二十一話 魔族
絶体絶命であったがデュラハンを倒し、俺達はその事実に喜びで一杯であった。
かなりぎりぎりの戦いではあったが、それを勝ち切れたことには正直なところ自分でも驚いている。
時刻は昼過ぎで依頼も達成しているので、後は街に戻るだけ。
調査の手がかりは見つからなかったものの、デュラハンを倒したという実績が出来たのでそれだけで満足である。
「やられちゃったかー。まあ、デュラハンだし、しょうがないか」
子どものような声がこの場の空気を一変させる。
どことなく現れた目の前の人間。白いスーツに青いネクタイを纏い、金髪の髪が褐色の肌を強調させる。
おおよそ、人間とは思えない容姿。
その姿を見た誰もが言葉を失い、ただ見ているだけであった。
いや、その漂う雰囲気が他の者とは明らかに異質で不気味で魔物よりも恐怖を感じてしまう。
「ああ、ごめんね。名乗るのを忘れたよ。魔王軍所属のダエム。って、名乗った所で君たちは僕に殺されるんだけどね」
その言葉に嘘偽りはなく、それが余計に恐怖を感じ取らせていた。
先程のデュラハンの戦いで体力も魔力もかなりの消耗をしており、魔物対峙の依頼を受けていたわけでもないので回復系アイテムは持ち合わせていない。
まさに絶望的状況だ。
「凍てつけ、氷の地面――《アイスフィールド》」
だが、その中で唯一アスラだけがこの場を動けていた。
もともと、感情が薄いからなのか、単に精神が強いのかは分からないが、毎度のようにいち早く魔法を放つ。
地面は凍り、魔族の足を凍らせ、動けなくするようにする。
デュラハンにも効かない魔法がまして魔族に効くはずもない。それでもそれ以外に時間を稼ぐことは出来なかった。
「人間の魔法はやっぱり貧弱。こんな魔法、簡単に壊せるよ」
凍りついた足は一瞬で溶け、足止めの時間すらなかった。
魔族はその体の性質上、基本四属性と闇属性の五つの属性を使いこなせることができ、詠唱の必要がない。
もちろん、人間でも無詠唱で魔法を使える人はいるが、それと魔族の魔法とは全くの別物である。
一言で言えば、魔族はチートということだ。
「アスラ、クリスタ。ここは俺に任せて欲しい」
つまり、魔法戦では魔族に勝つことはほぼ不可能であり、先程のデュラハン戦で大半の魔力を使い果たしたクリスタとアスラには少々厳しいだろう。
三人で戦った方が粘ることは出来るだろうが、今一番に余力を残している俺が時間を稼ぐ方が得策だ。
「悪いけど、全員殺すから誰が来たって変わんないよ」
不敵な笑みを浮かべながら、数歩こちらの方へと近寄ってくる。
その表情からしても分かるようにあの魔族にとっては俺達は取るに足らない人物で、矮小な存在なのだ。
そしてその隙だらけな姿勢も慢心から来ているものであって、そんな状態でもこちらが一撃を入れることは出来ないと踏んでいるのだろう。
俺は剣を支えにもたれかかった木から離れ、立ち上がる。
そして重い剣を持ち構え、平静を装う。
対峙するだけでそのおぞましい空気感が直に感じ取れ、先程のデュラハンよりも何倍も強いというのを改めて認識させられる。
少しでも動けば死んでしまうと錯覚するほどの恐怖心が芽生える。
これは最早、戦う覚悟とかそう言った次元の話ではない。
「じゃあ、まずは君からだね」
ダエムがそう話した途端に足元に影が一つ。
その影から黒い触手のようなものが現れる。よく見れば、それは糸状の物が何本も束なり、太くなっている。
それはみるみると伸びていき、留まるところを知らない。
その黒い触手は突き刺すように俺の心臓を狙う。
その速度はギリギリ目に追えるくらいの速さで、そのお影で剣で防ぐことが出来て危機一髪を免れる。
その触手の攻撃は一撃が重く、今のでもう腕が痺れてくるほどで、次の一発が耐えれるかどうか。
幸いなことにダエムはこちらを楽しむかのように次の攻撃を焦らしてくる。
「今の攻撃を防げるんだ。人間にしては中々やるね」
あちらは何時でもこちらを殺すことは容易である。
それに対し、こちらは逃げることも戦うことにしても連戦でそんな余力はないし、あったとしても不可能だろう。
痺れた腕が少し治りつつあるので、地面に着けていた剣先を空に浮かし、基本の姿勢に構えなおす。
腕の疲れが想像以上だったもので普段よりも構える位置が一段低く、肩が力んでしまっている。
呼吸も少々荒く、脈拍が上昇する。
「さて、次の攻撃は防げるかな?」
丁寧に攻撃の宣言をし、先程の攻撃とほぼ同等のスピードで黒い触手の攻撃を発する。
その狙いも先程と同じで心臓、そして突き技。
今回もきっかりと防げたが、反動が大きく、思っていた以上に負担が大きい。
「そう言えば、君たちは連続殺人事件について調べてるんだっけ?」
俺たちの目的まで完全にバレており、それと同時に一つの確信が出来た。
わざわざその話題を持ってきたということはつまり、その犯人を知っているということ。
そして、一番に犯人になり得るのは。
「その犯人は僕だよ」
ダエムは自身の目の前に大きな影を生み出し、そこから何か物体のようなものを出現させる。
それは死体。それも大量にあり、中には今回の事件の被害者の似顔絵とよく似たものまで居る。
「さて、そろそろ終わりにしようか」
これで恐らく最後になるであろう攻撃は一、二回目とは比較にならない程の大きさの触手でそれは多数あった触手を一本にまとめたものだ。
それが今度は容赦なく、目に追えない程の速さで俺の目の前まで迫っていた。




