二十五話 一難去ってまた一難
おおよその決断が下され、三国間による疑似的な会議がようやく終わろうとしたその時だった。
廊下の奥から、ドタドタと慌ただしい足音が響き、空気が一変する。次の瞬間、勢いよく扉が開かれ、ひどく慌てふためいた様子の男が飛び込んできた。
「た、大変ですぞ! 若っ! 客室で待たせていた客人がいなくなった!」
収束に向かっていたはずの事態に、新たな問題が転がり込んでくる。
どうしてこうも次から次へと厄介事が発生するのか。しかも直接巻き込まれるのは決まって俺ではなく、俺の周囲の人間だ。
いっそ自分だけが巻き込まれるならまだマシだと、そんな投げやりな考えが頭をよぎるほどに、告げられた問題は胸を鋭く抉ってくる。
「何!? 誰か侵入してきたのか、この屋敷に?」
焦りを隠せないのはミカボシも同じだった。
もし他国の客人がこの街で失踪したとなれば、王国と帝国という二大国双方と揉める可能性がある。
いくらミカボシが強くとも、両国を同時に敵に回すのは無謀であり、街も彼も決して無傷では済まされない。民を案じる彼ならば、焦らない理由はなかった。
「それが、侵入したと思われる痕跡もねぇし、部屋も一切荒れてねぇんだ」
常識では起こりえない方法での誘拐――それが問題をより深刻にする。
普通なら抵抗の物音がしたり、侵入の形跡が残るはずだ。ましてや人類最強と名高い男の屋敷に侵入するなど、危険を顧みない大馬鹿者か、並外れた手練れである。そんな状況で人を攫ったというのは、なおさら異常だった。
「何か手がかりはないのか?」
「部屋に一枚、手紙が残されていた」
報告に来た従者らしき男が懐から手紙を取り出し、ミカボシに差し出す。
置き手紙を残すということは、単なる失踪ではなく人質として攫われた可能性が高い。だが、相手の目的は依然として読めない。身代金が目的ならば、ほかにいくらでも機会はあったし、個人的な恨みなら名指しで書くはずだ。他国の陰謀であるなら、なおさら手口が違うだろう。
謎は深まるばかりだった。
ミカボシは手紙を広げ、その文面を読み上げる。
「『返して欲しいなら二週間後に東の森に一人で来い。ただし、遣わせるのはCランク以下の冒険者だ』。こいつは厄介だ」
聞けば聞くほど相手の意図が分からなくなる。
特定の個人への恨みがあるなら名を呼ぶだろうし、「Cランク以下」という条件も不可解だ。
しかも直接的な要求がない。
目的が読めず、ただ警戒だけが募っていく。
「少し、休ませてもらってもいいだろうか?」
ペルフィドの声はわずかに震えていた。顔色も優れない。
従者が誘拐され、心が乱れているのだろう。精神的にはまだ若く、幼さも残る。自分が狙われることはあっても、自分の近しい者が危険に晒される経験はほとんどないはずだ。
「ああ、分かった。おい、ヒカル。ペルフィドを別室に案内しろ。それと片時も傍から離れるな」
ミカボシが少し強い口調で命じると、扉の影から俺と同じくらいの年齢の少年が現れた。
少年は年相応とは思えないほど隙がなく、ただそこに立っているだけで強者としての気配がにじみ出ている。おそらく――いや、確信にも近い勘で分かる。デュラハンをも圧倒できる実力を持つのだろう。
「分かりました、師匠!」
ヒカルは明るく返事をし、ペルフィドを守るようにして部屋の外へと連れ出していく。
残されたのは三人。ペルフィドが去った後、その代わりのようにしてミカボシの従者らしき男がやってきて、ミカボシの隣に腰を下ろした。
「挨拶が遅れちまったな。俺はフツノミ。領主の補佐でミカボシの兄弟子だ。よろしくな、ヴァイス」
「よ、よろしくお願いします」
ミカボシにタメ口なのも納得だ。兄弟子であるならば、対等な口ぶりでもおかしくない。
「それで、どうする? 冒険者ギルドから一番強いC級冒険者を呼ぶか、それともヴァイス、お前が行くか」
問いかけが静かに突き刺さった。
二週間後の東の森へ向かうのは誰か――その決断が今、求められていた。




