十四話 得られた情報
地下水道の調査から数日が経ち、俺達は近くにあった宿屋に泊まっていた。
あまり人気がなく、部屋はそこまで広くない。質素ではあるが、一応食事が付いている。
そこの店主はかなり年の取った老人で、俺達の中に王族、皇族、貴族がいるとは分からないだろう。という理由一つでとった宿。
そして、俺達はペルフィドの部屋に集まっていた。
四人が集まるには少々狭いが、特段困るようなことはない。それにペルフィドの護衛二人が不在なので想定よりも広く使えている状況だ。
「それで今回の調査、私のせいで皆を危険に晒してしまった。本当に申し訳ない」
ペルフィドはあまりの申し訳なさ、そして自分の不甲斐なさを感じたのか、頭を深く下げ精一杯の謝罪をする。
こちらとしてはあまり気にしていないし、別にペルフィドのせいではないとも思っている。ただ、ここでそれを伝えてしまえば、彼の謝罪を無碍にしてしまう。
「皆、無事だったんだ。だから、そこまで気を負う必要はねぇよ」
「そうですよ。ヴァイス様が弱いから危険に晒されただけですよ」
アスラはペルフィドをフォローするように言っているが、こちらには物凄く辛辣で心に多大な被害を被っていた。
ここでペルフィドをフォローしてくれたのはありがったのだが、もう少し穏便な方法はなかったのだろうか。
「ありがとう。……それじゃあ、今回の調査報告をしていこうか。今回、私が遭遇してのはゾンビ。だけどそのゾンビは名もなき英雄だった。逃げきれたのは奇跡としか言いようがない」
そのゾンビがそれだけ強く、そして危険なのか、その深刻そうな表情からも分かる。
それにペルフィドは帝国の第二皇子でありながら、軍の中隊長でもある。俺とは比較にならないほど強いのだ。そんな彼が勝てないとなると俺が遭遇した時は瞬殺される可能性がある。
「えっと……、名もなき英雄ってのは何なんだ?」
「名もなき英雄。……簡単に言えば千年前に魔王を封印した男だ。その強さは人間離れしていて、拳一つで山を破壊し、どんな武器の攻撃でも血を流さない。それに魔術は彼に近づく前に霧散する」
「え? でも、魔王って勇者が倒したって話じゃ無かったんだっけ?」
「それは当時の事情によって彼の存在が隠蔽されたんだ。そして、この話は帝国の皇族しか知らない」
今まで誰もが、勇者が魔王を倒したのだと思っている。それが、勇者ではなく名もなき英雄によって倒され、しかもその魔王は封印されているだけであって生きている。
もし、こんな情報が世間に知られれば、民衆が混乱してもおかしくない。
何より重要なのはそれほどの存在がゾンビとしてまだいるということだ。
「いいのか? そんな話を俺らにして」
「ああ。近々、国を超えて魔王討伐隊を作るつもりなんだ。そのときにはこの情報も公開される。それじゃあ、次は君達の報告を」
「こっちは数百体のゾンビと遭遇した。それと瀕死になった時、Mr.Xって名乗る男が助けてくれた。けど、その男が今回の事件に関わっていることは低いと思うし、今のところは敵ではない、と思う」
もし、あの男が敵となったら、多分一番厄介な可能性がある。それも名もなき英雄のゾンビよりも。
人を転移させる魔術なんてこの世界には存在しないし、前世にあった科学をもってしても無理だ。
そんな高等技術を持っているくらいの者なのだ。他にも未知の魔術があったって何の不思議もない。
「そっか。一応、その男についてはこの街の領主と帝国に報告しておくよ。ヴァイスも王国の方に報告しといて」
「分かった」
さて、どう報告すればいいのだろうか。勿論、俺が追放された話はペルフィドにはしていなし、向こうは知らないはず。
いくら親友だからと言って話していい内容でもない。
これは大人しく、ヴィンセントに説教されるしかなさそうだ。
「それでは、次は私から報告を。ヴァイス様と共に行動し、ゾンビと遭遇しました。その後、気が付けば知らない場所に飛ばされていました」
多分、それはMr.Xがやったことだろう。
何の為に分断したのかは分からないが、人を転移させることができるのは俺が知る限りあの男しかいない。
「そこで七大罪《強欲》と名乗るマードという者に遭遇しました。姿形は分からず、声は中性的で性別は分からず、闇そのものでした。ですが、狙いは私らしく、今回の事件と何の関わりがないと思われます」
七大罪と言えば、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲からなる七つの大罪。これは前世でも今世でもあるもの。
これは完全に俺の偏見かもしれないが、七大罪系は大体強いイメージがある。なので、なるべく関わりたくない所だ。
「なるほど。そっちの君は?」
ペルフィドはクリスタの方に目を向けながら質問した。
そして、クリスタは少し考え込み、黙り込んだ。
最早、この状況は慣れきっているので以前のような気まずさは感じなくなった。
それから数十秒が経ち。
「アスラと一緒で気が付いたら知らない場所にいました」
「そっか。今の所の手がかりはゾンビくらい、か。それも今回の事件に関わっているかは分からないし、それに他にも調査が必要そうなことが多い」
今回の地下水道調査で得られた成果はゾンビが居たこと、七大罪にMr.X。当初の目的である殺人事件の多発の原因についての直接的な結果は一個も得られていない。
それにここまで別の事が同時に絡んできているとなると――。
「「誰かが裏で糸を引いている」」
ペルフィドも俺と同じ考えに至ったらしく、台詞が重なった。
これはペルフィドだけでなく、アスラもクリスタも同じ事を思っているだろう。多分、この話を聞けば、誰もがその結論に至るだろう。
それくらいあからさまに事件が同時多発しているのだ。
***
時はヴァイス達が地下水道の調査をする数日前の事。
装飾は豪華に、壁には所々高価な額縁が飾ってある。床は赤いカーペットに金色の線が入っており、天井は測ることさえ困難なほどに高い。
そして中央には威厳を感じさせる玉座。その玉座に座っているのはこの国の国王、グラトブ・フォルスフッド。王国の最強の魔術師とも呼ばれ、若い頃には黄金の魔術師とも呼ばれていた。
そして、国王に跪いているのは白い髭をたくわえた老人。その老人はかつて近衛騎士団の団長であり、剣鬼とまで呼ばれて男。
この二人が揃っているだけで、場の空気は冷たく、常人ならば気絶してしまう。幸いなことにこの場には二人以外誰もいない。
しばらくの沈黙を先に破ったのは国王の方であった。
「それで、ヴァイスの状況はどうだ?」
「ヴァイス様は変わらず剣術稽古には真面目に励んでおります。それにアスラとも打ち解けたようです」
この二人が集まっているのは何か国に関わる重要なことなのではないか、と誰もが思うだろう。
しかし、これは毎月定例のただの近況報告である。
「そうか、そうか。それは良かった。それで、俺からの贈り物はどうだった?」
「国王陛下。言葉使いが元に戻っていますよ」
「いいじゃないか。俺とお前の仲だぞ。それに今は誰もいない!」
これにはヴィンセントも流石に困っている。毎回、会う度にこのやり取りをしているが、一向に治る気配もなく、悪化していく一方であった。
「それで、どうだった?」
その瞳は子供がわくわくしているかのようで、早く答えないかと言わんばかりに視線を送る。
それを察したヴィンセントは冷静に少し合間を取り、ため息をつく。
「贈り物の方は喜んでいました。しかし、護衛の方はあまり……」
「そうか、喜んでくれたか! だが、何故、護衛の方は微妙なんだ? 強さも容姿も問題ないだろうに」
「それは…………、ヴァイス様に異性の耐性がないからだと思われます」
「っ!? ヴィンセント。良いことを思いついたぞ」
「奇遇でございますな。私も良いことを思いつきました」
二人はにやにやとしながら、話し始める。
傍から見れば、やばいことを考えていると思われるが、実際は否。ヴァイスの異性への免疫強化について話しているだけなのであった。




