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今日も護衛の魔術師がかわいい  作者:
二章 地下水道調査
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十九話 闘う覚悟

 冒険者ギルドをあとに、俺らはこの街の東側の森に薬草採取をしに来た。

 初めての冒険者としての仕事、そしてこの世界に来てからのまともな仕事で少しウキウキしている。


 だが、薬草採取は思っていたよりも難しく、前途多難であった。

 そもそも、この世界の植物事情についてあまり知っていないし、前世でもそこまで薬草に関しての知識があるわけでもなければ、目利きが良い訳でもない。なので、そこら辺にある草は全てが同じにしか見えない。


「ヴァイはそんなことも出来ないの?」


 そして、アスラには煽られる始末。

 薬草の見分け方は主に二つ。一つは魔法で見分ける方法、そしてもう一つは五感全てを活用して見分ける方法。

 前者は俺に魔力が無いので当然この方法は使えない。後者は高度な専門知識と経験を要するのですぐには使えない。よって、俺はこの薬草図鑑だよりの見分け方。

 結果的に三人の中で俺が一番足を引っ張ていた。


「そういうアスはどうなんだよ?」


「私はもう三十は超えてるわ」


 今回の薬草採取の依頼で採る薬草はカモミーエ。緑色の細長い草で縦に赤い筋が一本、先っぽは尖がっており、片面はすべすべと片面はザラザラとした感触を持つ雑草の一種であり、そこまで目立つような薬草ではない。

 だが、その効能は凄まじく塗りすりにすれば外傷を回復を促し、飲み薬にすれば胃の調子を整えたり、リラックス効果がある。なので需要が高く、町人や冒険者、貴族まで多種多様な人々がそれを買い求める。


 カモミーエは非常に見分けが難しく、魔法でなければ初心者が見つけるには一苦労する。

 その最大の要因がカモミーエとよく似た雑草、キヤムーオという雑草のせいだ。この雑草は言わば毒草。その毒はあまり危険ではないのだが、それを誤って調合し薬にしてしまうと症状を更に悪化することになってしまう。

 見た目の違いはほぼなく、魔力の含有量と匂いが若干異なる程度。


 すでにこの森に入ってから三十分、一分で一個見つけているアスラはかなりの速さ。

 かく言う、俺は未だに見つけられず、やっとの思いで見つけた一個はまさかのキヤムーオ。

 正直もう、心が折れかけている。


「ヴァイは下手過ぎなのよ」


「返す言葉もない」


 ここまで圧倒的に実力差を見せつけられてしまっては言い返す言葉も出ず。

 最早、見返してやりたいという心持ちも消えかけている。


「クリスは何個取れたんだ?」


「七十三です」


 その返事には声も出ない。ただ驚きで頭の中がいっぱいだ。

 たった三十分でその量、一分間で二つ以上は見つけていることになる。確か、平均のペースが十分で一個。なので十分アスラでも凄かったのだが、その二倍のスピードでクリスタは薬草を集めていた。

 これはもう驚く他ない。


「これ、俺必要かな?」


 開始三十分で既に百をも超える収穫量。これ以上獲り過ぎれば生態系に影響を及ぼしかねないが、カモミーエは性質上、根元が残っていれば無限に生えてくるのでそこの心配は必要ない。

 俺は三十分経っても一個見つけられず苦戦していたが、二人の収穫量を聞いてしまい戦意喪失。


「はっきり言って、要らなかったですね」


 これほどまでにストレートで言われると流石に傷つく。

 しかしそれも事実。なので返す言葉もなければ、反論の余地もない。


「よし、今日はこの辺で一旦帰るか」


 とは言え、いつまでも嘆く訳にはいかず、気持ちを切り替える。

 薬草の量が百を超えているので依頼の分は達成し、後はこれを提出するのみ。


「調査はやらないの?」


「今日は下見。調査は明日から本格的にやろうと思う」


 この森は冒険者初心者向けの森ではあるが用心するに越したことはない。

 ここの地理は曖昧なので少しずつ調査していった方が確実に迷子にはならないだろう。


「二人とも伏せてください!」


 クリスタが血相を変えた様子でこちらに訴えかけてきた。

 何か緊急事態でも起きたのか、そう思い、言われるがままに地面に伏せる。

 そしてクリスタから一つの魔法が放たれる。


「凍てつけ、氷の槍――《アイシクルランス》」


 放たれた一本の鋭い氷の槍は勢いよく飛び、俺とアスラの後方にいる魔物に見事に命中。

 これで一安心かと思い、立ち上がれば、倒れた魔物の奥からもう一体の魔物が現れる。

 そして同時にそれを目にしたとき、目を疑った。


 それは過去に一度、命の危機にまで陥った、初めての恐怖。

 漆黒の鎧に大剣、黒いオーラを纏った最恐の魔物。その名をデュラハン。

 その時は偶々赤髪の舞姫が居合わせてので危機一髪、命を落とさずに済んだが、今回はそんな強力な助っ人はいない。


「凍てつけ、氷の刃――《アイシクルカット》」


 クリスタは氷の刃を放ち、鎧にぶつける。

 それでも鎧には傷がつかず、ダメージはゼロ。


「逃げてください。私が足止めします」


 クリスタは一人で果敢にデュラハンに立ち向かう。何度も魔法を放ち、こちらに近づけさせないように足止め。

 氷で床を凍らせ、足元を固定、強力な一撃で後退させるといった方法を幾つも試みた。だが、結果は虚しく。


 俺は腰に掛けていた剣を鞘から抜く。

 その手は震えており、恐怖で足はすくっている。

 こんな化け物相手に果たして俺は勝てるのだろうか。生き残れるのだろうか。


「燃え盛れ、火の玉――《ファイアーボール》」


 アスラもクリスタに続いて魔法を放つ。

 その魔法で戦況が変わるはずもなく、ゆっくりとデュラハンはこちらに近づいてくる。


「ヴァイス様。ここは私達にお任せを。速く逃げてください」


 身分の偽装の為の口調が既に崩れていた。

 それほどまでに緊急を要する。そして、俺を逃がそうと必死に抵抗して足止めをしようと頑張ってくれている。

 そんな彼女らを置いて自分一人だけで逃げる? 冗談じゃない。そんなことが出来るわけがない。

 俺はこの世界に来てからまだどこか甘えていたのかもしれない。誰かがきっと助けてくれるとそう思い込んでいたのかも知れない。

 この世界は弱肉強食。弱いものは淘汰され、強き者だけが生き残る。現代日本人の感覚で生きていれば命が幾つあっても足りない。

 稽古をして強くなったと思っていた。模擬戦で人類最強の男に褒められて強くなったと思った。だが、心は何も成長していなかった。


「逃げられるはずもねぇ」


 俺に足りなかったのはたった一つ、覚悟だ。

 魔物を殺す実践稽古の時も然り、地下水道での調査の時も然り。


 ここで立ち向かわなければ俺は一生魔物とは戦えないだろう。

 ここで立ち向かえば俺は魔物を殺すことに、生き物を殺すことに何も感じなくなってしまうだろう。

 どっちがいいのか、正しいのかは分からない。


 だが師匠は言っていた。

 『迷ったときは前に進め。そうすれば、お前はもっと強くなる』、と。

 だから、ここは覚悟を決めて前に進むしかない。


「アスラ! クリスタ! もう少し時間を稼いでくれ!」


 闘う覚悟を出来た。後は、あの化け物にどう立ち向かうか。

 むやみやたらに突っ込んでも無駄死にするだけ。正面から勝てないのなら、工夫して勝つしかない。


 剣を構え、そして左から敵の元に回り込む。

 敵の隣には一本の木があり、その更に隣に一つ異様な花が一輪咲いている。

 その花の名はセージ。一見どこにでも咲いているような普通の花に見える。本来ならば特に危険なものでもない。

 だが、ある条件を満たすと、その花はとてつもない爆発を生む。その条件は寒暖差が激しい時、キヤムーオと擦ること。

 寒暖差はもうすでに炎と氷の魔法で場が整っている。キヤムーオも先程、薬草採取の時に採れている。

 後はセージを採って、爆発を起こすだけ。


 敵はアスラとクリスタに夢中でこちらには気づいていない。

 そっとセージのある所まで近づき、その花を摘み取る。鮮やかな紫色に何本かの赤い筋は不気味さを曝け出している。

 そしてポケットから一つのキヤムーオを取り出す。


「ヴァイス様! 何してるの!? 早く逃げて!」


 その言葉は従者としては正しい。

 そして王族である俺はこの場から逃げるべき存在でもある。


「全員で生きて、帰る。それが第四王子である俺の命令だ!」


 セージとキヤムーオを重ね合わせる。

 当然、手で擦れば自爆は確実。なので、それを空中に投げた。

 そしてそれを剣で構え、タイミングを合わせてデュラハンの鎧に向かって突きを繰り出す。


 その瞬間、大きな爆発が起き、辺りは爆発の光と煙に包まれ、何も見えない状態となる。

 その爆発の勢いで後ろに吹き飛ばされたものの、想定内の怪我。


「ヴァイス様!!」


 やがて、煙は消え、そしてこの場に立っているのはアスラとクリスタのみ。

 デュラハンの鎧は見事に打ち砕けており、黒い靄は消え、ただの鎧と化していた。


「俺は大丈夫だ。そっちは大丈夫か?」


「私たちは大丈夫よ。そんなことより……」


 気にもたれかかった俺に急いで近づいて、外傷がないか、確認する。

 幸い、剣のリーチのお陰で爆発の威力は抑えられたので、外傷らしきものは無い。


 今はただ、手も足も出なかったデュラハンを倒せた喜びで胸が一杯だった。

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