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10/30

10.放置されてる

暗くて広いこの部屋の中で、私の心臓の音だけが響いていると思うくらい静かな時間。

手に持った水の入ったコップをしげしげと見る。怖い。


「飲めるのかな?変な臭いもしないし透明だし、飲んでもいいよね?」


誰もいないけど一応確認した。

何よりのどが渇いてカラカラだった。飲んで死んでももういい!この世界に私が死んで悲しむ人はいない。


えいっ!と一気に飲み干す。


「…っ!はぁーっ、美味しー!」

今まで飲んだ水のなかで間違いなく一番美味しかった。ほぼ飲まず食わずで1日経っているのも含めても、最高に美味しい!


「あ~美味しかった!もう一度飲みたいなぁ美味しかったー!」


カラのはずのコップを持っている右手に重みを感じた。

コップを見ると、水が入っている。たった今このコップの中身を空にしたのに──


「…………。」


持っているコップをいよいよ反射的に投げたいくらいまた驚いた。でももうコップと水が突然現れて、たった今その水を飲んだのだ。心臓はまだドキドキしているが、少し冷静になってきた。


また臭いを嗅いで、月明かりで濁りが無いのを確認する。さっきと同じ水だと思う。よくわからない水はもうさっき一度飲んでいる。

迷わずまた一気に飲んだ。


「美味し~!何この美味しい水!水がこんなに美味しいなんて、生まれて初めて!」


それからコップに水が足されることはなかった。

なんだろう、妖精の仕業?

それとも暗くて見えないけど誰かいる?

ヒィッ!どっちにしても怖い!


え?もしかして魔法?

そういえばさっき黒いマントの人が、私には魔力はあるって言ってたよ!

どうしよう、試してみる?でも違ったときの恥ずかしさはかなりのダメージがあるよ、この部屋に私一人でも。


でも恐らく見放されたこの状況で、恥ずかしいとか言ってる場合ではないくらい、部屋は暗いし寒いし、お腹空いて無理!!


とりあえず誰かに頼んでる風に言ってみる?


「へ、部屋を明るくして欲しいな」


呟いた途端パァーッと部屋中が明るくなった。今まで真っ暗だったので眩しくて目を細める。


「ヒィッ!…怖いよぉー」


でも、明るくなった。

これって私の願いが叶うってこと?これって魔法なの?


握っているコップを見つめ、

「美味しいお水が飲みたい」と呟いてみる。シュンッ!と聞こえない音が聞こえるような一瞬でコップに水か満たされた──


「…っ!これって魔法だよね…?」




聖女認定式から一週間経った。

私のこの部屋には誰一人来ない。

でも私は生き延びていた。


「あーお昼はどうしようかな?久しぶりに美味しいお蕎麦が食べたいな」


私の座っているソファーの前のテーブルに湯気の上がった天ぷらそばが現れた。


「美味しそ~!いただきます!」

手を合わせ、誰に気兼ね無くおそばをズルズルとすする。

あー、日本食最高!お出汁最高!

食後のデザートはわらび餅にした。




私の魔法はチート級だった。

1週間使い続けると少しこなれてきた。


あれから恐る恐る欲しい物や、したいことを口にするとその願いは叶う。生きるための食べ物は、完璧過ぎるほど私の願い通り現れる。


今のところ私が生命を維持していくために必要な願いだけに使っていた。


でもこんなに上手くいくならと試しに一度、元の世界に帰りたいと願ってみた。

 変わらずシーンとした室内にいる私だった。思わず照れ隠しに「だよねー」と言って笑った。悲しくなった。


でも魔法に気が付かなかったら、私の命は危なかったよね?


なぜ誰も来てくれないのか、それを考えると、私ってそんなに嫌われてるんだーと絶望的な結果にたどり着くので、もう誰かに頼ろうとする気持ちは捨てた。


「自分でなんとかしないと。誰も助けてはくれない」


お父さんお母さんの中では、私のことはもう居なかったことになっているけど、それでも私は大切に育てられてきた。


大好きな両親に深い愛情で大切に育ててもらった私を、私が粗末にしてはダメだ。今は辛くても生き延びることを考える時だ。

 そのためにはヤケにならず体力気力を温存しないと。


でも備わった本能が私の一番の敵だった。


「食べたい時に食べたい物を食べたいだけ食べれるって、夢にまで見た理想的な状況だよねぇ、幸せ」


わかっている、この環境が及ぼす私の体型への影響。

 生まれてからずっと本能のままに食べ続けた結果、私の体は球体に近付いていたことを。


ところが私の体型は今、私史上最高に細くなっているのだ。

誰も止めてくれないから魔法で欲望のままに飲んだり食べたりしているのに!

私の魔法で出す食事はどんなに食べても太らない。魔法最高。


最初は信じられなかったが、私が元の世界で着ていたパンツスーツがゆるゆるになった。


クローゼットを勝手に開けて着れそうな服を探してみると、国王陛下に会うときに私でも着れそうな服だと用意してもらったワンピースが出てきた。


あの時せっかく用意してくれたのに、私のお腹がつかえて着れなくて、メイド1号さんがブチギレた時のワンピース。


恐る恐る着てみると、なんと!着れるじゃないの!コルセット無くても着れる!しかもかなりゆとりがある。



そういえばと久しぶりに鏡をよく見ると顔が一回り小さくなった気がする。

 お父さんに何もかもそっくりな私、この顔もそっくりなのに、お父さんはぱっちり二重で私は腫れぼったい目。


それなのに痩せてきたら、私の目もお父さんにそっくりなぱっちり二重になっている。

遺伝すらも阻む私に宿る脂肪たち。痩せてきた顔はお父さんにそっくりになった。


「鏡を見たらお父さん会えるなんて複雑だわ」


しばらくこの魔法を使ってみて感じたことは、食べ物に関しては私の想像を忠実に再現していることと、食べた満足感はあるが、実際の栄養素は想像の範疇外なので体に蓄えられてないのでは?という結論に至った。


思うことは魔法最高!ということ。




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