二話 十歳の誕生日と前世の記憶
「本日ここに、我が愛しき第四王子の誕生日を祝うために、これほど多くの者が集ってくれたこと、父として、そして王として、深く感謝する。我が子ながら、彼の歩みは、常に静かで、しかし確かであった。兄たちに劣らぬ知恵を持ち、民の声に耳を傾けるその姿に、私は幾度も心を打たれた。誕生日とは、生まれたことを祝うだけの日ではない。彼がどれほどに成長し、何を選び、誰を想って生きてきたか。その歩みを讃える日でもある。今日の祝いは、その尊き歩みに光を当てる時だ。そして、これから彼がどのような未来を築くのか、皆で見守ってゆこうではないか。第四王子よ――生まれてくれて、ありがとう。これよりも先、そなたの行く道が、栄光と誠実に満ちておることを、父は心から願っておる。」
広々とした空間には豪華な造りをした壁に天井、そして床には高級カーペット。そして、汚れ一つないテーブルが幾つも並んでおり、その上には高級な食材を使った豪華な料理と高級そうなワインが並べてある。そしてこの部屋を覆いつくすような人々、貴族達はしわ一つないスーツを着ていたり、豪華なドレスを着飾っていたりする。
そして、このパーティーはヴァイス・フォルスフッドこと俺の十歳の誕生日を祝ってのことだ。
「どうしたんだ、こんな端っこの方にいて。今日の主役はお前なんだぞ。主役がこんな端っこに居てどうするんだ」
金髪の髪に黒い瞳で俺より頭二個分身長が高いのが俺の兄、この家の長男である第一王子ラータン・フォルスフッド。文武両道に容姿端麗の完璧超人と言っても過言ではない。
「折角の機会なんだ。友達をつくれ。友達一人出来ないようでは、父上と母上が悲しむぞ」
そして、誰よりも家族思いで心配性だ。俺が擦り傷をしただけで医者を呼ぼうとしたり、俺に友達が出来ないからといって色んな社交パーティーに連れまわすほどだ。
「俺はこういう場が苦手で……」
十歳になったことで、俺は前世の記憶を思い出した。その時の性格と幼少期の人見知りの性格が合わさって、前よりもずっと苦手意識を持ってしまっている。
どうにかして、逃げ出したいが警備も厳重だし、何より人が多くてすぐにバレてしまう。
「全く、仕方がないな。少しそこで待ってろ。なんとかしてやる」
兄はそう言ってどこかに行ってしまった。
何とかすると言っても、これは俺の気持ちの問題な気もするのだがどうにか出来るのだろうか。やはり、兄はお人好しすぎる。
「誰かと思えば、気弱な第四王子じゃない。噂通りの気弱そうな顔だわ」
物凄く派手なドレスを着た女性にいきなり話しかけられたが、知り合いなんかではない。初対面で人を馬鹿にするとは中々肝が据わっている。
「自信がない人って、自信がない感じがすごく出てるから、自信がないってすぐわかるんだよね。……何か言ってみたらどうかしら」
人のことを馬鹿にするのかと思っていたが、何か想像しているのと違う言葉だ。人を馬鹿にしているようで物凄く当たり前のことを言ったいるだけだ。
「何も言わないってことは、何も言うことがないってことね」
やっぱり、この人の言う言葉は何かズレている。人を馬鹿にしているような口調だけど、実際は当たり前のことを言っているだけ。というか、こういう時ってなんて返せばいいのだろうか。
「おい、こら。俺の弟を困らせるな。悪いなヴァイス。俺の馬鹿婚約者が」
「あ、いや、大丈夫だよ」
「馬鹿婚約者とは酷いですわ。こんなにも可憐なのに」
この人が兄の婚約者か……何か思っていたのと全然違った。まあ、悪い人ではなさそうだが出来るだけ関わるのは辞めておこう。
「初対面の人に名前も名乗らずにいきなり話しかけて、傍から見ればただのヤバい奴だ。これのどこが馬鹿ではないと言える要素があるんだ」
「申し遅れました。フリーガン公爵家の長女、アイリス・フリーガンですわ。以後、お見知りおきを」
先程までの雰囲気とは違い、しっかりとした礼儀正しい自己紹介をしてきた。
この世界の貴族は下から順に男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵という風に地球にある爵位制度と全く変わらない。そして、俺の目の前にいるのは貴族階級で最上位の公爵。普通ならば、関わることのない人で、まさか俺もこうして話す機会があるとは思いもしなかった。それを言うならば、俺が王族になるなんて方が驚きなのだが。
「初めまして。第四王子のヴァイス・フォルスフッドです」
初対面で緊張したが、なんとか噛まずに自己紹介は出来た。やはり、前世の記憶が戻って来たせいか、アイリスの方がどうしても身分が高いように見えてしまう。
「ヴァイス様はもう鑑定の儀は終えたのですか?」
「いえ、まだです」
鑑定の儀、これは地球でいう通過儀礼みたいなものだ。この世界は平均寿命が短いわけでもないが、十歳で成人扱いになる。
この鑑定の儀では、主に魔力の測定が行われる。この世界では基本的に一人につき一つの属性の魔力が体内に備わっている。火、水、土、風の基本四属性と光と闇の希少属性の六つの属性があり、ほとんどの人は基本四属性のどれかの魔力を持つことが多い。ちなみにラータンは基本四属性全ての魔力を持っていて、数千年に一人の逸材とも言われている。いわばチート男なのだ。
魔力測定では魔力の属性だけでなく、魔力量も測定される。十歳の魔力量の平均が百、王宮にいる魔術師の平均が五百。ラータンの魔力量はそれを超えた六百三でやはりチートであった。
「そう。あまり結果を気にしない方がいいですわ。特にラータンとは比べない方がいいですわ」
言われずともラータンと比べようなんて思う人は多分どこにもいないと思うし、そんな酷い結果が来るわけでもないだろう。
「俺からも一つ言っとくが、アイリスとも比べない方がいいぞ。俺よりも魔力が多いんだぞ、こいつは」
ただでさえチートのラータンの魔力量よりも多いって、俺の周りにはチートしかいないのだろうか。これで平均以下の魔力量だったら、逃げ出したいくらいだ。
「俺、もう行かないといけないから。ここら辺で失礼するよ」
「あら、残念ですわ。もう少しお話してみたかったのに」
「俺の弟を困らせるなよ」
こうして、ラータンとアイリスの茶番を挟み見つつ、無事にその場を去っていた。
体感は二時間くらいだが、実際はまだ始まってから一時間程度しか経っていない。それくらい、この空気感は心地が悪い。鑑定の儀でここを抜け出せるのはいいが、それが終われば、またこの地獄のような雰囲気にさらされることになる。そう考えるともう憂鬱な気分になってしまう。
人混みを避けながら、鑑定の儀を行う部屋まで歩いていく。そこまでの距離が微妙に長く、慣れない服装とこの人混みも相まって部屋に行くまでに相当な体力が消費されていく。
廊下に出た辺りから人はほぼいないので挨拶されたりすることは無くなり、少し肩の荷が下りた。
部屋の前に着き、扉をノックすれば中から父の声が聞こえた。
「入れ」
緊張して汗を搔いた手でドアノブを持ち、扉を開ければそこには父と母、そして鑑定の儀を取り仕切る教会の人がそこに立っていた。
威圧感満載の父――グラトブ・フォルスフッドに、優しそうに見えるが実は怖い母――エンヴィア・フォルスフッドが二人揃っていると自然と気が引き締まる。何せ、父はこの国随一の魔力量を誇り、母はこの国で最強とも言われる剣士なのだから。
「そこまで緊張しなくていいぞ。ヴァイス」
「そうそう。大事なのは努力なんだから」
そして誰よりも家族愛が強い。ラータンの家族思いもほぼ間違いなく、この二人の性格を受け継いでいる。言わずもだが、ラータンよりも過保護なところがある。
「それでは、今から鑑定の儀を始めますので、そちらの水晶に触れてください」
俺はそっと目の前にある水晶に手を被せた。




