友情のカタチ
おかしな転校生だった。
転校してきた理由は、本人の事情。多くは語らなかった。
よくある家族の仕事などが原因ではないという。
「渡辺尽です。よろしくお願いします。」
そう名乗って頭を下げた転校生の手や足には、無数の傷跡があった。
先生が言う。
「渡辺君が学校に慣れるまで、クラス委員が面倒をみてあげてくれ。」
そうしてその曰く付きの転校生の世話役に指名されたのが、
クラス委員の中田義だった。
転校生の渡辺の世話役を任されて、
クラス委員の中田は、放課後に校内を案内して回った。
「あそこが理科室で、あっちが音楽室で・・・」
中田はてっきり、渡辺は無口で暗い子だと思っていた。
転校の理由が本人にあるというからには、
きっといじめが原因だろうと思っていたから。
しかし、その予想は外れた。
渡辺は中田の話に笑顔で答え、明るく活発な子だった。
「へえ~、大きな学校だねぇ。」
学校を見る目は輝いていて、当初見せた気まずさはもうどこにもない。
中田は渡辺に学校の隅から隅までを案内していった。
クラス委員の中田が、転校生の渡辺を連れて教室へ戻ると、
クラスメイト達が待ち構えていた。
「おかえり!この学校はどうだった?」
「結構大きいだろう。遊び甲斐もあるんだぜ。」
「かくれんぼも鬼ごっこも、やってみたらとても楽しいぞ。」
クラスメイト達の輪に囲まれて、渡辺は楽しそうにしている。
今はもう放課後。
学校は学び舎から遊び場へと姿を変えている。
クラスメイト達は、転校生の渡辺と一緒に、
早速、学校で遊ぶことにした。
かくれんぼ、鬼ごっこ、ケイドロ、缶蹴り、だるまさんが転んだ、などなど。
思いつく限りの遊びにみんな夢中で楽しんだ。
最初に異変に気がついたのは、クラス委員の中田だった。
それからしばらくして、次々と生徒達がおかしいと思い始めた。
何がおかしいのかと言うと、鬼が変わらないのだ。
かくれんぼにしろ鬼ごっこにしろ、大抵の子供の遊びには鬼がいるもの。
その鬼が他の子供達を追いかけ、楽しむのが、子供の遊びだ。
鬼は最初に捕まえた子供と交代するのが定石。
ところが、今遊んでいる鬼ごっこでは、鬼がちっとも変わらない。
よく見てみると、鬼はいつも最初に、転校生の渡辺を捕まえていた。
決して鬼の方がわざと狙ったわけではない。
注意深く見てみると、渡辺はあえて鬼になろうとしているように見えた。
そして一度渡辺が鬼になると、誰も捕まりはしなかった。
決して手を抜いているようには見えないのだが、
しかし鬼はずっと渡辺のまま。
だからクラスメイト達は渡辺に言った。
「渡辺君、わざと鬼になる必要は無いんだよ。」
「もっと自由に遊んでよ。」
「僕達に気を使わないで。」
しかし、渡辺は静かに首を横に振って拒否した。
「それじゃ、遊びがすぐ終わってしまう。
一通り鬼が巡れば、遊びは終わってしまうものだから。
僕はみんなと友達になりたくて、ずっと遊んでいたいんだ。」
「そ、そんなことをしなくても、遊びを辞めたりしないよ。
渡辺君だって、もうちゃんと友達だ。」
中田が代表して答えたが、渡辺は頑なだった。
みんなと少しでも長く遊んでいられるように、
渡辺は自ら進んで鬼を引き受けた。
鬼が変わってしまったら遊びが終わってしまう。
その考えを渡辺は譲らなかった。
しかし、これはこれで手加減されているようで、クラスメイト達は楽しめない。
「やっぱり、渡辺君がずっと鬼なんておかしいよ。」
とうとう痺れを切らしたクラスメイトに、そう言われてしまった。
すると渡辺は答えた。
「僕がずっと鬼である理由があれば、良いんだよね?
そうしたら、みんなずっと遊んでくれるんだよね?」
そして渡辺は辺りを見渡して、落ちている木の枝を拾った。
先が尖った丈夫な木の枝を握ると、何を思ったのか、
それを自分の足めがけて思いっきり刺した。
ザクッ!
半ズボンで剥き出しの肉に木の枝が突き刺さる。
木の枝が刺さった足からは血が流れ落ち、足は血で濡れた。
渡辺は青い顔色になって言う。
「ほら、これで僕はもう走れない。
鬼を交代するのは難しいけど、手を抜いたわけでもない。
だからみんな、もっと鬼ごっこして遊ぼう?」
自ら足を傷つけてまで、遊ぼうとねだる渡辺に、クラスメイト達は騒然とした。
「自分で足を刺すなんて、何考えてるんだ?」
「遊ぶどころじゃないよ!
とにかく足の血を止めないと!誰かハンカチ持ってない?」
とにかく渡辺の怪我を治療しなければ。
クラスメイト達は鬼ごっこどころではなくなって、
渡辺の怪我の応急処置をして大人を呼びに行った。
そんなことがあった次の日。
渡辺は足の怪我をもろともせず、学校に登校してきた。
心配するクラスメイト達。
「渡辺君、足の怪我は大丈夫?」
「あんなに血が出てたし、今日は休んだほうが良いんじゃ。」
そんなやさしい言葉に、しかし渡辺は言う。
「あんな怪我、どうってことないよ。
ほら、僕はちゃんと歩けてるでしょう?
それよりも、僕はもっとみんなと遊びたいよ。
いっぱい遊んで、友達になろう。」
クラスメイト達は顔を見合わせた。
授業中も上の空で、渡辺の怪我について考えていた。
果たしてこのまま放っておいていいものか。
いや、治療は既に受けたはずだ。
松葉杖を突いているわけでもないし、傷は見た目ほどではなかったのだろう。
それならば、渡辺の願いを叶えてやるべきだろうか。
クラス委員の中田を始めとして、クラスメイト達はそう考えた。
だから今日も、放課後になると、
クラスメイト達は、渡辺と一緒に学校で遊ぶのだった。
その日も渡辺は、クラスメイト達に混じって元気よく遊んでいる。
さすがに足は万全とはいかないようで、軽く足を引いていた。
しかし、渡辺本人は笑顔で楽しそうにしているので、
クラスメイト達は心配せず、一緒に夢中で遊ぶのだった。
昨日は鬼ごっこがメインだったので、今日は缶蹴りをメインに。
そんな風に子供達は遊びに困ることはなかった・・・はずだったのだが。
やはりおかしい。
今度はクラスメイトの誰もが気が付いた。
今日も一度鬼が渡辺になると、鬼が変わらないのだ。
渡辺は一見、手を抜いているようには見えない。一生懸命。
しかし、よく見てみると、逃げる子供を巧みに逃がし、
自分がなるべく鬼であり続けるようにしている。
それに気が付いて、クラスメイト達が今度は咎めるように言う。
「渡辺君、また手加減してるでしょう?」
「鬼を続けるなんて、そんな気を使わないでって言ってるのに。」
すると渡辺は悲しそうな顔をした。
「だって、昨日はみんな最後まで遊んでくれなかったよ。」
「それは、渡辺君が怪我をしたからだよ。」
「あんなに血を流してるのに、鬼ごっこなんてできないでしょう?」
「手加減する必要はないんだよ。」
しかしやはり渡辺は頑なだった。
「手加減なんてしてない。
僕はみんなと友達になるために、長く遊びたいだけなんだ。」
すると、クラスメイト達は微笑んで答えた。
「そんなことをしなくても、僕達はもう十分に友達同士だよ。」
「ほ、本当に?」
渡辺は信じられないといった様子。
だから中田は言ってあげた。
「もう渡辺君と僕達は友達同士だから、好きに遊んで良いんだよ。」
すると渡辺は、表情をぱぁぁと輝かせた。
「本当?本当にみんな僕の友達になってくれるの?
じゃあ僕、みんなのためにもっと上手に頑張るね!」
言葉の前半はクラスメイト達を微笑ましく思ったが、後半の意味がわからない。
すると渡辺は周囲を見渡し、大きめの石を拾って持ってきた。
そして、その石で自分の足を叩き始めた。
ガスッ!ガスッ!ガスッ!
渡辺が手を振り下ろす度に、足が紫色に染まっていった。
「なにしてるの、止めて!」
「おい、止めろって!」
クラスメイト達の声にも、渡辺の手は止まらない。
やがて渡辺の足が腫れ上がったところで、やっと石を打つのを止めた。
渡辺は脂汗を流しながら笑う。
「ほら、今日は血が出ないようにしたよ。
これで僕は鬼を続けられるし、みんなと遊び続けられる。
みんな、缶を踏むから早く逃げて。」
しかし誰も動けない。
渡辺の足は見るからに痛々しく、こんな状態で遊び続けることはできない。
結局、今日もクラスメイト達は渡辺の治療に追われることになった。
そんな風に、徐々に渡辺の人柄がわかってきた。
渡辺は遊びになると歯止めが利かないのだ。
みんなと友達になりたい。
友達になるためには、自分がみんなを楽しませなければならない。
みんなを楽しませるには、手を抜かずに腕前を下げねばならない。
そんな考えから、自傷行為に至ってしまうのだ。
今ではもう、誰も渡辺と遊ぼうとしない。
渡辺に怪我をさせたくないからだ。
しかしそれは、渡辺が望んでいた事とは逆の結果。
誰も悪気はない。
やり方が悪かったのだ。
でも渡辺本人にはそれがわからず、自分が失敗したと考えた。
だから渡辺は今日も自分の身体を傷つける。
遊びではなく、何もせずとも自ら自分の身体を傷つける。
「ねえ、みんな僕と遊んで?
今日は、もっと上手くやってみせるから・・・!」
渡辺の身体が傷跡だらけだった理由に、
中田を始めとしたクラスメイト達は、今更ながらに気が付いたのだった。
友達を欲する渡辺は、周囲の人達から友情を得るために、
自分の身体を犠牲にすることも厭わないのだ。
しかしそれが返って、渡辺から友情を遠ざけてしまうのだった。
それからしばらく日数が経って。
渡辺は一身上の都合により転校することが発表された。
「みんな、短い期間だったけど、一緒に遊んでくれてありがとう。」
そう頭を下げる渡辺は涙を流していた。
何が悪かったのだろう。友情とはどうやって築き上げるのか。
一生懸命やったのに。
渡辺にはどうしてもわからなかった。
だから間違えてしまった事にも気が付いていない。
渡辺は友達を作りたかっただけなのに、
それが原因で友達に迷惑をかけてしまい、
避けられ、とうとう転校することになってしまった。
最後に、クラスメイト達の代表として握手をした中田。
その中田に、渡辺は疑問をぶつけた。
「ねえ、僕の何が間違ってたのかな?」
一言では答えられない、納得させられる自信もない。
だから中田はこう答えた。
「渡辺君のやりたいようにすればいいと思うよ。
そうすれば、いつかみんなわかってくれる。
少なくとも僕達は、渡辺君のやりたいことがわかったよ。」
極当たり前の言葉だったが、渡辺には違う意味に聞こえた。
やりたいようにすればよい。
転校はしたくない。
ではどうしたら良いのか。
渡辺はポケットに手を入れて、何かを取り出した。
それは何のことはない、普通のペンだった。
渡辺はそれを、自分の足に思いっきり突き刺した。
「ぐっ・・・!」
「渡辺君、何を!?」
中田は目の前の渡辺の凶行に、止める間もなかった。
「キャー!」
女子生徒の悲鳴が聞こえる。
渡辺は、痛みにしゃがみ込んで血と脂汗を流している。
そんな姿で、片目をつむりながら言った。
「中田君の言う通り、好きなことをすることにしたよ。
僕はこの学校のみんなが好きだ。転校したくない。
そして僕にできることは、自分を傷つけることだけ。
こうして怪我をしたら、今日の引っ越しは中止にすることができる。」
「でも、明日は?」
「明日は明日で、別の方法を考えるよ。
だって僕は、この学校で友達を作りたいから。
もう転校なんてしたくないから。
そのためには、どんなことだってするよ。」
微笑む渡辺は、僅かながらにでも友情を理解できたのだろうか。
中田は、片足をついている渡辺に手を貸しながら、
渡辺の友情のカタチについて、考えていた。
終わり。
友情とは何か。友達とは何か。言葉にするのは難しいと思います。
どこからが友情なのか友達なのか、その線引ができないからです。
作中の渡辺尽君は、その名の通り、尽くすことが友情だと考えました。
人と長く遊ぶ、遊びで楽しませるために尽くすことが友情。
渡辺君にとっての友情とは、自傷行為を伴うものでした。
クラスメイトの中田君達と、渡辺君とは、
友情のカタチが違うのでした。
あるいは、自傷行為をしてでも一緒にいたいと思う気持ち、
それこそが友情のカタチとしてわかりやすいのかもしれません。
お読み頂きありがとうございました。