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夢の国の物語

作者: しゅみ
掲載日:2025/11/09

 彼女のトイレが終わるのを外で待っていた。


 食後に突然お腹がいたいと言いだして個室にこもってしまったのだ。あまりのいたみに「下剤が入っていた」と主張していたが某有名テーマパークでそんなことがあるはずはないと言って僕は笑った。彼女の直感は僕らの中ではとても鋭いことで有名だったけどさすがにそれはない。そうした考えはとても子供染みている。


 彼女はいつも子供らしいことで喜び怒り悲しみそして楽しむ。それに彼女の味覚は昔から子供っぽいのでどこへ出かけても子供の好きそうなものばかりを食べる。今日だって僕が和食御膳を食べているときに彼女はケチャップのかかったハンバーグとタルタルソースのかかったエビフライを食べていた。突拍子もないことを言うのはそういう子供らしいところにあるのかもしれない。かなり長い時間トイレにこもって出てこない彼女に「大丈夫?」とLINEで聞いてみたが一向に返事はなく既読すらつかなかった。


 相変わらずトイレの外で待っていると赤い野球帽をかぶった少年が歌いながら一人で男子トイレに入っていった。帽子には白い文字で【Boston】と書かれていた。多分チームの応援歌なのだろう。とても嬉しそうだった。姿こそ見えないものの歌声は分厚い壁を貫通して周囲に響きわたっていた。それにしても某有名テーマパークにまで遥々やってきて野球帽をかぶり応援歌を歌うなんてとても変わった子だと思った。あのくらいの歳の子なら普通は◯ッキーの歌を歌いそうなものだ。実際、すれ違った同い年くらいの子供たちは皆んなミ◯キーの歌を歌っていたし人生を諦めたようなくすぶったおじさんですらミッキ◯の歌を口ずさんでいた。ここに来ると誰もが魔法にかかってしまう。その中にいて少年は野球チームの応援歌を熱唱しているのだ。持っているモノが違うなと思った。


 するとボストンバッグを抱えた痩せ型の男が男子トイレに入った。視線が思わず彼に釘付けになったのはボストンバッグを持った人間を他に誰も見かけなかったことと決して無関係ではなかった。それは夢の国に持ち込む荷物にしてはあまりにも異形な物だった。男がトイレに入って少ししてから少年の歌声は急に途切れた。代わりに「うぐっ」という何かで首を締め付けられたような声が聞こえ、それっきり何も聞こえなくなった。


 スマホが振動した。けれども僕の意識は今や完全に男子トイレに集中していた。某有名テーマパークでそんなことがあるはずはない。いやもしかしたら......万が一のこともあるかもしれない。一つの可能性が頭をよぎる。白昼堂々と子供を誘拐するなんてことがあるだろうか?けれどもあのボストンバッグなら恐らく小学生を一人折りたたんで入れるくらいの余裕はある。子供たちが楽しそうにスキップしているのが視界に入った。僕は武者震いする。そして男子トイレに突入した。


 痩せ型の男が立っていた。傍らには奇妙に膨らんだボストンバッグが無造作に転がっている。近くには赤い帽子が落ちていた。「いっけね」と言って笑いながら帽子を拾う男。どう見ても頭のサイズが合わないのだが無理やりかぶろうとするため帽子がミリミリミリッという音を立てていた。間近で見る男の眼光は鋭く血走っており表情全体が干したイチジクのように乾燥している。夢の国に入園することを許可された人間の人相とはとても思えなかった。


 とりあえず純白の洗面台で手を洗うことにした。鏡に写る僕の顔は不安でいっぱいだったが勇気を振り絞って男の一挙一動に注目してみた。痩せ型の男は体型の割に力が強いようで見るからに重そうなボストンバッグを手慣れた感じで持ち上げるとひょいと背中に背負った。このまま外へ出してはいけない。そう思った僕はとっさに声をかけた。


「隠れミ◯キーって知ってます?園内全体に小さなミッ◯ーの模様が隠されているんです。僕はそれを見つけるのが趣味でして。実はこのトイレにも隠されているんです。どこにあるか分かります?」


 突然声をかけられた男は蛇のような目つきで僕を睨みつけた。けれども次の瞬間、その顔はよそ行きの表情に切り替わっていた。


「へェ、そーですか。全然気づかなかったなァ。ここにもあるんスね。隠れている模様とやらが」


「せっかくなので探してみてください」


 男は早く切り上げたそうだったが怪しまれないように僕の提案に付き合うことにしたようだった。血走った眼球がぐるぐると旋回しながらトイレの至る所をサーチしていた。それは隠れミッキ◯を探すというよりは犯行の証拠となる痕跡がないかどうかの最終確認をしているようにも見えた。


「ダメだァ。見つからないや。どこにあるんスか?」


 男の声は笑っていたが目は笑っていなかった。冷水で洗いすぎて冷たくなった手をハンドタオルで拭きながら僕は覚悟を決めた。


「見つける方法があるんですよ。誰でも出来る簡単な方法です。子供にもできますから」


 痩せ型の男はほんの少したじろいだ。次の瞬間、僕は大声で歌い出した。何年ぶりだろう。彼女とカラオケに行った時もこんな風に大声で歌ったことなんて一度もなかった。とても恥ずかしい。けれどもそんなことは言ってられないのだ。僕は男の前に立ちはだかってトイレの出入り口でとにかく熱唱した。


 行き交う人々がざわつきはじめた。大人が男子トイレの出入り口を封鎖して熱唱しているからだ。あまりの異常事態に次々と係の人達がやってくる。痩せ型の男は混乱しているようだった。その隙に僕は男を押し倒す。静止する係員を振り切り床に転がるボストンバッグのチャックを開くと、目をつぶったあの少年の姿が現れた。


 痩せ型の男は周囲の人達の見事なチームワークでただちに連行された。少年は依然として目覚めなかったが命は無事だったようで駆けつけた両親が嬉し涙を流して抱きついている。頭のおかしい成人男性は一転して夢の国で人命を救ったヒーローとなった。そう言えば彼女はどうしているだろう?LINEを確認すると隠れ◯ニーの写真が現れた。なるほど女子トイレには隠れミ◯ーがいるようだった。それはとても珍しいものらしく彼女はお腹のいたみに耐えながら激レアの隠れミニ◯を発見してテンションが上がっていたらしい。


 背中を叩かれ振り返るとスッキリした表情の彼女がいた。激レアの隠れ◯ニーを見つけたことに加えて聞き覚えのある歌声が男子トイレから聞こえて来たことにより不思議とお腹のいたみが治ったそうだ。彼女はあの歌声の正体が僕だと主張して引かない。某有名テーマパークのトイレで熱唱するなんて子供じゃあるまいし僕がそんなことするはずないだろうと言うと「確かに」と彼女は笑った。彼女の直感は僕らの中ではとても鋭いことで有名だけどさすがにそれはないよと僕は言った。そうした考えはとても子供染みているから......。


「魔法にかかって夢でも見ていたんだよ。きっと」


 すっかり機嫌の良さそうな彼女が歌を歌いながらスキップをはじめた。

ホーンテッドマンションには隠れドナルドがいるそうです。

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