抜け、さらに奥にあるこの建物の裏の離れですから、まずこの前を通ることは不可能かと」
確かに魔法省の魔法師たちによって、この区画は厳重に管理されている。これまで侵入者は何度となく現れたが、この執務室の前までたどり着くことはただの一度も無かった。
「食事も与えられなければ部屋で弱っているはず、か。そうなれば自分の意思で出ていったのか? だとしてもどこへ行くと言うのだ。侵入が不可能なら、出て行ったこともわかるだろう。あの女はこの世界で頼れるものなど無いのだぞ」
「仰る通りですが、恐らくは魔法を使えるようになっていたようです」
国王カーティスは息を飲んだ。
さすがに大聖女だと言っても、教えられてもいない魔法を一月で使いこなすなんて。…いや違う、大聖女だからこそ出来たのだ。魔力もその能力も桁違いなのだから。とてつもなく最悪な状況に頭がガンガンと鳴り頭痛がする。
説明すると言って魔法省長官ライルが入ってきた。
「長官、どういうことだ」
右手でこめかみを押さえる。
「聖女様の部屋を確認したところ、魔力の残渣がありました。驚いたことに聖女様はかなりの数の魔法を習得しているようでした。生命維持のため危機的状況を回避することを願ったことで魔法を認識したのでしょう」
「生命維持…だと?」
「1、2ヶ月飲食しなければ、普通の人間は生きてはいられません。恐らく水も用意されていなかったので、飲食したいと願ったことから魔法に気付き、次々に習得していったと思われます。魔力は無尽蔵にありましたし、大聖女様ですから」
もはや言葉も出なかった。水すら用意されていなかったとは…
救いようの無い事実に頭を抱えた。




