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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
一章 始まりの日々
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六話 命の重さ

 目が覚めたら見知らぬ天井、なんて言葉を使うときがくるとは思いもしなかった。

 屋敷の天井よりも若干低く、そして暗めの白色。寝心地は最高で昨日までの疲れが全部とれたかのように体が軽い。

 体を起こしてみれば、視界に入ったのは何の飾り気もない部屋で机が一つと椅子が一脚くらいしかない。


「お。起きたか、少年!」


 扉が開く音がしたと思い振り向けば、そこには鮮やかな赤色の髪をした女性がいた。朧げな記憶だが、昨日の魔物から助けてくれた人だろう。

 あの時はぼやけて顔がはっきりと見えていなかったが、よく見ればどことなく母と似ているような気もするが、世界には自分のそっくりさんが三人はいると言われているのであり得ないこともない。


「え、えっと……」


「私の名前はラヴィーネだ。それで君は何者なんだ? 王家の紋章が入った首飾りを持っているが、……どっかの貴族なのか?」


 やばい。もしここで俺が第四王子だとばれてしまうと面倒なことになる。俺に魔力が無くて、王城を追放されたのはごく一部の人間しか知らない。世間に第四王子が魔力なしとバレれば、最悪命を狙われる可能性だってある。

 すでに町の門番には正体を明かしているが、こういう時のために父が根回ししてくれていて、その門番は俺の事情を知っているのでセーフ。

 ここはなんとかして、やり過ごさなければ。


「ぼ、僕の名前はフブキ、です」


 咄嗟に前世の名前で偽名を名乗ったのだが、大丈夫だっただろうか。まあ、下手な偽名を使うより呼ばれ慣れている名前の方が疑われにくいだろう。


「貴族じゃないのか。その首飾りはどこで手に入れたんだ?」


 ミスった。これは完全に疑われてしまっている。

 この世界で家名があるのは王家と貴族の人間、そして一部の商人だけでそれ以外は基本的に家名を持っていない。

 今更、適当な家名を出したところでもう遅い。


「僕は見習いの執事で行方不明の姉を探す時に貰って」


「なるほどな。だが、あんな危ないことはするんじゃないぞ。姉を助けたい気持ちも分かるが、自分の命も大切にな」


 なんとか疑いは晴れたようだ。だが、まだ問題は残っている。アスラが俺の作った偽の設定のついて来られるのかどうかだ。ここで話に食い違いが出れば、今度こそ誤魔化しきれない。

 まあ、性格以外は結構万能メイドみたいな所はあるから大丈夫だと信じたいが…。


「そういや、君の姉は隣の部屋にいるが、一緒に行くか?」


「は、はい」


 俺はベットを下り、靴を履いた。傷つけられたお腹はもうどこにもない。それに傷跡すらも残っていない。これは魔法なのだろう。やはり、魔法はすごい。


「えっと、僕、どれくらい寝てました?」


「ああ、二日だな」


 二日。どうやら、もう魔物と遭遇したのは一昨日の出来事になってしまっている。しかも、二日も寝るなんてことは初めてだ。


 俺とラヴィーネは隣の部屋へと移動した。


「ん、こっちも起きてたか。体の調子はどうだい?」


 いつもメイド服姿のアスラしか見たことがなかったせいか、それ以外の服を着ていると割と新鮮な感じだ。

 ここでアスラが俺の名前を呼んだ瞬間、俺の人生は終了。こればかりはもう願うしかない。


「おかげ様でよくなりました。ありがとうございます」


 やはりと言うべきか、俺以外だと物凄く柔らかい態度だ。こうして見ていると、ますます俺に対しての冷たい態度に泣けてくる。


「そうか。本来ならば家まで送りたいのだが、生憎そんな時間が無くてな。この金をやるから、護衛でも雇うといい」


 ラヴィーネはそう言い、この部屋を去っていった。

 もしこれで屋敷まで送ってもらってたら確実にぼろが出ていた。そのくらい俺は嘘を吐くのが下手だ。


「その、大丈夫だったか?」


「なんで探しに来たんですか。…屋敷から出ないでと言いましたよね。それにあんな危険を冒してまで……」


 先程までの柔らかい態度から一変し、低く鋭く刺すような声だった。こちらに視線を合わせず下を俯いていた。


「心配だったからだ」


 確かに危険を冒してまで助けれたら、俺も責任感を感じて嫌がるかもしれない。それでもやはり心配の方が勝ってしまうというものだ。別に親しい訳ではないが、世話になっている人が死んでしまえば俺はきっと後悔するだろう。


「は? 王族なんですから自分の命を大切にしてください。私のことなどどうでもいいので」


 この世界では身分の低い人は身分の高い人のために命を懸けるのが当たり前という考えが根深く残っている。流石に平民が戦争に駆り出されたりはされないが、主従関係がある間では従者は自分の命よりも主人の命を優先する必要がある。

 俺に前世の記憶があるからなのか、その考えには全く納得できない。ただのメイドの命と王族である俺の命に優劣なんてあるのだろうか。例え、立場が違えど同じ人間なのだ。

 だけど、これは俺個人の考えであってこの世界には通じない。だから、俺はアスラの言葉に何も言い返せなかった。


「帰りが遅くなってもこれからは探し来なくて大丈夫ですから」


「無理だ」


「は? 王族には王族の義務が――」


「王族の義務とか関係ない。お前が死んだら悲しむ奴がいるだろうが!」


 この世界の考え方と相当合わなかったのか、考えるよりも先に苛立ちに任せて口が出てしまった。

 何故か、アスラを見ていると昔の自分と重なって見えてしまう部分がある。どこかほっとけないようなそんな感覚が。


「それはあなただって……」


「だからだよ。人の命に優劣なんてものはねぇ。どんな人間も命は重いんだよ」


 かつて師匠も俺に同じことを言っていた。その時はその意味があまり分からなかったし、そうは思わなかった。まさか、俺が言う立場になるとは思いもしなかった。だけど、今ならその意味がはっきりと分かる。


「でも――」


「じゃあ、何で泣いてるんだ?」


 気づけば、アスラの涙腺は崩壊しており、涙を流していた。

 言葉で強がっていても、人間が生きている以上死ぬのは誰だって怖い。実質四十年生きている俺でさえ怖いのだから。


「……かった。死ぬのが怖かった」


 涙は収まらず、ひたすらに泣いていた。その勢いあってか、アスラは本心を語った。

 今まで冷たくされたいた理由は分からないが、初めてアスラが俺に本心を告げた。


「もう駄目だと思った。助けてくれてありがとう」


 こういう時になんて言葉をかければいいのか分からない。気の利いた言葉をかけられたら良かったが、生憎の俺のコミュ力では無理だ。

 それに感謝の言葉を言われるのはいつぶりだろうか。まあ今回、俺は結果的に何の役にも立たなかったし、ラヴィーネがいなければ死んでいた。正直、足手纏いだった感は否めない。


「ヴァイス様。私は生涯をかけてあなたについていきます」


 アスラは流した涙を拭き、こっちをじっと見つめながら言った。

 いつもの雰囲気と全く違うせいか、一瞬頭の中が真っ白になった。

 生涯をかけてまでは流石にやりすぎだとう思うが、これでアスラとは少しは打ち解けただろう。そう思うと心なしか少し安堵した。

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