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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
二章 地下水道調査
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八話 実践稽古

 慣れない天井に部屋の間取り。いつもと違い窓から日差しが直接差し込んでくる。

 部屋を変えて初めての一晩が経った。家具は全て以前使用していた部屋から持ってきたものだが、部屋の間取りが異なるので慣れない朝になってしまった。

 そのせいか、まだ疲れがあまり取れていない。


「おはようございます。ヴァイス様」


 その疲れの要因が目の前にいるこの少女、クリスタだ。

 俺の予想と反し、まさかのベットが一つ。俺が床に寝ようとしたが、流石に駄目で色々と話し合った結果一緒に寝ることになった。それに加えて寝間着姿が可愛すぎるせいで俺は中々寝付くことが出来ずに疲労が溜まってしまったという訳だ。


「ああ、おはよう」


 幸い、彼女は俺よりも起きるのが早いので護衛魔術服に着替えており、直視出来ない状況は回避出来ている。とは言っても、何でも着こなしそうな彼女は心臓に悪いことには変わりない。


 だが、それよりも辛いのは会話が続かないこの雰囲気だ。

 基本無口なクリスタとコミュ力ゼロの俺。これだけでもう会話が続かないことは容易に想像できる。


「今日は良い天気だね」


「そうですね」


 この後、何を話せばいいのだろうか。と、思うのはコミュ力皆無の俺だけなのだろう。

 普通の人ならば、もう少し話題の振り方が上手いだろうし、そもそも天気の話から始めないだろう。

 これがヴィンセント相手なら剣術の話や稽古に付き合って貰えば解決する。


 俺の心境が分かっているかのように扉をノックした音が鳴る。

 そして入って来たのはアスラであった。


「朝食の用意が出来ました」


 丁度良いタイミングでの食事。これであの微妙な雰囲気を抜け出すことが出来る。

 部屋を出ていつもとは反対方向に廊下を渡り、食堂へと向かう。部屋を変えただけで屋敷は変わっていないはずなのにどこか新鮮さを感じる。


 食堂に着けばそこにはいつもよりも一人分多く料理が置いてある。それはもちろんクリスタの分である。

 この世界では基本的に使用人や護衛などが主人と一緒に食事することはないが、ここでは皆で食事している。一人で食べてそれをじっと見つめるアスラやヴィンセントがいるのが歯痒いので俺が皆で食事をしたいとヴィンセントに頼んだところ承諾してくれた。


「ヴァイス様。そろそろ稽古に実践形式を入れていこうと思います。朝食を食べ終えた後、外に行く準備をしてください」


 遂にこの時が来た。剣が送られてきているので、いつかは来るだろうとは思っていたし、その覚悟も出来ている。しかし、いざ実践となると少しばかりか不安になってしまう。

 一度、それもかなり強そうな魔物と遭遇している身としてはその不安が消えることはないだろう。


「分かった」


 俺はいつもよりもほんの少し、朝食を早く食べ、部屋に戻り支度する。

 いつも着ている薄めの茶色のシャツ、そして丈が膝辺りまである紺色のズボンを履き、昨日貰ったばかりの剣を腰に携え、準備完了。

 部屋を出て、玄関の方へとゆっくり歩く。その間、やはりと言うべきか、クリスタとの間では会話一つなければ、目すらも合していない。


「では、参りましょう」


 屋敷を出て、草原を抜け、町とは反対方向の魔物が出る森へと向かう。先頭に執事のヴィンセント、そのすぐ後ろに俺、最後尾にはメイドのアスラと護衛のクリスタが横に並んで歩いている。道中は何もなく、たまに木が生えていたり、スライムがぴょこぴょこ跳ねていたりする。

 前世でも本物の刀を持ったことがあるが、この剣はそれよりも遥かに重い。いつも木剣で稽古をしていた身としてはいきなり真剣を振れる気がしない。ちなみにこのことをヴィンセントにも相談はしたが、実践で慣れていった方が効率がいいの一点張りであった。


「さて、着きました。ここからは魔物が出ますので気を引き締めてください。危険があれば、私とクリスタ様が守りますが、出来るだけ離れないようにしてください」


「分かった」


 目の前に広がるのは魔物が出てくる森。今の所、俺が知っている魔物はスライム、オーク、そしてデュラハンのような魔物くらいだ。他は何が生息しているのかは全く分からない。

 森に踏み込めば、そこは先程までの長閑な草原から一変し、薄暗く差す木漏れ日が揺れ、見えない何かの影が木々の間をかすめている。


 少し歩けば、緑色の生物と出くわした。スライムを除けばこれで二度目の魔物との遭遇。

 最初に会ったデュラハンのような魔物よりは弱そうではあるものの、それでも気を緩めることは出来ない。


「あれはゴブリンという魔物です。単体として弱く、成人したばかりの人でも倒せるくらいのレベルです。ですが、ゴブリンによる犠牲は他の魔物よりも圧倒的に多い。その最大の特徴がやられ際の咆哮です。その咆哮によって他のゴブリンたちが集まり、やられることがほとんどです。なので一発で仕留めるようにしてください」


 緑色の生物はやはりゴブリンであった。ラノベやゲームとかでは弱い魔物で、実際にこの世界でも弱い。その筈なのにどうしても勝てる気が起きない。それは一発で仕留めなければいけないというプレッシャーか、恐怖を感じたのか、それとも。

 腰に携えた剣を抜く。抜いた剣は重く、心拍数も少し上がる。すり足でゴブリンに近づいていく。その数は全部で三体、いや四体。

 持ち構えている手は震えており、心拍数の上昇も止まるところを知らない。一歩踏み出すごとに蘇る恐怖が進む速度を落とし、阻害する。脳裏に浮かぶのは失敗、怪我、死、そんな言葉だ。息がゆっくりと気づけられない程に少しずつ、少しずつ速くなる。そんな俺に気づいたのか、ヴィンセントが肩に手を乗っける。


「いつも通りやってください。失敗しても大丈夫ですので」


 その言葉のお陰か、速くなっていた呼吸は少しずつ遅くなり、心臓の音も小さくなっていく。気が付けば、自分が思っている以上に冷静になり、いつの間にか手の震えも止まっていた。

 状況を整え、そしてそこで繰り出した技は――、


 ――天然理心流《早足剣》


 早足で進み敵を斬りつける技。一発で、それも四体をほぼ同時に仕留めるにはこの技以外はない。

 俺の腕力だけではゴブリンを倒せなかったが、剣の重みのお陰でカバーをすることが出来た。


 倒れているゴブリンはどれも首がとれている。そこから流れているのは青黒い血。その血を見た瞬間、吐き気がした。俺はその場に倒れ込み、口元を手で押さえ、冷静さを失った。多分、この感情が俗に言う罪悪感なのだろう。

 生き物を殺すのは初めてではない。蚊などは殺したことがあるし、そこに何の感情も抱かなかった。ゴブリンが人のような姿をしていたからか、それとも虫よりも何倍も大きかったせいなのか。

 指先からじわりと冷たさが染み込み、俺はただ殺したという事実に震えた。


「大丈夫ですか。ヴァイス様」


 それを見たヴィンセントはすぐに駆け付けた。アスラは持ってきた水を渡してくれ、クリスタはただじっと見ているだけであった。


「無理はなさらないでください。今日はここまでにしましょう」


 そして、初めての実践形式での稽古が終わった。

 俺はこの日、殺すということがどれだけ勇気のいる行動なのかを思い知った。

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