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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
二章 地下水道調査
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二十話 憧れのヒーロー

 地下水道の調査をして数分といった所か、後ろを振り向けばそこには一人の男が立っていた。

 異常なほどに発達した筋肉、血が抜けた青ざめた肌、額にある特徴的な傷。

 見間違うはずもない。前回の調査でギリギリで逃げ生き延びれたのが奇跡と言うほどの本物の強者。名のなき英雄の屍であった。


「ヴォロ、ディア。戦闘態勢に!」


 ペルフィドのその合図で二人は戦闘態勢に入る。そしてペルフィドは鞘から剣を抜き出し、警戒を強めて構える。

 相手は知能のないゾンビとは言えども、その死体は名もなき英雄という桁違いの強さを有しており、到底それに敵う訳が無い。

 だが、二回来て二回とも遭遇をしてしまったのだから、これを相手するのは避けては通れない道なのだ。


「「了!!」」


 二人もその返答で警戒を強める。

 前回は遭遇はしたものの、戦ってはいない。その強さはペルフィドから聞いてはいるものの、想像は出来ない。実際に目の前にしてみればその圧は強く、いざ対面し、戦うとなると不安と緊張が一気に押し寄せてくる。


 ペルフィドが左、ヴォロが右、ディアは後方からの支援という形で事前に示し合わせた戦闘隊形になる。

 前衛と後衛に分け、敵と対峙するこの形は基本中の基本であり、汎用性も高い。そして何より、あのゾンビが手の内を全て曝け出したという確証もないし、予想外の事が起きてもこの形で行けば基本的に困ることはない。


「燃え盛れ、火の矢――《ファイアーアロー》」


 ディアが放った魔術により戦闘の火蓋は切られ、ペルフィドとヴォロは両サイドから敵に迫る。

 放たれた火の矢は真っすぐと向かい、名もなき英雄の屍に当たるもその直前に消滅する。

 やはり、敵に魔術を当てるのは相当の威力が必要で現実的に厳しい。その上、強靭な肉体を持っているものだから、剣で傷を付けるのも至難の業。

 故にこの戦闘での目的は勝つことではない、時間を稼ぐことである。


「帝国式――《(キョウ)》!」


 火の矢が直弾したその直後にペルフィドとヴォロは剣を振るう。

 その剣は両者ともに首に向かい、そして敵はそれを両手使って裕に受け止める。


「帝国式――《(ツブラ)》」


 だが、ペルフィド達も負けじとその掴まれそうになった剣を即座に流し、次の一撃を体を一周させてから脛の辺りを狙う。


 向と圓は二つで一つのセットであり、攻めるときは向で攻撃をいなし反撃する時は圓。

 一見単調で何の捻りもないので強くないように見えるが、単調だからこそ誰でも扱いやすく、二つの技を繋げて戦闘に置いて優位に立つ。

 それ故に帝国式が開発された当初は近接戦に置いて無類の強さを発揮していた。今ではかなり対策されており、廃れてきてはいるが、それでも剣の流派の中で一番に習得しやすいのは間違いない。


 そして、続けて猛攻撃。敵に反撃をさせる隙もなく攻撃を繰り出すも、そのどれもが決定打にはなり得ることはなく、傷を付けることさえもない。

 この様子を見ている限り、ジリ貧な戦いで誰もが勝ち目のない戦いだと思うだろう。だが、ペルフィドの目は諦めておらず、それどころか寧ろこの戦いを楽しんでいる。


 だが、その猛攻も綻びが出てしまい、


「ぐあっ!!」


 敵の反撃をペルフィドはもろに受けた。

 その反撃を受けたのは致命的で背骨にはひび、内臓は出血、あばら骨は完全に折れているだろう。手足の感覚は疲れと痛みで消えており、剣を手放してしまう。


「「ペルフィド様!」」


 ヴォロとディアの声が重なり合う。

 その一瞬の乱れによって更なる隙が出来、敵に反撃を許してしまう。

 左手の打撃が顔面に向かって解き放たれ、ヴォロはそれをギリギリのところで剣で防ぎ、受け身を取りながら後方へと吹っ飛ぶ。


 前衛の二人は敗れ、残りは後衛の魔術師のディアのみ。

 魔法が効かない敵に成す術もない彼女は呆然と立ち尽くす。

 例え魔法を放ったとしてもそれは届かず、前衛二人のような腕力は無いので身を守る事すら危うい。


 倒れている二人を見てディアは何もできないと、自分は無力なのだと悟る。

 目の前にいるは名もなき英雄の屍であり、そんな相手に時間を稼ぐことなど出来るはずもないのだ。


「燃え盛れ、火の玉――《ファイアーボール》」


 既にボロボロなペルフィドが最後の力を振り絞り、小さな火の玉を敵にぶつける。

 その玉に殺傷能力など一切なく、普通の人間でも火傷程度の強さ。


「ペル、フィド、様……」


 敵の矛先が変わったことの安堵で肩が抜け、そして自分の守るべき主人にその矛先が向かったことに悔いて言葉が途切れ途切れになってしまう。

 ここで護衛であるディアはペルフィドを守らなければいけないし、そう思っている。それなのに手が動かず、足が動かず、声がそれ以上でない。それは死ぬ恐怖故なのだろう。


 ゆっくりとペルフィドの前に向かって歩いていく。

 それを前にしてもペルフィドは動じず、ただ真っすぐな視線を向けるだけであった。その瞳に諦めの色は見えず、その表情に一切の憂いは無い。

 目の前にいるのは昔から憧れていたヒーローだったから故なのだろう。



 ペルフィドはエリュシオン帝国の第二皇子として生まれてきた。

 小さい頃から英才教育を受けていた彼には憧れるものが無く、夢もなかった。

 何となく周りに流され、何となく指示に従っているだけのつまらない人生であった。

 だが、それを変えることとなったのはある物語を両親から読み聞かせしてもらった時の事だった。


 その物語は勇者一行の物語。勇者が魔王を倒して、世界に平穏をもたらしたという何の変哲もない物語でその物語自体が面白い訳ではなかった。

 その後に話された帝国の一部の者しか知らない名もなき英雄。その話が彼の人生を大きく変えた。


 何で憧れたのかは今になっては覚えておらず、ただかっこいいと思い、将来そうなりたいと漠然と思ったのだろう。

 それからは剣術の稽古も魔法の稽古も欠かさず、毎日地道に稽古に励んだ。もちろん、勉学も疎かにせず、憧れの英雄に一歩でも近づくために休むことさえ惜しんだ。

 両親からも兄や姉からも心配はされたものの、唯一の自分の夢に向かう姿は誰にも止められなかっただろう。


 だが、その存在は遠く、そして決して届かぬことだと分かっていても諦めることは出来なかった。

 ペルフィドは諦めが悪く、誰よりも頑固者であった。

 それ故に憧れの存在に近づきたいと努力をし続けられたのだろう。



 しかし、それも束の間の夢で終わりを迎えようとしている。

 目の前にいるのは屍ではあるものの、子供の頃から憧れてきた英雄なのだから、嬉しくない訳がない。その反面、圧倒的な実力差を思い知り決して届かぬ存在だと改めてに認識され悔しい想いも混じる。

 殺される恐怖はその二つで消え去っていた。


 敵は拳を振り上げる。

 心はないが、まるで相手を弄ぶかのようにその振り上げる速度は遅い。


「ここで、終わり、かな…」


 最後に一言、ペルフィドは残す。

 振りあがった拳はペルフィドの頭を狙いに定め、強力な一撃を解き放った。

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