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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
一章 始まりの日々
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三話 十年の記憶と百年の想い

「なっ!? これは……」


 水晶に手を触れたが何も起こらなかった。普通ならば色が変わり、数値が表示されるのだが、これは壊れているのだろうか。


「国王陛下、大変申し上げにくいのですが……」


 物凄く嫌な予感がする。こういうセリフをいう時は大体悪い話に決まっている。長年、社会人をやってきたが、この『大変申し上げにくいのですが』で良いことが起きたことがない。

 それに何より、俺は運が悪い。


「申してみよ」


「そ、その……ヴァイス王子には魔力が全くありません」


 見事に予想が的中してしまった。確かに高望みはしていなかった。平均ぐらいの魔力量があれば、それで十分だと思っていた。しかし、全くないのは完全な予想外だ。

 この世界で魔力を持たない人はいるにはいる。だが、それは一パーセントにも満たない。


「ヴァイス。今日を持って、お前の王位継承権を剥奪し、お前はラグナに追放する」


 この流れは大体予想出来ていた。王族で魔力無しとなれば、今まで通りに過ごすことは不可能だと分かっていた。この処置は当然の結果だ。

 だが、不思議なことにそこになんの感情も湧かない。前世の記憶があるお陰か、ある程度覚悟出来てたのであろう。もし、前世の記憶が無ければ、人生に絶望をしていたのかもしれない。


「司教、少し席を外してくれないか」


 司教はこの場から去っていた。先程までの空気から一変して重く、そして緊張した空気が漂う。俺も父も母も音を立たせず、ただじっと相手の顔を窺がっていた。

 そんな地獄のような雰囲気の中、父が口を開いた。


「ヴァイスよ。すまない……」


 そして開口一番に出たのは謝罪の一言だった。流れ的に怒鳴られたりするのかと思っていたが、まさか謝罪の言葉なんて出るととは思わなかった。魔力が少ないものは差別されるこの世界で魔力なしは差別の対象でしかない。


「お前にこんなことはしたくなかった。……父の力不足だ」


 決して父のせいではない。これは誰のせいでもない。ただ、俺の運が悪かった。誰がこんなことを予測できたのだろうか。


「ごめんね。…ヴァイス。魔力のある体に産めなくて……」


 母は俺をぎゅっと抱きしめた。その温もりはあたたかく、今までのどんなことよりも心地がいい。

 背中に母の涙が零れ、母は泣くのを我慢しようとしているが、抑えきれずに漏れ出てていた。


 こんな状況でも俺はなんの感情も湧かなかった。前世の記憶が戻ってからの俺はこの世界過ごした十年の記憶はあるけれども、そこにあった感情はない。ただ歴史書を見ているかのような記憶でしかない。だから、俺にとって父と母はまだ会ったばかりの血の繋がった赤の他人でしかない。


 それなのに、なぜか目から涙が溢れ出てくる。なにも感じていないはずなのだが、不意に泣いてしまう。恐らく、前の人格が残っているのだろう。泣き始めてからは心が苦しくなり、母の温もりは余計に俺を泣かせた。この十年間の思い出に感情が張り合わされ、先程まで赤の他人としか思えなかった父と母を今ではもう大切な家族としか思えなくなっていた。


 前世で俺は父と母を知らない。幼いころに両親はなくなり、俺はそのまま親戚の家に預けられた。だから、俺は両親という存在を知らないし、知らないからこそ父と母を赤の他人だと思っていたのかもしれない。両親という存在を知った今、両親のなくなったときの事を不意に思い出してしまった。死因は分からないが、ただ突然いなくなったことだけは覚えている。


 前世と今世の二つ分の悲しみが涙に籠る。崩壊していた涙腺はさらに崩壊し、溢れた涙は床の赤いカーペットを濡らしていた。家族という温もりを知らないまま生きてきた俺にとっては、辛く、そしてやるせない気持ちでいっぱいだった。


 その日、俺は夜が明けるまでひたすらにただ泣き続けた。



***



「本当に顔を出さなくて良かったのかぁ?」


 太陽はもう沈んでおり空は暗く、森の中に月明りが差し込んでいる。そこには全身黒い服に黒いホンブルグ・ハットの男と暗めの紺色の服を着た男が密に会話をしていた。


「俺が今、顔を出すわけにはいかないんだよ」


 紺色の服の男は王城の方を眺めながら、少し寂しそうな口調で呟いた。その方角には月が浮かんでおり、男の瞳には少し欠けた月が映っていた。


「ふーん。そうかい」


 全身黒衣の男は種を返した。森の中には魔物がそこら中にいるが、彼らの周りには魔物が一体もいない。否、代わりに周りには魔物死体が山のように積みあがっていた。魔物の血の匂いが漂うが、彼らはそれを全く気にしなかった。


「流石はエルフだなぁ」


 紺色の服の男の耳は尖っていた。その特徴はエルフにしかない。見た目だけで言えば、十歳くらいに見えるが、これでも百年は生きている。長寿であるエルフの平均寿命は千年。その内の百年なのだから、十歳くらいの見た目なのは必然なのである。


「人間を毛嫌いするエルフが俺を誘うなんて珍しいこともあるものだなぁ」


 この世界でエルフと人間は仲が悪い。種族が違うのだから仲が悪いのは仕方がないことなのだが、それでもどの種族間よりも仲の悪さが目立つ。だから、こうして人間とエルフが一緒にいるのは奇妙な現象なのである。


「色々あるんだよ、俺にも。百年間、それが忘れられないんだ」


 紺色の服の男は遠くを眺め、目の焦点は何処ともあっていない。ぼんやりと月を眺めながら、木の枝の上に座っている。はるか遠くの、宇宙の彼方を眺めていた。


「だからと言って、お前も人間も信用しているわけではない」


 先程まで思いに更けていたものを頭から切り離したかのように全身黒い服の男に釘を刺した。その目は鋭く、誰も引き寄せないような目をしていた。


「おぉー、怖い怖い」


 全身黒い服の男は心にも思っていないような言葉を口にしていた。言葉はとは裏腹に表情には余裕があり、周りから見れば少し不気味に見える。

 不敵な笑みを浮かべながら、寄ってくる魔物を殺し、死体となった魔物から素材を剥ぎ取る。返り血を浴びても、それを気にする様子もない。


「それで、あの準備は出来たのか?」


「それはもちろん。下準備は完璧だ。後は待つだけだよぉ」


 紺色の服の男は木の枝から下りて、地面に音を立てずに着地をした。多少の土煙がたったものの、夜の闇に紛れて視認することは叶わない。そよ風が吹き葉っぱは地面に落ちる。地面には血だまりが出来ていてそこに葉っぱが落ち、緑色だったものは赤黒く変色していた。


 彼らはその場を去り、森の奥へと進んで行った。

 ――結局、紺色の服の男の百年の想いは誰にも分からなかった。ただ、本人を除いては。

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