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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
一章 始まりの日々
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五話 最恐の魔物と最強の冒険者

 ここ一週間は充実した毎日を過ごせている。朝はゆったりして、午後は剣術の稽古、そして寝る。きつくもなく、暇すぎるほどでもなく、ほどほどに疲れるくらいの毎日を過ごせている。前世も定時帰りでほどほどの労力でやりこなしていたのもあって、それが性に合っている。


 日は高く昇っており、雲が一つもない快晴。日中が過ぎたくらいだが、そこまで暑くない。この世界の気候がどうなっているかは詳しくは知らないが、基本的に日本と似ている感じだろう。


「――ふっ!」


 そして俺はひたすらに木剣を振っている。今日は珍しく、ヴィンセントが王都の方まで行っているので稽古はない。それ故、やることがないのでこうしてただひたすらに木剣を振るっているというわけだ。

 屋敷にはアスラが残っているので独りぼっちではないが、アスラとは最低限のことしか会話しないので実質、独りぼっちみたいな所はある。ちなみにこの屋敷にはヴィンセントとアスラ、そして俺しか住んでいない。三人しかいないのに無駄に部屋が多く、ほとんどが空き部屋となっている。


「――ふっ!」


 目を瞑り、周囲の視界を完全に断ち、一つ一つの動きを重視する。

 『天に(かたど)り地に(のっと)り、以て剣理を究める』。天然理心流の理念であり、師匠が口酸っぱく言っていた言葉だ。自然の流れと現実の制約、両方を理解してこそ、剣の極意に至るということらしいが俺にはさっぱり分からなかった。

 折角、剣術の稽古をしているのだからそれを意識しながらやってきたが、今のところ一つも進展がない。


「――ぁ」


 何か音が聞こえてきた。しかし、集中し過ぎたせいかほとんど聞き取れなかった。アスラが話しかけてくることなどほぼないのでただの空耳だろう。

 そして俺は再び、木剣を振り続けた。


「――っ!」


 瞬間、右の脇腹に急激な痛みが走る。何かに殴られたようなそんな痛みだ。その痛みで集中が途切れ、瞼を上げる。視界には屋敷と鮮やかな緑の原っぱ、それに加えアスラの姿があった。そしてなぜか表情が怖い。


「痛てぇ。なんでいきなり殴るんだ」


「名前を呼んだのですが、返事が無かったので」


 先程の空耳らしきものはアスラが俺に話しかけてきたものだったのか。見事に二分の一の確率を外してしまった。本当に運がない。


「もう少し穏便な方法は――」


「ありません」


 まだ言い切ってもないのにも関わらず、否定される。そして先程から目線も合っておらず、いつもより冷たい態度だ。ただでさえ嫌われているのに、さらに嫌われたようなそんな感覚がした。そして、俺はアスラと仲良くするのは不可能なのではないかと思い始めた。


「えっと、それで何か用?」


「これから買い出しに行ってきますので、くれぐれも屋敷の外には出ないように」


 アスラはそう言うと、すぐにこの場を離れ、町の方へと向かって行った。

 正直、屋敷に誰もいないので外に出てみたい気分ではあるが、見つかってら説教が始まるのでここは自重しておこう。


 特にやることもないので俺は再び、素振りの練習に取り組む。もう既に腕が少し痛いが、休みを惜しみ振り続けた。


 百五十一……。


 前世では一日最低でも二百以上はやっていた。流石に剣道部とかの『千本素振り』みたいなことはしていないが、それでもきつかったのは今でも覚えている。

 一回一回の姿勢を常に意識しなければ指摘されるし、集中力が少しでも欠けたら怒られていた。それもあって、今では長時間の集中が当たり前のように出来るようになった。


 二百三十二……。


 一回一回の動作を丁寧に確認しながら振っていく。だいたい一回振るのに約一分くらいのペース。かなり遅めのペースだが、このやり方がもう体に染みついてしまっている。


 もうどれだけの時間が経っているのかも分からないぐらい素振りをした。腕も限界に近く、手には肉刺ができている。

 そして遂に――、


 ――四百。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


 俺はその場に倒れ込み、仰向けになって空を見上げた。見上げた空は闇に染まっており、星と月が綺麗に輝いている。太陽はもうすでに沈んでいるので時刻は午後九時は過ぎているだろう。疲労と空腹でもうこの場から動くの辛い状態だ。いつもなら、二時間前くらいには夕食を……。


 これはやばい。

 夕食をとっていないということはまだアスラが帰ってきていないということだ。確かにまだ帰って来たという報告もされていない。これは緊急事態だ。

 だが、どうすればいいのだろうか。探しに行くといってもすれ違いが起きた場合は今度は俺が捜索される側になってしまう。かと言って、ここで待っていても帰ってくるとは限らない。

 やはり背に腹は代えられない。


 俺は急いで立ち上がり、近くにあった木剣を手にして屋敷の外を飛びだした。町の方へと走っていく。もう腕が限界で手に力もあまり入らない。それでも一歩一歩前へと進んで行く。

 途中でスライムと何度も遭遇しているが、それを無視して先に進んで行く。幸いなことにスライムは足が遅いので追いつかれることはない。


「はぁはぁ、はぁ……」


 もう息が上がっている。町まで残り半分を切っているが体力が持ちそうにない。もう全身汗だくで無我夢中で前に走り続けた。方向感覚も狂い始めたが、道に沿って町の方へと近づいていく。


 もうすぐそこに町がある、という所までやってきた。なんとか体力は持ちそうだが、本番はここからだ。まずは町に入ってから手掛かりを探さなければならない。

 門が見え、その前には兵士がいた。その兵士たちに止められた。


「身分の証明を」


「はぁはぁ、ヴァイス・フォルスフッドだ」


 俺は自分の名を名乗りながら、王家の紋章が刻まれた首飾りを見せた。すると兵士たちは俺が町に入るの許可し、俺は急いで町の中に入っていった。


 町の人に聞き込んではいるが、何の成果もあげられない。結果、何の情報も手に入らなかった。

 そこで一番情報をもっていそうな冒険者ギルドに立ち寄ろうとしたとき、裏路地で柄の悪そうな男とフードを被った男がいた。


「あの女はどこにやったんだ?」


「あぁ、それはもちろんこの町の近くの森に放り込んださ」


 その言葉を聞いた瞬間、嫌な思考が思い巡らせた。もしかすると、あの女というのはアスラなのかもしれないということだ。

 ここであの二人に詳しく問えば確実だが、返り討ちに遭う可能性もあるので俺はそのまま森の方まで一直に駆け抜けた。足が重く、思うように体が動かないものを無理やり動かした。


 俺は日本での生活に慣れ過ぎていた。ここは日本とは違い安全の確保なんて程遠い世界。今までずっと安全圏で暮らしていたから平和のように見えたが、そんなことはない。医療もそこまで発達していないし、前世にはいない魔物の脅威だってある。

 俺はどこか浮かれていたのかもしれない。


「燃え盛れ、火の玉――《ファイアーボール》!」


 聞き覚えのある声がした。それは紛れもなく、アスラの声だった。俺はその声のする方向に向かって駆け出していった。


 そして、視界に入ってのは木にもたれかかっている重症で血まみれになっているアスラと見たこともないような化け物。

 その化け物は黒いオーラを纏い、漆黒の鎧に大剣を持った騎士のような姿。おまけに首はついていない。それを見ただけで恐怖を感じ、足がすくんでしまう。


「ヴァ……に、げ……て」


 アスラは最後の一声を絞りながら、俺に『逃げて』の一言を発した。

 これは逃げなければ確実に死んでしまう。そんなのは誰でも理解できる。しかし、この化け物から逃げれるのだろうか。


 否。ここまで来てしまった以上もう逃げるなんて選択肢はないのだ。足掻いて死ぬか、戦って死ぬか、無抵抗で殺されるか、そんな選択肢しか残っていない。

 だから俺は手に持っていた木剣を構えた。


「に…………、て」


 アスラは俺を逃がそうと声を掛けているが、もう後戻りはできない。


 深く息を吸い、集中力を上げる。多分、体力的に一振りしか木剣を振れないだろう。真剣ならまだしも、木剣で攻撃が効くはずもない。しかし、もうこの無謀な一振りに掛けるしかないのだ。

 ゆっくりと前に進む。相手も俺に気が付き大剣を構えた。そして相手の間合いに入って瞬間、大剣を振りかざし、俺は自分の体を犠牲にして真向から斬りかかった。


 その結果、俺の木剣が鎧を通すわけもなく、相手の大剣によって薙ぎ飛ばされた。

 今まで何度も壁を乗り越えてきた。だけどこの化け物だけは絶対に超えられない壁だと思ってしまう。そう思うほど実力の差が明白で勝ち目がないのだ。たとえ俺が何年修行しようと人間の寿命では絶対に敵わない。


 腹には横に切り裂かれたような深い傷があり、そこから大量の血が溢れ出している。指先の感覚は消え、体は寒さを覚え、視界もぼやけている。もうこれは助からない、そう思うほどにだ。

 やはり、俺は浮かれいた。こんな化け物に勝てるわけがない。


「双剣流――《氷穿つ》!」


 意識が消えかかった瞬間、激しい金属音が鳴り響いた。

 ぼやけた視界に映ったのは赤い髪の女性、手には双剣を持っていた。片方は淡い蒼、片方は濃い紅。どこで聞いたかは覚えていないが、俺は知っている。この国唯一のSランク冒険者にして最強の冒険者、『赤髪の舞姫』。


 目の前にいるのは最強の冒険者と最恐の魔物。その行く末を見届ける前に俺の意識は深い闇に落ちた。

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